「5・7・5・7・7」という限られた31文字の世界で紡がれる、
思わず膝を打ちたくなる人間模様。
今回登場していただくのは、短歌という分野で活躍する伊藤紺さんだ。
現在26歳。
彼女の詠む歌を通して見えてくる、“言葉”の可能性に胸が躍った。
写真:Maya Matsuura 聞き手・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
私たちには、
まだ知らない“言葉”がたくさんある。
伊藤 紺 KON ITO
1993年東京生まれの26歳。2014年よりライター活動、2016年より作家活動を開始。雑誌・企業冊子・ウェブメディアなどにて執筆。同年独立。グラフィックアーティスト・eryとのクリエイティブユニット「NEW DUGONG」として、2019年2月にSHIBUYA TSUTAYAのプライベートレーベル・NESTよりアートブック『NEW DUGONG WORKS』を刊行。同年8月、第一歌集『肌に流れる透明な気持ち』を刊行。Instagram: @itokonda
31文字の可能性
出身は東京ですか?
- 伊藤さん(※以下敬称略):
- はい。生まれも育ちも東京です。フリーでライターをしながら、歌人として活動をしています。
ライターも短歌も「言葉」に関わることですが、もともと書くことや言葉に興味があったんでしょうか。なにかきっかけがあったとか?
- 伊藤:
- きっかけは……小学生の時にブログが流行っていたんです。4、5年生の時かな。みんな自分にキラキラのペンネームをつけて。今見たら発狂もののポエムを書いていました(笑)。
小学校高学年というと、交換日記とか、どちらかというと狭い範囲での閉じられたコミュニケーションを想像するのですが、オープンに発信していたんですね。
- 伊藤:
- そうですね。中学生になると、今度はノートにポエムを書きはじめるんですけど。実は今でも保管してあって……表紙だけ見ます?
伊藤さんが良ければ(笑)。
- 伊藤:
- タイトルは「恋詩」。これで“こいうた”って読むんですけど。……やだ、すべての単語が恥ずかしい!
あはは(笑)。そして、ポエムから短歌へ。何をきっかけに短歌に興味を持ったのでしょう?
- 伊藤:
- 大学4年生の冬に、ふと「俵万智ってすごいな」と思って学校帰りに歌集を買って帰ったんです。短歌って面白いなぁと思っていろいろ調べていたら、佐藤真由美さんという歌人の方の存在を知って「この人すごい!」って。最初に衝撃を受けた歌が、「今すぐにキャラメルコーン買ってきてそうじゃなければ妻と別れて」というものだったんです。何の変哲も無い5・7・5の後の、7・7の追い上げがすごい! って感動して。
「妻と別れて」という最後の7文字で、すべての状況をわからせてしまう凄さ。
- 伊藤:
- そうなんですよ。たった31文字という制限の中で、こんな逆転劇を綴れるということにすごく可能性を感じたんです。たった数文字の言葉が、パッと世界に色をつける感じが凄いなと。
なんか短歌って、エネルギーが凄いですね。
- 伊藤:
- 俳句は5・7・5でとても短いから、相手に与える余白をいかに設計するかが魅力的だと思うんですけど、短歌はさらに7・7があるから、そこでもうちょっと手の込んだ演出ができる。舞台とか映画のワンシーンのような、凝縮された一瞬を届けることができるのかなって思うんです。
短歌をはじめた当初は、どのようなかたちで発表していたんですか?
- 伊藤:
- 最初はインターネットの投稿サイトとかTwitterにあげたりしていました。
Twitterと短歌、相性良さそうですね。
- 伊藤:
- コツコツと発表しているうちにどんどん楽しくなってきて。歌人の枡野浩一さんという方がいらっしゃるんですけど、時々Twitterの投稿に「いいね」をつけてくれるようになったんです。嬉しかったですね。はじめたばかりの頃は、Twitterでの色々な出会いやつながりが、短歌を続けるモチベーションになりました。
経験していない感情は言葉にできない
伊藤さんの第一歌集『肌に流れる透明な気持ち』を読ませていただいたんですけど、短歌ってこんなに自由なものなんだ、と新鮮な気持ちになりました。いまだに学生時代を引きずっているのか“短歌は学問のひとつ”という印象を持っていたんですが、伊藤さんの短歌はとても現代的で。ちなみに……一首詠むのに、どれくらい時間かかるものなんですか?
- 伊藤:
- 5時間くらいかけて一首もできないこともあるし、早いと1時間で2、3首できることもあります。一首の短歌に対して、100種くらい案をつくるんですよ。1文字変えるだけでガラッと印象が変わるので、いろいろと調整をしながら。
短歌をはじめて、どれくらいになるんでしたっけ?
- 伊藤:
- 3年半くらいでしょうか。
はじめた当時と今と、詠む歌は変わりましたか?
- 伊藤:
- 全然違いますね。はじめた頃は「伝わってほしい」という気持ちが今よりも強くて、多くの人に理解してもらえるような題材を選ぶことが多かったです。でも段々と「これって本当に自分の気持ちかな?」という疑問を持つようになって。題材を選ぶにあたっては、伝わりやすさをそこまで意識しなくなりました。自分で経験していない感情を表現することはできないと思っているので、どこかで見聞きしただけの感情ではなくて、自分が一度、本当に体験した感情に迫りたいと思っています。
これ、良いですね。「食事のあと必ず熱いお茶をのむそんなところで信じてしまう」。
- 伊藤:
- お~これが響きましたか。
伊藤さんが個人的に気に入っている作品と、読者の方の支持が高い作品って一致するんですか?
- 伊藤:
- いえ、そうでもないんです。読んでくださる方によって響く歌が全然違うのが面白いんですけど、比較的支持を多く集めているのは……「フラれた日よくわからなくて無印で箱とか買って帰って泣いた」とか「楽しいだけとかってたぶんもうなくて楽しいたびにすこしせつない」とか。
これも好きです。「ひさしぶりに会うたびきみは生きていて新鮮さに泣きそうになる」。基本、恋愛の歌が多いんですか?
- 伊藤:
- いえ、そうでもないですよ。“明らかに、これ恋人関係でしょ”とわかるようにしているものもありますけど、あまり関係性を限定したくなくて。歌の中の「あなた」が恋人だって思われた瞬間、読んでくれる人の想像力を奪ってしまう気がするからです。恋愛が絡むと、ルールが色々あるじゃないですか。たとえば「浮気をしてはいけない」とか。そういったルールに縛られた関係だけではなくて、家族とか友人とか、大切な身近の人に置き換えて読んでほしいな、と思っています。
歌集のデザインは、グラフィックデザイナーの脇田あすかさん(@asuka_wakida)が担当されたそうですね。文字の大きさやレイアウトがとても自由で面白いです。短歌の途中で急に文字が大きくなったり、全体がカーブしていたり、時々文字が逆さまになっていたり。
- 伊藤:
- 歌集って、“どんなに少なくても見開きで4首くらい”っていうのがデフォルトになっていて。たまに1ページに一首というものもあるんですけど、基本的には暗黙のルールから逸れたものがあまりない印象なんです。脇田さんのデザインは言葉の一つひとつが生き生きして見えて、本当にすごいなぁと思いました。
短歌の歌集って、小説でいうと「超・短編」の集合体のようなものじゃないですか。一つひとつが独立したものだから、それぞれの歌がどのようなかたちで読み手の目に飛び込んでくるのかによって、受け取られ方が変わりそうな気がします。
- 伊藤:
- そうそう、“どう出会うか”はとても大切なキーワードだと思っています。
この歌集を発表する前に、イラストレーターのeryさん(@erikatoike)と組んだZINEを数冊発行されていますね。どれもとても面白くて。イラストと一緒になることで、言葉の魅力が増すんだぁと思いました。イラスト以外で、こういうものと組んでみたいとかありますか?
- 伊藤:
- そうですね……“空間”かな。先ほども少し話に出ましたが、文字って“出会い方”によって印象が違うじゃないですか。そうだ、イチハラヒロコさんっていうランゲージアーティストの方ってご存じですか?
イギリスのショッピングセンターやオランダの美術館で、「万引きするで」と書かれた紙のショッピングバッグを配布する、という活動で国際的にも有名になった方ですね。
- 伊藤:
- イチハラさんの作品って、書いてあることは日常生活で誰もが心の中で思ったことがあるようなちょっとしたことなんですけど、その言葉が白地に太い黒色のゴシック体でレイアウトされたかたちで目の前に現れると、妙にドキッとする。特に街中とか、普段文字をあまり意識しない場所でそれを目にすると、急にその言葉がいつも使っている文脈から切り離されて奥行きをもって、自分の体験や記憶と結びついたりして……ぐっとくるものがあるんです。
それって、海外を旅している時に、突然街中で日本語が書いてあるTシャツを着た外国人に出会うと、ハッとする感じに似てますよね。
- 伊藤:
- そうかもしれない(笑)。自分の短歌も、今後“どこで出会うか”ということを意識して発信していけたらと思っています。「文字」って私たちにとって珍しくもなんともないものだからこそ、「かちっ」とはまると忘れられない体験になるんじゃないかって。
言葉は心を越えない?
伊藤さん、読書家ですか? 結構いろいろジャンルの本が棚に並んでますね。好きな作家とかいますか?
- 伊藤:
- 吉本ばななさん! 最近『みずうみ』を読み返して、やっぱり素晴らしいなぁって。
私も大好きです。『ムーンライト・シャドウ』っていう作品、知ってます? 死んでしまった人と会える、100年に一度の日の話。
- 伊藤:
- 知ってます! あの作品も最高ですよね。ああいうことを信じてるんです、私。“目に見えないもの”とか“絶対にありうる強い力”とか。
あの話って“ファンタジー”にカテゴライズされると思うんですけど、なぜか何度読んでもフィクションだと思えないところがあって。
- 伊藤:
- 詩的なんですよね。いままで誰も言葉にできなかったであろう感覚を、ごく普通の言葉で綴っているところが本当にすごい。そこに近づきたい、ってずっと思っています。そうだ、ちょっと面白い話があるんです。「片思いしている時の気持ちを、言葉ではなく手話で表現してみよう」という遊びを友人数名とやったことがあって。
面白そう。
- 伊藤:
- ひたすら幸せそうな人もいれば、とにかく苦しそうな人もいる。「え、あなたそんな片思いするの?!」って(笑)。この違いって、言葉のインタビューで聞き出そうと思ったら結構大変だと思うんです。普段何気なく使っている「片思い」という一語ですら、個人間でこんなにイメージの違いがある。
言葉って、何なんでしょうね。90年代の某ヒット曲の中に「言葉は心を越えない」という名フレーズもありましたけど。
- 伊藤:
- そうですね。でも言葉は残るので。それがどんなかたちの言葉になるのかはわかりませんが、できる限りそこに言葉で切り込んでみたいと思っています。
10年後はこうなっていたい、とか将来のことを具体的に考えたりしますか?
- 伊藤:
- そうだなぁ……何かをつくる人ではありたいですね。好きなものをつくっていたいし、面白い人と関わっていたい。最近はやく東京を出たいんです。欲しいものとかしたいことがたくさんあるのでお金は好きですけど、お金儲け自体にはそんなに興味ないことがわかってきて。都会で大きい家に住むためにお金を稼ぐのもなんだかなあと思うので、自分の周りの素敵な人たちと集団移住して田舎に暮らしたいです(笑)。
ちなみに、子どもの頃の夢ってなんでしたか?
- 伊藤:
- 発明家。小さな頃から工作とか手を動かして何かをつくることが大好きでした。周りの大人たちにも「本当につくるのが好きねぇ。でもアイデアはいいのに、詰めが甘い」とか言われながら。
ある意味、夢が叶っていませんか? 言葉の発明家。
- 伊藤:
- あ、あれ! そうだったらいいんですけど(笑)。
伊藤さんと話していて、「私たちって、言葉について知っているようで全然知らないのかも」って思いました。
- 伊藤:
- 私もそう思います。もっと「言葉」を突き詰めていきたいですね。
まずは、第一歌集をじっくり楽しみませていただいて……。今後の活動も楽しみにしています。
- 伊藤:
- ありがとうございます!