今回紹介するのは、アメリカの郊外でのびのびと暮らす猫たちをモノクロームで切り取った、アメリカ人写真家・Mark Steinmetzの写真集です。
写真・文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
アメリカ人フォトグラファー、マーク・シュタインメッツ(Mark Steinmetz)の作品集『cats』は、アメリカの出版社「Nazraeli Press」が手がける、限定500部、プリント付き作品集シリーズである『ONE PICTURE BOOK TWO』の一冊として2019年にリリースされた。
シュタインメッツは1961年ニューヨーク生まれ。フランス人の母とオランダ人の父との間に生まれた写真家だ。ボストン郊外のケンブリッジとニュートンで12歳まで暮らし、その後21歳でアメリカの中西部に移り、コネチカット州ニューヘイブンのイェール大学で写真を学んだ。
1983年にLAへ移り、86~87年の間はボストンで暮らし、そしてシカゴ、アトランタへ。90年代にはテネシー州ノックスヴィル、ジョージア州アセンズで暮らし、この地でのちに「サウスシリーズ」として知られる名作『South Central』、『South East』、『Greater Atlanta』という一連の作品としてまとめられる写真を撮影した。
そこに写し出されるのは、アメリカ南部=ディープサウスの光と影が交差するユートピアとしてのサバービアな風景。誰もいないロードサイド、ひっそりとした家々、荒れ果てたガソリンスタンド、窓から夕陽が射し込むダイナー、住宅街の外れにある森の入口。そしてそこで暮らす人々の姿。
シュタインメッツの写真は主に白黒のフイルムで撮影され、彼自身の手で現像されプリントが施される。
彼が過ごす日常の普通の風景の中で、80年代に写真をはじめた時から変わらない、中判フイルムカメラ、フイルム、溶剤等を使い、人物のポートレートやランドスケープを撮影している。
中でもそこで暮らすティーンエイジャーたちの写真には、シュタインメッツのみずみずしい感性が溢れている。表情を変えることなくどこか遠くを見つめる瞳には、若さゆえの葛藤、楽観性よりも憂いが色濃く表れ儚ささえ感じさせる。
ポートレートを撮る時、シュタインメッツは「そのままの姿で撮らせてください」とひと声かけてから、静かに数枚撮影するという。その写真家の控えめな態度と被写体との関係が、その写真に穏やかな印象をもたらしているのかもしれない。
シュタインメッツの最初の猫の写真集は2010年に出版された『Ancient Tigers of My Neighborhood』(2010年)。
タイトルを日本語に訳すと“私の近所の古代の虎”という感じだろうか。それは僕の手元にはないが、Nazraeli PressのSix by Sixシリーズの6冊のうちの1冊として出版され、ドイツのカッセル・フォトブックフェスティバルで著名な写真家であるロバート・アダムスによって「2010年のベストブック」にノミネートされた。
この『ONE PICTURE BOOK TWO』シリーズの一冊『cats』で、スタインメッツは再び猫をテーマとして小さな本にまとめた。出版は500部で、12枚の写真、シュタインメッツにしては珍しいカラーのオリジナルプリントが一枚付属する。
ちなみに、シュタインメッツはカラー写真を撮らないわけではない。現在すべてがモノクローム写真でまとめられた「サウスシリーズ」も、実は同時に撮影されたカラー写真との混合で構想されたこともあったという。
これらの猫の写真は、シュタインメッツが90年代から長い間暮らしたジョージア州アセンズの自宅から3ブロック以内の場所で、2007年から2009年の間に撮られたもの。ご近所でよく会う猫たちを親しみを込めて撮影したものだ。
アメリカの広大な大地における周縁ともいえる郊外=サバービア。これらの写真には高層ビルもショッピングモールも映っていない。空き地に西陽が長い影を落とす牧歌的な風景。古きよきアメリカの姿とともに、多様な歴史を経てきたディープサウスの焦燥感のようなものも映し出される。
モノクロームの茂みの中に横たわっている猫たちもまた、人々の暮らしの周縁で暮らしている。
シュタインメッツがアメリカの郊外で撮影するポートレートで示したように、ここに写る猫たちもくつろいだ時に猫がするように写真家の前でお腹を見せ、内面をさらけ出しているように見える。
シュタインメッツの初期の作品である「サウスシリーズ」の中でも、何枚かの猫たちの写真を見ることができる。郊外の風景、そこで暮らす人々、電話ボックス、車などと並び、猫は彼の重要な被写体であることが分かる。
先の写真集のタイトルにあったように、シュタインメッツは猫たちのことを“古代の虎”と呼んでいる。
そしてそこに写る何匹かの猫たちには、チューリップ、ルバーブ、オリーブ、スフィンクスと名前がつけられており、本も今はこの世界にいないかもしれない彼らに捧げられている。
ただ、『cats』におけるモノクロームのフイルムで写し取られた、どこまでも自由であると同時に決して媚びることのない、憂いを帯びた猫たちの姿を見る時、そこに栄光に満ちたアメリカの光と影を感じるのは僕だけではないだろう。