写真・聞き書き:久家靖秀 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
Profile
紫牟田和俊 Kazutoshi Shimuta
1957年生まれ。 1991年東京藝術大学博士後期課程修了。 それに先立ち、 1988年ハンブルクでF.E.Waltherに師事。 これを境に、 観念的なモティーフが作品をつくり始めるにあたり必須となる。 よってしばしば作品タイトルが作品に先行することとなる。 1991年より「pious colors」、 '05年より「TORSOHOUSE」、 '22年より 「Torso in the Box」 を展開し、 すべて現在まで継続中。
揺らぎを納める
鎌倉の友人宅で展覧会をした際にこの辺りの環境が気に入って、 そこから2年くらい物件探しをしたところで今の場所が見つかりました。
自宅兼アトリエとして越してきて、 もう17年が経ちます。
東京の上野桜木に住んでいた頃は、 田んぼの真ん中にある天井高が二間 (360cm) もある越谷のアトリエまで40分以上かけて車で通っていたのですが、 その場所は作家4人の共同で借りていました。
ほかの3人があまり来なかったので大きなサイズの作品を制作できるスペースがありましたし、 周囲が田んぼだったこともあって騒音の苦情などもありませんでした。
遠かったけど、 なかなか気に入っていましたね。
溶接の出来る環境だった時は鉄の作品が多くなりましたし、 アトリエの環境が制作に与える影響は大きいと思います。
ここで暮らすのは、 かなり体力も必要です。
僕自身の気質によるところもあるのですが、 たとえばトイレのドアの補修ひとつとってもセメントを捏ねるところからはじめて直したりしますから。
制作途中の作品を見られても気にならない方なので、 コロナ禍以前には家に遊びに来るお客さんも多かった記憶があります。
料理も好きなので、 食事でおもてなしをして、 ストーブ用の薪割りや庭の手入れもしなくちゃならない。 猫も 「ごはんちょうだい」 と来ますしね。
ここに越してきて、 一時は身の廻りの事に忙殺されていました。 「自宅兼アトリエ」ってなかなか大変なものだな、 と。
作品を制作するにあたっての大部分は “整理整頓” であると思っています。
その方法が時に絵を描く事であったり、 トルソーを箱に納める事であったりします。
うまく収まると気持ちがいい。
僕の世代は1982年の 「ツァイトガイスト展」 くらいまでは 「絵画の不可能性」 などと言われていた時代でして、 油絵科を出たのにも関わらず絵画をメインとした作品づくりをしてきませんでした。
自分の作品としては “箱の作品” が一番古いです。
10年ほど前からは、 トルソーを描いて制作することをはじめて、 今年はついに自作のカンバスを箱に入れちゃいました。
そういった制作方法も、 僕にとってはある種の整理整頓といえるかもしれません。
言葉遊びが好きなので、 表現においても断定的な方法よりも核心に揺らぎがある事にリアリティを感じるんですよね。
アトリエは、 自分自身が感じたものをかたちにする為の素材や方法を蓄積していく場所だと思います。
デッサンであれば白から黒までの諧調の中にすべてを収めなきゃいけないけど、 木材で表現をしようとすれば、 木材という素材を切ったり貼ったりする中で “或る様式” が生まれてきます。
本を書く作家の場合は木材や粘土など有形の素材を必要としないけれど、 それに代わるもの、 言うならば “或る文体” を獲得している人が 「作家」 と呼ばれるんじゃないか、 と思っています。
ものを生み出す人にとって、 素材は有形無形様々なものがあるということですね。
先月は庭仕事を集中してやっていたのですが、 ここに越してきてはじめのうちは剪定の仕方など、 勝手がわからなかったんです。
いわゆる植木屋さんがやるような庭の整え方やかたちにはしたくなかったのに、 10年越しでやっと剪定の仕方がわかってきたら、 徐々にそのかたちの理由にも合点がいって。
最近では苦手だった筈の “植木屋さんが整えた庭” みたいになってきました。
知ることで世界は広がるけれど、 選択肢は逆に狭まるんだな、 と。
鉄も油も箱もやってきましたが、 今の場所だと鉄はもう物理的に無理かなぁ。
作家が晩年に様式を変えて制作する事を 「レイトスタイル」 と呼ぶそうなのですが、 自分はこの場所でこの先どうなっていくのか。
以前のアトリエに比べたら色々な意味で自由度が低い部分もあるのですが、 さっきの植木の話じゃないけど、 表現の選択肢が狭まってくるならば自宅兼アトリエも悪くないのかもしれませんね。
2022年 神奈川県鎌倉市
>>Information
2022年12月8日より学芸大学の 「BOOK AND SONS」 にて紫牟田和俊さんの作品 「Torso in the Box」 を撮影した写真を含む久家靖秀さんの写真展 「Reinventing the Wheel」 が開催されます。 詳しくはhttps://bookandsons.com/blog/reinventing_the_wheel.phpまで。
久家靖秀 Yasuhide Kuge
写真家。主な作品に、写真集『アトリエ』(FOIL)、『Mnemosyne』(HeHe)、『ニッポンの老舗デザイン』(マガジンハウス)、『デザインの原形』(日本デザインコミッティー)など。美術、工芸、デザイン、舞台芸術まで創造の現場を撮影し続けている。
https://kugeyasuhide.com/