今回の「猫と男」は番外編。この連載の筆者である加藤孝司さんと愛猫ジャスパーの近況をお届けします。合言葉は、STAY HOME WITH CATS。猫と一緒に暮らしている皆さん。あなたの家の猫の様子はどうですか?
写真・文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
世界規模での新型ウイルス蔓延により、人々の日常は大きく変化した。
街中や通勤電車から人の群れは消え、地元のカフェや飲み屋は空席ばかりが目につき、ようやく自粛ムードが浸透してきたようにも見える。
不要不急の外出が、自分だけでなく大切な人の健康と命を脅かす可能性がある以上、家で過ごすことが正義となる。そんな時代が自分がこの世にいる時に来るなんて、と茫然とする。
食料など必需品の買い出し以外の外出は控えること。ニュースでは一人がいつもより8割人と会うことを制限すれば、一ヶ月後に状況は今より好転すると言っている。
これは、目に見えないウイルスとの文字通りの“戦い” なのだ。
そんなことを書いている目の前で、モフモフの毛に全身を覆われたやわらかな生き物は僕のパソコンを打つ手を止めようとするかのように邪魔をしてくる。
はいはい、と言っているそばから僕のパソコンのキーボードの上をつま先立ちでゆっくりと歩いては、宇宙の未知の生物から届いた暗号のような、かつて見たことのない文字列をタイピングする。
「Ø∏¸ÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒÒ00cw22」
さあ、ご飯の時間だ。
さっき食べたでしょ、と心の中で思いながらテキストを打ち掛けのキーボードから手を離し、台所まで歩いていく。ワゴンの上に置いたカリカリの入った密閉容器を手に取り蓋を開け、いつものブラウン色のラッセルライトのボウルに流し込む。もちろん、ささみのふりかけも忘れてはならない。
緊急事態宣言の発令により、晴れの日も雨の日も家で過ごす時間が多くなった。朝起きてから寝るまで一度も外出しない日が何日も続く。こんなことは今までの人生にはなかったこと。あの街に住む友人も同じような一日を送っているのだろう。
時々、インスタグラムで友達の猫の日常をチェックする。
みんなの家の猫たちも、毎日飼い主が家にいるからか、なんだか安心してのんびりしているようにみえる。
友人たちとはリアルには会えない日々が続くけど、みんな猫との時間を楽しんでいるようで勝手に安心する。
猫飼い同士は、ともに猫を飼っているという連帯感のようなものが強いように思う。スマホの画面越しにいる猫を見るだけで、その傍らにいる誰かと、離れていても繋がっている気持ちになれるから不思議だ。
普段であれば君は、僕が部屋で仕事をしていたり、テレビを観ている時は、寝室のベッドで寝ていることが多い。だけど、外出自粛により家にいる今ではいつも僕のそばで寝ている。
僕の方も24時間ずっと家にいる今では、仕事が一段落すると、ソファの上で眠っている君の冷たい鼻先に、自分の鼻先をつけたり、いつも以上についつい構ってしまう。
そうすると薄目を開けて、こちらをチラッと見るけれど、すぐにまた目を閉じて、クルンと丸まって寝てしまう。自慢のしっぽの先だけが少しだけ揺れている。
そんな時ふと、留守の時は自分だけの気ままな時間を過ごしているけど、僕が一日家にいる今のことを君はどう思っているのかと少し気がかりになる。
最初こそ違和感をもっていたかもしれないけど、ご飯をくれる人が始終そばにいて、いつでもトイレをきれいにしてくれる。それも悪くないと思っているのかもしれない。
何日かすれば、猫も人間もそんな一日の過ごし方をだんだん会得してくる。
気持ち良さそうにソファの上で寛いでいる君の姿をみていると、なんだかいつもより嬉しそうに見えなくもない。
仕事をする時間、本を読む時間、映画を見る時間など、こんな日々にはルーティンをつくることが大切だと思う。
朝もついつい布団の中でだらだらしてしまうけど、猫と一緒の暮らしなら、日の出とともに起こしてくれるから、いつも早起きだ。
仕事に出る日々ならば二度寝は当たり前だけど、こんな時だからこそ、いつもは“やれやれ”と思ってしまう猫の習性に感謝して、そのまま布団を畳んで起きてしまうのもいい。一日が長いから、夜の10時くらいには眠くなってしまう。早寝早起きが習慣化すれば、健康にも良さそうだ。
今日もテレビ画面からは、COVID-19の感染者数が発表される。緊急事態宣言は当初の7都府県から、全国に拡大された。不穏で気の抜けない日々に終わりは見えないから用心することは怠ってはならない。でも、誰かの言動に一喜一憂したり根も葉もないデマに踊らされたりすることはやめにしないか。ポストCOVID-19の世界は今何を選ぶかに左右される、そのことも忘れてはならないけど。
どんな時も無邪気にふるまう猫と暮らしていれば、きっと心だけは穏やかに保つことができる。
こんな時、君がそばにいてくれて本当によかったと心から思う。
なんとなく思っていたことだけど、これまで僕は君を世話しているつもりだったけど、実は世話をされているのは君ではなく僕のほうなのかもしれないね。