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ホンマタカシ 東京と私 TOKYO AND ME (intimate)

Vol.10 坂井真紀(俳優)
PLACE/上野(台東区)

写真:ホンマタカシ 文:加藤孝司 ヘアメイク:ナライユミ 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

坂井真紀さん
台東区上野の風景
台東区上野の風景
台東区上野の風景
台東区上野の風景
台東区上野の風景
坂井真紀さん
台東区上野の風景
台東区上野の風景
台東区上野の風景

Sounds of Tokyo 10.(Autumn in Ueno Park)


東京の下町、台東区の根岸に生まれました。学校の道徳の教科書に「下町の人は家に鍵をかけない」と書いてあって、その時に、あっうちのことだと、自分が下町という場所に住んでいることを知りました(笑)。

今ではだいぶ変わってしまったけれど、私が子どもの頃は割とそんな感じでしたね。近所の家から喧嘩をする声が聞こえてきたり、知り合いのおばさんが家に勝手に入ってくるし、街のみんなで暮らしている感じがありました。
実家は、お漬物などを入れるポリエチレン袋の加工所をやっていました。ビニールのロールをカットして一つずつ熱で貼って袋にして束ねて納めるという仕事です。工場を通らないと外に出られない家のつくりでしたから、出入り口には検問のように父と母がいて、おじいちゃんおばあちゃんの目もしっかりあり。ですから、悪い子にはならないですよね(笑)。3人兄弟の真ん中で、にぎやかな環境で育ちました。

そんな毎日が普通だと思っていたのですが、中学生くらいになって自我が芽生えてくると少しずつ自分の環境を恥ずかしく思ったりしました。でも、ご近所さんも含めてたくさんの人に囲まれて育つことが出来たのは良かったなあと、今になって思っています。

上野公園は日曜日になるとおじいちゃんと散歩に行っていた懐かしい場所です。鳩に餌をあげて帰ってくるだけなのですが、鶯谷の階段を登って寛永寺の横を通り、てくてく公園まで歩いて行っていました。それと中学の時、冬の一番寒い時期に早朝から耐寒訓練で不忍池のまわりを走らされたのも今となってはいい思い出です。

高校生になって池袋に遊びに行くようになるまでは、精一杯背伸びする場所が上野でした。「上野松坂屋」や「ABAB」に行くのが一大イベントで、「シェーキーズ」や「マクドナルド」が上野広小路にはじめて出来た時には並んで買ったことを覚えています。
自分に子どもが出来てからも、やっぱりよく知っている場所に連れていくのが安心なのか上野動物園にはよく行っていますね。実家の方にも足を運ぶ機会が多くなりました。

東京の街並みが変わったといわれますが、私が生まれたあたりは昔あった建物が取り壊されてアパートやマンションになった、といったくらいの変化で、「あれがなくなっちゃって悲しいな」というほどには変わっていません。同じ台東区の谷中あたりも、住んでいる人は変わったかもしれませんが、昔の面影を大切にしながら新しいお店ができたりしてむしろ活性化していますよね。

高校生の頃は雑誌『オリーブ』が大好きで、シャルロット・ゲンズブールに憧れていました。オリーブに紹介されていた吉祥寺にはじめて行ったのもその頃です。そうそう、オリーブに載っていたミリタリージャケットに憧れて、上野のアメ横にある「中田商店」で手に入れたことがありました。でも着たら全然似合わなくて、それ以降は一度も着なかったなんていうこともありました(笑)。

「東京」という、多くのものが手をのばせば届く場所にいたからか、大人になって出会った人たちからは「野望が少ない」と言われました。十分、野望のかたまりなんですけれども。

東京は生まれ育った場所だから、特別な場所だと考えたことはあまりないかもしれません。でも仕事をはじめてからは、“下町生まれ”ということを背負っていた感覚はあります。最近は下町文化を守りたいという気持ちが強くなってきていて、お祭りとか下町独特の雰囲気をすごく愛おしく感じています。

どんな仕事もそうだと思うのですが、その人の生き様が見えるものですよね。
俳優は、“普通の人”を演じることが仕事だと思っているので、そのためには野菜の値段もわかっていたいですし、バスや電車に乗って景色を見て、普通の何気ない生活を大事にしたいと思っています。
私は、21歳と少し遅いデビューだったんですね。だから絶対に浮かれないぞ! と自分にいい聞かせてきました。でも、結構浮かれていましたけどね(笑)。なんだかんだとここまで続けることができ、よしっ、おばあちゃんになるまで「普通の人の香り」がきちんとする俳優でいたいと思って、仕事をしています。

子どもも9歳になりましたが、相変わらずはじめてのことだらけの毎日です。でも子どもの存在のおかげで、生きることにもう一度向き合う感覚が生まれました。大変で忙しいことだらけだけれど、学ぶことばかりです。
それとコロナ禍以降、生活をミニマムにしていこうかなとか生まれ育った東京はこれからどうなっていくのかとか、自分の仕事でもある“演じること”も含めて、改めて考えることがたくさんあります。
先のことよりも、目の前にある一つ一つのことを大切にしたいと思っているところです。


坂井真紀 Maki Sakai

1970年、東京都生まれ。1992年に女優デビュー。1996年に「ユーリ」で映画デビュー。最近の主な出演映画に「惡の華」(2019年)、「架空OL日記」、「宇宙でいちばんあかるい屋根」(2020年)など。公開待機作品に『461個のおべんとう』(11月6日公開)、『滑走路』(11月20日公開)、『燃えよ剣』(近日公開)、『はるヲうるひと』(近日公開)がある。日曜劇場「危険なビーナス」(TBS)に出演中。 プレミアムドラマ「カンパニー ~逆転のスワン」(NHK BSP)が2021年1月10日スタート。
http://sakaimaki.jp/
Twitter:@sakaimaki_of

坂井真紀さん

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2020/10/31

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