写真・文/落合真林子 (OIL MAGAZINE/CLASKA)
Profile
落合真林子 Mariko Ochiai
大学卒業後、 出版社勤務を経て現在CLASKAの企画編集、 web magazine 「OIL MAGAZINE」 編集長。 東京で夫、 小学生の娘、 猫2匹と暮らしている。 趣味は読書とドラマ鑑賞。
直接言葉を交わすことが出来なかった赤ちゃん時代、 絵本は娘と自分を繋ぐ大切なコミュニケーション手段だった。
親であれば誰もが一度は感じたことがあるかもしれない 「赤ちゃんのうちから、 いい絵本に触れて欲しい」 という思いは私にもあって、 それこそ超定番の名作や自分自身が思い入れのある作品など、 いろいろな絵本を読んで聞かせた。
ある時まではそんな一方通行な読み聞かせが成り立っていたが、 2歳前くらいの頃からだっただろうか、 娘は 「好き ・ 嫌い」 の意思表示ができるようになり、 少しずつ状況が変わっていった。
私が薦めるものにはあまり興味を示さず 「これ?」 と思うような意外な作品に反応することも多くなり、 色々な発見があって面白かった。
「もう一回」 と何度もせがまれ、 同じ絵本を20回以上連続して読み聞かせた記憶もある。
そんなこんなでコツコツ続けてきた読み聞かせが功を奏したのかはわからないが、 今のところ娘はどちらかというと “読むこと” が好きな子どものように見える。
ここ最近特にはまっているのは、 好きなゲームのキャラクターが活躍するライトノベルシリーズ。 内容はさておき、 小さな文字で書かれた長い話を一人で読むことが出来るようになったことを褒めてあげたいと思う。
月に1度、 二人で図書館に行く。
基本的には娘が自分で選んだ本を中心に借りるが、 私が薦めたものはあまり読んでくれないことは知りつつも 「これはママのおすすめです」 というものを 1~2冊紛れさせることにしている。
昨年の夏に図書館へ行った時、 『ヨコちゃんとライオン』 という小さな本がふと目に留まった。
『魔女の宅急便』 で有名な角野栄子さんが、 「銀座三越」 入り口に建つライオン像が100歳になった記念に綴った物語なのだそうだ。
“角野栄子さんなら間違いないだろう” という軽い気持ちで、 「ママのおすすめ」 として借りてみることに。
どんな話か目を通してみると、 少女が大人に成長していく過程で経験する出会いや別れ、 喜び、 愛情、 切なさなど人生の機微がぎゅっと詰まった短くも壮大なファンタジーで、 大人が読んでも十分楽しめる素敵な作品だった。
角野栄子さん、 やっぱりすごい……と思うと同時に、 小2の娘にはまだ難しいかもしれないなと思った。
帰宅後 「これ、 面白そうだから読んでみたら」 と表紙を見せると、 娘はパラパラと中を見て 「へぇ」 と呟き、 すぐに本を閉じてしまったのだった。
『ヨコちゃんとライオン』 のことをすっかり忘れかけていたある週末の午後、 だいたいリビングでゴロゴロしている娘の姿が見当たらない。
家の中を見回すと、 廊下の隅に座って 『ヨコちゃんとライオン』 を読んでいた。
遠目に見ても夢中になっていることは一目瞭然。 加えて “絶対に声をかけたらいけない” と思わせるオーラを放っていたので、 私はその様子を離れたところから観察することにした。
10分くらい経って読み終わった娘が本を閉じ、 表紙をじっと眺め、 リビングに戻ってきた。
いつもだったら私が薦めた本に対して 「つまんなかったー」 とか 「面白かった」 とか何かしら感想を口にするのだが、 何も言ってこない。
それはとても珍しいことだったし、 そもそもあんなに集中して一人で本を読んでいる姿を見たのははじめてだった。
今思えば昨年、 あの時を境に娘が一人で本を読む機会がぐっと増えた気がする。 そして気が付けば、 私が読み聞かせる必要は無くなっていた。
なにかと忙しない現代社会において、 完全なる 「一人の時間」 を持つことはとても難しい。
かくいう私も仕事のメールやSNSを無意識にチェックしてしまったりして常に外部と接している感があるが、 読書をしている間は、 完全に一人になることができる。
作品の世界に浸って現実逃避し、 感じたことや思ったことを自分の中にそっとしまって熟成させていくことはとても愉しいし、 個人的にはそれこそが読書をする一番の醍醐味だと思っている。
あの時、 娘はもしかしたら 「意味がわからない話だな」 と思っていたかもしれない。
でも、 廊下の隅にちょこんと座って夢中で本を読む姿は妙に神々しいというか印象的で、 「そうそう、 読書の楽しさって本来そういう感じだよね」 と初心を思い出させてくれた気がして、 私にとって、 いつまでも忘れたくない景色のひとつになった。
> 次の回を見る