写真・文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
街を歩いていてもついつい猫の姿が目に入る。なんなら猫の姿を探してしまう。そして実際かなりの確率で猫と出会ったりする。
人に聞いた話だけれど、キノコ好きの間では「キノコ目」というものがまことしやかに囁かれている。広い森の中でキノコと出合うのは稀だけど、キノコ目を持っていると、自然とキノコが目に飛び込んでくるようになるのだという。
個人的な見解だけどそれと同じように「猫目」というのがあって、猫探しの上級者になると、街を歩いていると猫の方から自然と目に飛び込んでくるようになるのかもしれない。
今回は、この夏に旅先で出会った猫たちの話をお届けしたい。
まずは昨年も訪れた北の町の温泉街。前回は真冬だったけど今回は真夏。
猫が集まる一角があって、そこに行くと茂みの中から猫がぞろぞろ出てくる。子猫同士のこともあるし、親子、あるいはきょうだいのこともある。上空からはカラスがいたずらしようと狙っているから、普段は茂みの中に隠れているみたいだ。
ここは昨年も同じ柄をした子猫のきょうだいを見た場所だ。去年会ったコのきょうだいだろうか。観光客も頻繁に通るから猫のたまり場になっている。この春に生まれたと思われる子猫もいる。
同じ日の夕方には、近所のお年寄りが猫たちにご飯をあげていた。
この町で耳にしたご近所猫話をいくつか。
「子猫がまた増えましたね」
「そうかな」
「この間の冬に見た猫の兄弟かな。冬を越すのは北国では大変でしょう」
「結構近所の人たちが世話をしているから大丈夫みたいだよ」
そしてもうひとつ。
銭湯帰りなのか手に風呂桶を持った食堂のおじさんに、向かいのジュエリー屋さんのお兄さんが話しかけている。
「さっき黒いのが店の中に入って行ったけど、台所荒らされてなかった?」
「ん? 黒いやつ? 大丈夫だったかな」
この町のご近所猫との付き合い方は、至ってのん気だ。
翌日、温泉街を歩いていたら黒い猫が急ぐでもなくゆっくりと、通りを横切った。昨日食堂の台所に侵入したあのコかもしれない。
あとを着いていくと、路肩に停まっている黒い車のバンパーに、お尻を持ち上げて巧みにマーキングをした。そうしてのっそりと車の下に入っていった。
しゃがみ込んでのぞいてみると、車の下で長くなって寝そべっている。
北の国といっても、夏の日の日中は30度以上になる。日が当たるアスファルトの上は十分、暑い。
動物との付き合いといえば、別の日にジュエリー屋のお兄さんが面白いものが撮れたよと、友人のドライブレコーダーに映っていたという、店の前を横切るヒグマの映像を見せてくれた。
店の前に出てみると、たしかに映像に映っていたのと同じ場所だ。
当時この町では、朝晩、ヒグマの目撃情報が相次いだという。
確かに、北の国を歩いたり、車で走っていると「ヒグマ出没注意」の看板を目にすることが多い。
ぬいぐるみの熊さんや、アニメに登場する熊は可愛いけど、リアルに出会ってしまったらどうしたらいいか頭の中が真っ白になってしまうだろう。
北の国では、熊との共生もリアルな日常なのだと思った。
そして四国のある街での猫好きの大先輩のお話。
この街は、映画監督、俳優、商業デザイナーなどマルチな活躍をした故・伊丹十三さんの父親が生まれたところで、十三さん自身も高校生時代を過ごしたゆかりの場所。この街のハズレには立派な記念館がある。常設展では、その名前にちなみ13のエピソードが紹介されている。
「料理通」「エッセイスト」「乗り物マニア」「テレビマン」「精神分析啓蒙家」などの興味深い章が並び、「猫好き」のコーナーも、もちろんある。
伊丹十三さんは生まれた頃から猫が途切れたことがほぼないのだという。展示コーナーにも猫とのエピソードや歴代猫たちとの写真が展示されているのだが、ある時から描きはじめたという猫たちのスケッチが秀逸だ。
飼い主の両足の上で無防備に「ヘソ天」する姿、いくつもの表情を描いたもの、後ろ姿も猫らしい雰囲気をとらえている。やわらかそうな肉球だけが描かれたものもあって、その生き生きとした猫の姿から、十三さんの猫たちへの底なしの愛が伝わってくる。
上映されているドキュメンタリービデオ映像にも猫が登場する。ここは隠れた猫パラダイスだ。
四国の海沿いの別の街の鄙びた商店街を歩いていたら、少し前方に首輪をつけた茶色い猫がのんびりと歩く後ろ姿に出会った。こちらも気付かれないように、足音を立てないように注意深い足取りで追跡すると、工事中のフェンスのところでゆっくりと角を曲がった。
回り込んでみると、フェンスの裏側に飲水とご飯が入ったうつわがみえた。
昼間にも関わらず8割方シャッターが降りた、いわゆるシャッター街だけど、人知れず街で暮らす猫たちに目をかける人たちがいるんだと心が温かくなった。
その後も、路地裏にひっそりと佇む神社の誰もいない参道の傍で、静かに暮らす猫に出会った。
地方都市の衰退がいわれるようになって久しいけれど、都市、地方に関わらず街で暮らす猫と出会うことも以前より減ったように思う。だけど、人知れず猫たちはこの街で人間と共に暮らし、そしてその命を支えている人たちがいる。
人が住まなくなった家は取り壊され、更地になっている。古いアーケード商店街では店先を歩く人の姿よりも降りたシャッターが目立つようになった。更地になってしまうと、猫たちが夏の暑さと冬の寒さから身を守り、隠れる場所も失われてしまうだろう。僕たちが暮らす街がいつまでも、猫たちにとっても生きやすい場所であることを願う。旅先の町を歩きながらそんなことを思った。