整地された住宅街を見下ろす、高台に建つ集合住宅に暮らす写真家の東海林広太さんと2匹の猫。前回の写真を巡る対談を経て、今回は実際に東海林さんのご自宅に伺い、現在一緒に暮らす光と祈、そして一年前まで一緒に暮らした青という猫について話を聞きました。
写真・文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
猫:光(4歳の黒い猫/オス)、祈(1歳の白い猫/メス)、青(病気のため、昨年2歳で亡くなった猫/オス)
男:東海林広太 写真家。ポートレートやファッション写真で注目を集め、コマーシャルワークに加え、写真作家として国内外で展示を行なっている。
Instagram:@ko_ta_s/@hikari_to_ao_to_inori
前回のインタビューで、光くんは東海林さんがはじめて飼った猫だと伺ったのですが、そのきっかけから教えてください。
- 子どもの頃は、親が犬派だったこともあって犬を飼っていました。でも大人になってもずっと猫が好きで、いつか飼いたいと思い続けていました。一人暮らしをするようになってから、我慢しきれなくなって飼いはじめたのが光。今の家に引っ越すタイミングで2匹めの青が仲間に加わりました。
そうだったんですね。
- 猫と暮らすことに、ずっと憧れていたんです。
光に青、そして祈。猫につける名前としては詩的だなと感じたのですが、それぞれの名前の由来を教えてください。
- 光に関しては……保護猫シェルターに迎えに行ったのが夕方だったんですけど、その帰り道に見た雲の隙間からさした光が後光のようでめちゃくちゃ綺麗だったんです。ちょうど名前をどうしようかと考えていたタイミングだったので、光という名前にしました。
写真家である東海林さんにとっては、光は馴染みあるものというか欠かせないものですしね。
- そうですね。青に関しては、瞳の色がものすごく綺麗な青だったのと、自分にとって青という色がキーカラーというか、作品の中に繰り返し用いてきた色だったので。祈に関しては、自分的には一番深い意味があって、願いを込めた名前です。
祈ちゃんは、2匹目の猫、青くんが病気で亡くなった後に迎えた猫ですね。
- シェルターの方に後から聞いたのですが、祈は青が病気で亡くなったのとほぼ同じタイミングに生まれた子だそうで、青と同じ白猫で青い目をした猫でした。当時、青を失った喪失感がどうしても癒えなかったのですが、祈に会った時、感覚的に“この子を迎えることで前に進める”と、青の生まれ変わりのように感じてしまって。それもあって「祈りを込める」という思いで名づけました。祈にしてみたら“そんなこと言われても重たいよ”と思うかもしれませんが、実際、救いを求めていたんだと思います。
名付けることで一気にパワーが宿ることってありますよね。
- そうですね。
言霊 ってあると思います。
それぞれ性格は違いますか?
- はい。光はとにかくマイペースで、こんな子がいるのかというくらい本当に平和主義者です。どんなことがあっても耐えるみたいな、ガンジーの様な感じですね(笑)。亡くなった青は、光とは仲良くやっていましたが神経質なところがありました。人の気配がすると姿を隠すような繊細で神経質な子で、リラックスしていたのは光と僕の前だけでしたね。祈は3匹のなかで唯一の女の子。彼女は本当におてんばです。天真爛漫でどんなことにも興味を持つ“自由な生きもの”という感じで。光はこの家に来てバルコニーに出るまでだいぶ時間がかかったのですが、祈は網戸を開けた瞬間に外に出るくらい野性的な感覚を持った子です。
怖いもの知らずなんですね。
- はい。それでバルコニーでトンボやカナブンを捕獲して、気がつくと居間にバラバラにして放置していたり。
そういうところも、前回の対談で話に出た写真家の荒木経惟さんの家にいたチロちゃんと似ていますね。チロちゃんも確か女の子でした。
- そうでしたね。本当に外が好きみたいで、バルコニーにいることが多いです。
光くんの後に青ちゃんを迎えた理由は何かあったのですか?
- 光たちがお世話になっていた保護猫シェルターのサイトを見るのが趣味というか、常に見ているんですけど(笑)。
はい(笑)。
- ある日サイトを見ていたら、そこに青がいました。一目惚れをして会いに行ったのですが、多頭飼いになるし、光はマイペースだし、迎えるかどうか悩みました。トライアルができると聞いて試したら、光と相性がよかったのか問題がなかったので一緒に暮らしはじめました。ですので、2匹目の青を迎えたのは縁というかタイミング、という感じですね。光を迎えて一年経った頃のことでした。
猫同士の遊び相手をつくってあげたいという思いはありましたか?
- それもありました。やはり仕事柄、家を空けることも多いので。2匹いれば遊び相手にもなるし、いろいろ調べたら一歳程度の年の差であればうまくいくと書いてあって、それに賭けた感じですね。
うちも「ジャスパー、ひとりで寂しくない?」と話しかけることがあるのですが、過保護に育ててきたのでひとりの方がいいのかなと思ったり。家族とも、もう一匹迎えることはいつも議論になります。猫の性格にもよるのかもしれませんね。東海林さんの猫たちは写真にもよく登場されますが、カメラには慣れていますか? ご自身のアカウントとは別に、猫専用アカウント @hikari_to_ao_to_inori もお持ちですね。
- 慣れていますね。祈はカメラに寄りすぎというか「あ、この距離感良いな」と思ってカメラを向けると、レンズに額をこすりつけてきます(笑)。光はほんと、マイペースな感じで。
それにしても、この家は日当たりのいい広いバルコニーもあって、猫にしてみれば最高の環境ですね。
- そうですね。バルコニーも含めすべてがこの子たちの居場所という感じで、僕が使っているのは書斎くらいです。
猫と暮らしはじめて変わったことはありますか?
- 部屋のドアをゆっくり締めたり、ちょっとした動作が丁寧になったかなと思います。猫って、なんだかんだ脆い存在じゃないですか。青を病気で亡くしてからは、猫たちの健康管理にも一層敏感になりましたね。
うちでも冷蔵庫を締める時にジャスパーがいないか気にするようになりました。
- もともと早起きではあるのですが、祈が毎朝4時に起こしにくるのがルーティンになっていてさらに早起きになりました。僕もそれに慣れて、“ご飯と水、全然あるよなぁ”とか思いながら、少し足して二度寝したり。それと……もともと家にいることが好きなのですが、一層家にいる時間が増えました。よくペットがいると結婚できなくなるっていうじゃないですか? それを地で行っている感じですね。だから「猫以外愛せないの?」と、めちゃめちゃ言われます(笑)。
それは当たっているんですか(笑)?
- 当たっているんですかね? 必然的にそうなっちゃっているというか……。そうだ、ちょっとおもしろい話があって。これは植松一子さんの本で読んだのですが、植松さんの旦那さんでラッパーのECDさんは普段あまり感情を表に出さない方だったそうなのですが、飼っていた猫が亡くなった時に唯一泣いたと書いていて、それはわかるなぁと思ったんです。仕組みはわからないのですが、男は猫に感情移入しやすいんですかね。
僕もわかる気がします。どうにも抑えられない感情が生まれると、男はなぜか一人旅にも出たりしますよね。
- 旅はいいですよね。青が亡くなった時も、巡礼のような気持ちで瀬戸内の島に旅に出ました。実は今日、青の一周忌なんです。
そうでしたか。旅ということでいうと……東海林さんは、ある風景を見た時に自分の愛猫を思い出すことはありますか? というのも、僕は気持ちのよい原っぱとかに行くと、“ジャスパーをこんな場所で思いっきり走らせてあげたいなぁ”と思う時があって。もちろんそれは人間のエゴなので実際に連れ出すことはありませんが。
- お父さん目線ですね。僕はこの部屋がこの子たちのいる場所で、ここでのイメージが強すぎてその発想はなかったので新鮮です(笑)。
猫の存在が人の性格や暮らしを変えてくれるところってありますよね。猫も子どももそうですが、思う通りにならない時、怒ってもしょうがないですからね。ある意味自分の人間性が試されているというか、猫が律してくれるというか。そういった意味では、僕にとって猫は先生みたいな存在です。
- それはありますね。僕の場合は、猫と暮らすようになってから“性格が穏やかになったね”と言われることが何回かありました。子どももそうかもしれませんが、猫は人間がコントロールできない、わからない、というところがいいと思っています。