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猫と男 東京で生きる男と、共に暮らす猫。ふたりの距離感から垣間見える、唯一無二の物語。

BOOK GUIDE:『日本ねこ』

飼い主を持つ猫が家の中と外を自由に行き来していた時代に出版された写真集。昭和の風景の中でのんびり過ごす猫たちの日常を楽しめる一冊です。

写真・文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

ねこ
今回の本:『日本ねこ』山渓フォトライブラリー(写真:本多信男 山と渓谷社刊/昭和51年発行)

民家の居間、軒先、納屋、囲炉裏端、茅葺き屋根の上。日本の原風景の中で遊び、まどろむ屈託のない猫たちの姿。
街の古本屋に行くと、文学書や写真集などともに、ついつい猫にまつわる本が目に入る。新刊書店の本棚で猫に関する本を目にすることも多くなったが、僕は、少しカビの匂いをまとった古書に紛れた、ひと昔前の猫の写真集が好きだ。

特に50年ほど前に出版された猫の写真集には、自分好みのものが多い。
猫の暮らしを邪魔しないように望遠レンズで撮影された、すこし肌理の粗い写真。野山で暮らす演出なしの自然体な猫の姿に、誰にもとらわれない自由を感じる。

「山渓フォトライブラリー」から昭和51年(1976)に発行された『日本ねこ』も、東京のどこかの街の古本屋で手に入れた猫写真集だ。これは、今は失われてしまった日本の里山の景色や、伝統的民家のディテールを記録した写真集としても見どころが多い本だと思う。

ねこ
『日本ねこ』より

この写真集がつくられた昭和50年代当時も猫に関するさまざまな本が出版されていたが、この本はタイトル通り、日本ねこの写真集だ。
日本人と猫との関係は古く、紀元前である弥生時代の遺跡から猫の遺骨が出土されているという。日本ねこのはじまりは、奈良時代に遡る。大事な経典などの書物を鼠から守るために、中国から輸入されたことがはじまりと言われている。

高度経済成長時代において、今と変わらず猫は家族の一員として、人々の心を癒やしてきた。昭和50年前後に出版された猫関連の本を見ると、猫は「ペット」と呼ばれることが多かったようだ。現在のかけがえのない家族の一員として愛されている人と猫との関係性において、ペットという呼び方はどこか冷たい感じがする。だが当時は愛着を込め、そして西洋風にそう呼ばれ親しまれていたのかもしれない。

ねこ
『日本ねこ』より

一般的に日本ねこの外見は、鼻ぺちゃが多い西洋猫とは異なり鼻筋が通っていて、頬は丸く、毛は比較的短毛で、スリムな体型をしていることが多い。また、尻尾の短い猫が多いともいう。
毛の色は白、黒、縞模様の「トラ猫」、焦げ茶縞の「キジトラ」、白と茶、黒の3色の「三毛猫」などがよく知られている。また、三毛猫や外国の猫にも多い、黒と茶、赤茶けた色の毛がモザイク状に混ざった毛を持つ「サビ猫」の性別は、雌が多いともいわれている。
性格は、穏やかで活発、もともと鼠を駆除していたこともあり、すばしっこく身のこなしもしなやかである。

この本が出版された昭和50年(1975)頃は、空前の猫ブーム。その頃は猫を飼うスタイルは今とは異なり、多くの猫たちは、家と外を自由に行き来していた。都会でもビルの間や、下町の家の軒先に、首輪を付けた家猫が闊歩し、夜中には外で猫同士が喧嘩をする鳴き声がしたり、子猫が路地裏に迷いこんでくることも少なくなかった。
その数年後には社会現象にもなり、4~50歳代の人には懐かしい、あの「なめ猫」ブームも起こっている。
『日本ねこ』の中には、そんな、現在のように家で暮らす猫が一般的になる前の、少し開放的な時代の猫たちの姿が写っている。

ねこ
『日本ねこ』より

この頃と比べると猫と人間の関係もだいぶ変わったように思う。街からは、のら猫の姿もだいぶ減った。
今後さらに、都会において外で暮らす猫たちは、安全と健康の観点から保護が進むだろう。身寄りのない猫を増やさないよう、繁殖をおさえるために保護し、去勢をほどこす取り組みも進んでいる。そうしてあらためて地域猫として街に帰っていく猫もいれば、懸命な保護猫活動により飼い主と出会い、家猫としてその生を全うする猫もいるだろう。そして都会を中心に、街から徐々に野生(ノラ)の猫たちは減少していくだろう。

この写真集に写る猫たちは、外と家を自由に行き来し、遊びまわる無邪気な姿のその向こうに、少し儚げな雰囲気をまとっている。もう十数年もしたら、これら50年ほど前に出版された本の中にいるような、野山をかけまわる猫たちの姿は見られなくなるのかもしれない。でも、時に過酷であろう環境で暮らす猫たちが保護されることで少しでも減ることは、彼らの幸せな猫生活を考えたら、それはそれでいいことなのかもしれないとも、ふと思うのだ。

ねこ
『日本ねこ』より

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2022/03/29

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