コペンハーゲンでカフェ 「DZIDRA」 を営むイザベラさんとアンドレアさん。
オープンを決めたのはコロナ禍の2020年。
街の人や友人たちに助けられながら自分たちの手でつくり上げた空間は、
食事をする場という役割を超えて、 人と人、 異文化同士を繋ぐ架け橋のような場所になりつつある。
取材・写真:Maya Matsuura 文:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
Andreas Skou Albertsen & Isabella Kristensen(アンドレアス・スカウ・アルバートセン & イザベラ・クリステンセン)
2021年にオープンしたデンマーク・コペンハーゲンのカフェ 「DZIDRA」 を経営するカップル。
Instagram:
@dzidra_dzidra_dzidra
お二人ともデンマーク第二の都市、 オーフスの出身だそうですね。
- Isabella (※以下、 イザベラ): オーフスから車で30分ほどのところにある、 Friland (フリーランド) という田舎町で育ちました。 フリーランドはちょっと変わった場所で……。
Andreas (※以下、 アンドレアス): コペンハーゲンでいうと、 クリスチャニア (コペンハーゲンのほぼ中心に位置する自治区) みたいな感じだよね?
イザベラ: そうかもしれない。 「持続可能性・無借金・自営業」 に焦点を当てた、 オルタナティブな生き方を試みる実験的なコミュニティです。 たとえば 「無借金」。 人生の自由や選択を狭めてしまう住宅ローン制度がなく、 それぞれが廃材などを使って自分たちで家を建てます。 とにかくなんでも自分で考えて、 色々つくりながら暮らしていました。
アンドレアス: 僕はどちらかというと、 シティヒッピーかな (笑)。 オーフスのヒッピーな家族のもとで育ちました。
イザベラさんのご両親もフリーランドの出身なんですか?
- イザベラ: 母はコロンビア出身です。 父とは80年代にマイアミで出会って、 90年代後半にデンマークに移住してきました。 でもすぐに2人は離婚して、 母は異国の地でシングルマザーとして私を育て上げてくれたんです。 多分母は料理をつくるのがそこまで得意ではなかったと思うのですが、 自分の故郷の味であるコロンビアの伝統料理 「ココナッツライス」 をよくつくってくれました。
アンドレアス: 「ココナッツライス」 は、 今じゃ 「DZIDRA」 の看板メニューだよね。
イザベラ: そうだね。 今でもココナッツライスをつくると、 キッチンがココナッツの甘い香りに包まれて子ども時代を思い出します。 私、 とってもノスタルジックな人間なんです(笑)。
お二人のカフェ 「DZIDRA」 は昨年オープンしたそうですが、 それ以前はそれぞれどんなお仕事をされていたのでしょうか。
- アンドレアス: 僕はフォトグラファーを目指して2年ほど無給のアシスタントをしながら写真を勉強していました。 あとは、 レストランのキッチンでアルバイトも。 今思えば、 お店の運営方法とかはその時に色々学んだなと思います。
イザベラ: 私は19歳の時に大学進学を機にコペンハーゲンに引っ越してきて、 大学では中東文化とアラビア語を勉強しました。 その傍らで、 とにかく沢山のバイトをしましたね。
どんなところでアルバイトを?
- イザベラ: アンドレアスとは2018年に出会ってその翌年から付き合いはじめたのですが、 出会った当時4つのバイトを掛け持ちしていました。 アパレルブランド 「Acne Studios」 で店員をしながら、 いくつかのワインバーでも働いて。
学生時代から将来は飲食の仕事をやりたいと思っていたんですか?
- イザベラ: 具体的にそう思っていたわけではありませんが、 小さな頃から料理には興味がありました。 父の友人が大きなレストランで働いていて、 小さな私をよくそこのキッチンに座らせて、 料理をつくっているところを近くで見せてくれたんです。 父とは料理番組もよく一緒に見ていましたね。 あとは、 ニンテンドーの 「クッキングママ」 というゲームが、 私にとって日本食への入り口でした。 「オムライス」 とか 「とんかつ」 とか、 ゲーム内で出てくるメニューで日本食を色々覚えました。
出来上がったのは、 みんなのリビングルーム
カフェ 「DZIDRA」 をはじようと思ったきっかけを教えてください。
- アンドレアス: 「カフェを開きたい!」 という気持ちというよりも、 2019年にこの場所と出会ったことが大きなきっかけになりました。 ここはもともと僕の友人が持っていた物件で、 当時内見に来る人を案内する手伝いをしていたんです。 何人か案内したあとに、 「ここ、 僕が欲しいな」 って思ってしまったんです(笑)。 そこから一か月ほどかけて、 事業計画書をつくりはじめました。
はじめから 「2人でやろう」 と考えていたんですか?
- アンドレアス: 物件のオーナーである友人が 「ギャラリーみたいに人が集まる場所にしたい」 と言っていたのですが、 ギャラリーよりももっと賑やかで人が集まる空間が良いなと思っていたんです。 コーヒーとパンがあって、椅子もあって。 そんなことをイザベラに話したら 「私が料理するよ」 って。
イザベラ: 最初は口を挟んでいただけだったけど、 いつの間にかしっかり参加していました(笑)。
アンドレアス: 2020年はじめにこの物件を購入しました。 そうしたら、 ほぼ同じタイミングでコロナ禍でロックダウン。 最初は路頭に迷った気分でしたが、 買ってしまった以上やってみるしかない、 と。
店舗はご自分たちでリノベーションをされたそうですね。
- アンドレアス: 予算がなかったので、 あるものを使ってすべて自分たちでつくりました。 材料や資材は友人からもらったり、 近所のゴミ捨て場でみつけてきたり、 通りかかったおじさんがくれたり……。 ちなみにシンクは、 裏庭に転がってたのをもってきてリメイクしたんです。
凄い!
- イザベラ: 本当になんの知識もない私たちが、 手探りでつくった店です。
アンドレアス:そうだね。 ロックダウン中にずっと作業していたので、 近所を散歩してる人がよく見にきていました。 あるおじさんは、 「僕は大工だから、 わからないことがあったら何でも聞いてね」 と声をかけてくれて、 ベンチをつくってもらったりね。
内装デザインのイメージは最初から決まっていたんですか?
- アンドレアス: 最初は特になかったですね。 近所の人が来て一緒にものをつくったり、 自分たちの周りの友人たちのアートピースを飾ったりしていくうちに今のスタイルになったんです。 「みんなのリビングルーム」 ができた、 という感じですね。
飲食店を開くということは、 キッチンのライセンスなど資格取得も大切なステップになりますよね。
- アンドレアス: そうですね。 それが一番大変でした。 キッチンのライセンスを取得するのに予想以上に時間がかかってしまって。 最初は簡単なポップアップやテイクアウェイからはじめました。
イザベラ: これまでに友人や私の母もゲストシェフとしてキッチンに立って、 いろんな家庭料理をつくってくれました。 もちろんプロの料理人ではないけれど 「Chefs by heart」 という感じですね。
お店を運営する上でのお二人それぞれの役割は?
- アンドレアス: 僕はキッチン担当。
イザベラ: 私は接客をしたり、 メニューを考えたり、 お店全体を見ている感じですね。 最初は私もキッチンに入っていたんです。 もともと料理が好きだったし、 私がやるものだって思ってた。 でも、 途中で向いてないとわかったんです(笑)。
アンドレアス: 彼女は感覚の人なので、 レシピもなければ気分でメニューも変えちゃう。 キッチンは仕込みをしたり計画的にやらないといけないことが意外と多かったりするので、 正直カオスでしたね(笑)。
一緒にお店をやりつつ生活も共にされているということで、 ほぼ24時間一緒ということですね。
- イザベラ: そうですね! 常に一緒にいると、 たまに 「なんでこれをやってないの?」など、 自分を基準に考えてしまうこともあります。 でもそんな時に思うのは 「私たちは一緒にいても常に自分の好きなこと、 得意なことを、 それぞれが全力でやっているんだ」 ということ。 お互いがやっていることをリスペクトしています。
アンドレアス: そういう考え方が大切だよね。 本当に常に一緒にいるから。
関わってくれる人達が店の一部になるように
お店があるのは Nørrebro (ノアブロ) という若いアーティストや移民が多いエリアだそうですが、 町における自分たちの店の役割はどんなことだと考えますか?
- イザベラ: ノアブロは移民が多く、 ジェントリフィケーションも大きな問題になっています。 どんな人種でも宗教でも、 セクシャリティでも、 みんなここにくれば自分の場所がある。 自分たちの店がそう思ってもらえる場所になったらいいなと思います。 この街には数え切れないほどのカフェがあって、 もうすでに同じようなことをやっている人が山ほどいます。 その中で、 私たちが何をやりたいかを考えることがとても大切でした。
アンドレアス: 他の店と違うことをするというより、 自分たちが 「どう感じるか」 「何をいいと思うのか」 「何を食べたいのか」 を考えて辿り着いたのが今のかたちです。 コンセプトは特になくて、 ここにあるのは私たちの 「感覚」 です。
お店では、 飲食に限定せず様々なジャンルの展示やポップアップを行っているそうですね。
- イザベラ: ここは私たちだけの場所ではありません。 来てくれる人や関わってくれるみんなが、 このカフェの一部になってほしいなと思っています。 友人のお母さんのレシピで新しいメニューをつくったり、 友人たちがここでポップアップをしたり。 この夏に、 友人のマヤ (本連載の写真を担当しているMaya Matsuura) の妹で 「家庭料理 もちもち」 の店主であるミホが日本からやってきて、 お店で二日間のポップアップをしたんです。 とてもいい時間でした。
アンドレアス: ミホが出汁巻卵を焼いて、 ミホのお母さんや友達がおにぎりをつくって、 マヤは接客をして、 陶芸家のYuichiは薪窯で焼いたうつわや酒器を持ってきてくれて。 本当にこの場所が彼女たちのものになっていたよね。
ポップアップをきっかけに 「DZIDRA」 を知った人も多かったとか?
- アンドレアス: そうですね。 新しい仲間に出会えた感じがしました。 DZIDRAは “家庭の味” みたいなノスタルジーな気持ちが大きいから、 特に今回の 「家庭料理もちもち」 のポップアップは家族のチームワークを感じて優しい気持ちになれました。
大切なのは正直であること
お二人とも、 同じ方向を見据えながら実直に頑張っている様子が目に浮かぶのですが、 それぞれ人生において大切にしていることは何ですか?
- イザベラ: 正直であること、 ですね。 自分が感じたこと、 自分たちがやっていることや選んでいること、 お客さんや生産者に対して、 友人や恋人に対して……すべてに対して正直であること。
アンドレアス:僕は……お金かな。
イザベラ:だとしたら、 人生の選択間違えちゃってない?(笑)。
アンドレアス:冗談。 「いい関係」 かな。 友人、 恋人、 家族、 お客さん、 近所の人たち。 それぞれといい関係を築いていくこと。でもそこで一番大切なのは、やっぱり 「正直であること」 だと思うね。
これからお店として挑戦してみたいことは?
- イザベラ: 私は常にやりたいことであふれているので、 難しい質問ですね(笑)。
アンドレス: DZIDRAはまだ赤ちゃんみたいなものだから、 あと最短でも3年間くらいはこの場所をのんびり育てていきたいかな。 あとは海外でポップアップをしてみたいね。 やっぱり日本かな?
イザベラ: 日本だね! あとクッキングショーをやりたい! 毎回いろんなゲストを呼んで、 彼らに懐かしの料理をつくってもらったりね。
最後の質問です。 10年後、 どこで暮らし、 どのように生きていたいですか?
- イザベラ: どこか暖かい場所で宿をやっていたいですね。 コロンビアとか南イタリアとか、 ギリシャとか。 友人たちも泊まりに来れて、 一緒に料理をしたり、 絵を描いたりヨガをしたり……。 それぞれのアイディアや知識をシェアできる場所をつくりたい。 そしてできるならば、 利益もフェアに分配できるようなシステムもつくれたら。
アンドレアス: 良いね。 夢みたいな話だけど、 出来なくもないんじゃないかな?