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猫と男 東京で生きる男と、共に暮らす猫。ふたりの距離感から垣間見える、唯一無二の物語。

猫と伊丹さん

写真・文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

猫の一生と自分のそれを重ね合わせることができる人生はどんなにか豊かだろうか。
『タンポポ』 (1985)、 『マルサの女』 (1987)などの映画を監督し、 名著『ヨーロッパ退屈日記』 (1965) などの著書、 あるいは現在も放映が続く長寿テレビ番組 『遠くへ行きたい』 などでのドキュメントとリアリティ、 ユーモアを交えたファシリテーターとしての顔。 そのほかにもイラストレーター、 俳優、 料理、 精神分析啓蒙家など、 伊丹十三が取り組んできたことを上げればきりがない。 そして言うまでもなくその全てが一流。

そして猫好きにとっては、 伊丹さんが無類の猫好きであったことはよく知られている。 生まれた時から身近に猫がいない時期はほとんどなかったというから、 伊丹さんにとっては猫は家族と同じ、 もしくはそれ以上、 そばにいて当たり前の存在であったことは想像に難くない。
伊丹さんはもうこの世にはいないけど、 のこされた著作や映像、 全集、 選集には必ず猫にまつわるエピソードが収められている。

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伊丹十三記念館での展示より。 伊丹さんによる愛猫のスケッチ。 僕はこの猫の瞳にドキドキしてしまった。

そんな伊丹さんの生涯を紹介する記念館が伊丹さんが少年時代の一時期を過ごした愛媛県松山市にある。 先日念願かなって訪れることができたというのは前回少しお伝えしたが、 あらためて伊丹さんと猫との関係について、 展示を見て感じたことをいくつか書き記したい。

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伊丹十三記念館の設計は、 建築家の中村好文さん。

伊丹さんはどんな猫でも手なづけてしまう魔法のような不思議な力を持っていたといわれている。 そのことは伊丹さんに関するドキュメンタリーDVD 『13の顔を持つ男 伊丹十三の肖像』 でも観ることができる。
記念館で手に入れたそのDVDに収録された18のエピソード中の 「猫好きの顔」 の章、 『遠くへ行きたい 信長に捧げるポップス・コンサート』 の中に、偶然出会った捨て猫が伊丹さんの膝の上で眠りに落ちるシーンが収められている。 無類の猫好きの伊丹さんだから、 取材中に出会った子猫を見て見ぬ振りをすることが出来なかったのだろう。
人間の子どもが母親に抱かれて眠るように伊丹さんの膝の上でお腹を見せて気持ちよさそうに眠る子猫は、その後伊丹さん宅に家猫として迎えられ 「ももよ」 と名付けられ大切に育てられたという。

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伊丹十三記念館での展示より。 伊丹さんによる愛猫のスケッチとデッサン。

伊丹さんの猫へのまなざしは卓越した愛猫のデッサンにも結実している。 伊丹さんが描く猫の姿は長年猫と暮らしている人ならではの日常の何気ない仕草をとらえている。 その表情は人間のようでもあり、 猫独特ののんきな姿で猫好きならずとも唸ってしまうものだろう。

伊丹さんと猫との関わりの中で印象に残ったのは、 人生には幾匹かの猫との出会いと別れがあり、 そのどれもが伊丹さんのその時々の人生としっかり結びついていること。
それぞれに与えられた命の長さが人間が80年前後、 猫が20年前後として、 その比率は4:1。 人間と比べると猫はその生命を少し駆け足で生きていく。 64歳で亡くなった伊丹さんも何度か猫たちと出会い、 そして見送ってきたことだろう。

そういえば伊丹十三記念館のグッズコーナーにも猫関連のものが多かった。 伊丹さんが描いた猫のデッサンが印刷されたクリアファイル、 ポストカード、 缶バッチ、 シールなど。 そのどれもがほのぼのしていて、 ついつい手をのばしたくなるものばかりだった。
もうかなわないことだが、 伊丹さんにもこの 「猫と男」 でお話をうかがってみたかった。
余談だが、 松山といえば夏目漱石の 『坊っちゃん』、 そして夏目漱石といえば 『吾輩は猫である』 。 松山の街でも猫を探したけど、 出会うことは出来なかった。

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2022/08/24

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