編集者の辻村慶人さん家族と暮らす12歳の猫、 ルイーズ。
「猫に愛着がない」 と語る辻村さんですが、
お話を伺ってみると何とも猫らしい ‟つかず離れず” な関係のようで……。
文・写真:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
猫:ルイーズ 12歳メス。 好きな寝床はお嬢さんのベッドの上。
男:辻村慶人さん 編集者。 趣味は太極拳。
Instagram:
@romanticgeography
今回の取材のきっかけは3年前ほど前に遡りますが、 辻村さんが出版しているインディペンデントマガジン 『TOO MUCH MAGAZINE』 の最新号である9号の告知を兼ねて取材させていただきたいとご相談をしたことでした。 それ以降、 イベントなどでお会いするたびにタイミングをお聞きしていて、 とうとう昨年10月に発売されたんですよね。 おめでとうございます。
- ありがとうございます。 共通の友人であるディストリビューターの作本潤哉さんを通じて、 「猫と男」 にぜひ出させてくださいとお願いしていました。
こうして取材させていただくまでの間に、 世界的なパンデミックがありました。 『TOO MUCH MAGAZINE』 は2010年の創刊以降、 年1回のペースで発行してきましたから、 最新号の制作にはご苦労もあったんじゃないですか?
- 色々ありましたね。 加藤さんも取材とかあまりできなかったんじゃないですか?
そうですね。 特にコロナ禍1年目の2020年は、 ご自宅に伺うことをお願いするのがしにくい状況ではありました。 それもあって、 この連載でも猫にまつわる本のレビューなどコラムが多めになってきたというのはありました。 出版までに3年かかったということは、 『TOO MUCH MAGAZINE』 の取材も滞ったりしたんですか?
- そう。 出版するのは決まっていたんだけど、 取材したい人に会えなくて滞ったりしましたね。 僕、 オンラインでのやりとりが今でも好きではなくて。 印刷を韓国でやっているのですが、 すぐに行ける距離にあるのにパンデミックの最中は行けなかったし。
韓国はソウルですか?
- はい、 ソウルです。 ソウルは近いんですよ、 紙のサンプルもすぐ届くし。
発売された最新号を拝見しましたが、 海外取材もされていますよね。 写真家の石川直樹さんのネパールとか。
- 僕、 ネパール行ったんですよ。
そうでした。 大変だったんですよね。
- 向こうでコロナに罹患したんですよ。
世界的パンデミックの最中に、 しかも渡航先の海外で不安だったでしょうね。 ちなみに登山の経験はあったんですか?
- ありませんでしたが、 取材も兼ねて石川さんについて5000メートルまで登りました。
うわ。 確か、 日本からは4名で行かれたとか。
- そうです。 石川さんはもっと上まで行ったのですが、 体力の限界もあるだろうし、 行く前から5000メートルくらいのところまでと決めていました。 そうしたら、 5000メートルくらいのところで一緒に行った日本人のうちの一人がひどい高山病に罹って、 ヘリで病院に搬送されました。 僕は3000メートルくらいのところで一旦石川さんたちの下山を待って、 みんなでネパールの首都カトマンズに帰ってきました。 それで帰国前日にPCR検査をしたら、 僕だけ陽性反応が出てしまって。
見知らぬ土地であるカトマンズに、 一人だけで取り残されてしまったんですか?
- はい。 一人で。 当時ネパールは10日間隔離、 しかも、 その間にネパールが国際便の離発着を禁止にしたんです。
運の悪いことに。 いつでしたっけ?
- 2021年の4月の終わりから5月の頭にかけてです。 だから、 PCR検査でコロナ陰性になっても日本に帰る手段がなくなってしまいました。
え? その後すぐくらいに、 東京でお会いしまいたよね? どうやって帰ってきたんですか?
- 毎日、 いつになれば国境が開くのか、 飛行機が飛んでいないかを調べても全然ない。 ネパールはエベレスト登山の玄関口の一つでもあるから、 世界中からツーリストが集まるんです。 それで、 各国徐々にチャーター便が飛ぶようになったのですが、 日本からのチャーター便は全然ありませんでした。
あら。
- その当時は日本人はあまりいなかったみたいで。
そもそもあの頃は出国するような状況でもなかったですもんね。
- 確かに行く方が悪いんですけど。 アメリカやヨーロッパの国は自国民を救出するために、 バンバン、 チャーター便を飛ばしているんですよ。 その時は少し絶望的な気持ちになりました。 どうにかして海外のチャーター便に乗ってネパール国外に出られれば、 なんとかなるんじゃないかと考えました。 で、 右も左もわからないカトマンズで、 しかもロックダウンだし、 やることもないので旅行代理店に電話をかけまくっていたんだけど、 他国民はなかなか乗せてもらえないんですよね。 そんなことを2週間ばかりしていたら、 奇跡的に 「ドイツのチャーター便に一人空きが出たから乗りますか?」 と、 旅行代理店のおばちゃんから連絡がありました。
よかったですね! それはフランクフルト空港行きですか?
- えーと、 カタールの首都ドーハでした。
ドーハ!
- でも、 ドーハから成田便が飛んでいたんです。 ネパール出国直前のカトマンズでも、 書類の不備など不測の事態があったのですが、 なんとかドーハ経由で帰国することができました。 だけど、 成田でも2週間の隔離期間がありました。
大変でしたね。
- 無症状だったので、 カトマンズは窓の外に鳥のさえずりや子どもの遊ぶ声がしたり、 ホテルのスタッフが温かい食事を部屋まで運んでくれて、 ドア越しに少し会話をしたりして気が紛れたのですが、 成田のホテルの2週間はたまに飛行機の音が聞こえるくらい、 ご飯も冷たいお弁当でキツかった。 そんなこともあって、 本がなかなかつくれなかったんです。 猫とは全然関係のない話ですが、 こんな話ばかりしていていいんですか?
今回の取材に至る経緯として大切なお話でしたので大丈夫です。 『TOO MUCH MAGAZINE』 は創刊時から個人的に追いかけてきていていたのですが、 辻村さんと猫って結び付かなかったので、 辻村さんと猫の話がしてみたかったんですよね。 メディアでも猫のことはあまり語っていないんじゃないですか?
- 猫と暮らしていることはほぼ話してないですね。 「猫と男」 に登場されているみなさん、 猫との出会いなど劇的なお話をされていますけど、 申し訳ないくらい、 猫に全然愛着がないんですよね。
奥さまでアーティストのオードリーさんのインスタグラムでは拝見していたので、 辻村さんの家には猫がいるんだとは知っていましたけど。
- はい。 オードリーと娘のリリ世は猫が大好き。 猫もそうだと思います(笑)。 不思議ですよね、 猫も自分のことが好きかどうかを感じているんでしょうね。
自分のことが嫌いと分かっていても、 自分のエゴで相手に執着するのは人間くらいなんじゃないかな。 辻村さんちの猫も、 わざわざ自分のことが嫌いな人に近付かないんじゃないですか(笑)。
- 猫のことは嫌いじゃないですよ、 もちろん。 向こうも僕のことは多分嫌いではないと思います。 こちらからベッタリはしないだけで、 可愛いとは思います。
はい。
- だって、 トイレの掃除もしないし、 ご飯もおやつも僕からはあげないし。 この人はご飯をくれる人、 世話をしてくれる人って分かっているんでしょうね。 だから、 猫は自分の家の人をちゃんと見ている、 ということですよね。
よく見ていますよね。 名前はなんていうんですか?
- ルイーズです。
フランス風の名前ですね。 女の子ですか?
- はい。 ルイーズとの出会いは、 前の家に住んでいる時でした。 ある朝、 いつものゴミ捨て場にビニール袋に入れられた5匹の子猫が置かれていたんです。
ゴミ捨て場に置かれていた袋から子猫の泣き声がしていた?
- それで、 人だかりができていて。 ゴミ収集車が来て、 そのまま捨てられるようなことになったら可哀想だと思い、 うちが3匹、 周りにいた人たちが1匹ずつ2匹を保護しました。 我が家で保護した3匹のうち2匹は友達が保護してくれて、 ルイーズが我が家の猫になりました。 その日が、 フランス人アーティストのルイーズ・ブルジョアの命日の2010年5月31日だったので、 あやかって妻のオードリーが名付けた名前がルイーズでした。
そのようなドラマチックなお話があったのですね。
- だから、 ウチのルイーズは、 ルイーズ・ブルジョアの生まれ変わりだと思っています。
ルイーズはどんな性格ですか?
- 3匹の中で一番人見知りで、 おとなしくて、 控えめで、 かしこい。 小さな頃はおもちゃでめちゃめちゃ遊ぶような子でしたが、 避妊手術をしてからは本当におとなしくなって、 もう少しで13歳になりますが、 今もそれをキープしている感じです。
ルイーズが家に来た頃は、 辻村さんのお嬢さんもまだ小さかった?
- 娘が5歳の頃で、 今もずっと仲良しです。 娘はずっとペットが欲しかったんです。
辻村家では初のペットだったんですね。
- はい。 僕は子どもの頃に家で犬を飼っていたことがあります。 旅行も多く留守をしがちだったのでどうかなと思っていたのですが、 捨て猫事件がきっかけで、 思い切ってお迎えすることに決めました。 娘はバイオリンをやっているのですが、 ルイーズはバイオリンの音色が大嫌いで、 耳障りなのか、 その時だけは娘のそばから飛んで逃げていきます。
個人差はあると思いますが、 猫は確か大きな音が嫌いなんですよね。 でも男性よりも女性の高い声が好きだそうですよ。 最近知ったのですが、 聴かせるとリラックスする猫のためのヒーリング・ミュージックというのがあって、 ダウンロードして我が家のジャスパーに聴かせています。
- そんな音楽があるんですね。
猫のゴロゴロ音に、 弦楽器の音がオーバーラップする、 人間が聴いても心地良い音楽でおすすめです。
- 面白いですね。 ルイーズにも聴かせてみます。 ルイーズはとにかくビビリで、 妻と娘は大丈夫なのに、 僕がソファから立っただけで逃げまどうんです。
辻村さん的には13年も一緒にいるんだから、 そろそろ馴れてほしい、 という感じですか?
- 馴れてほしいですね。
抱っこはしますか?
- しますけど、 じっとしているのは5秒くらいで、 すぐに逃げようとしますね。 昔、 自分では気づかないことでルイーズが嫌がることをしちゃったのかなあ。
怖い思いをして、人に対してトラウマがあるのでしょうか。 僕もついついやっちゃうんですが、 可愛さ余って挑発したりはしませんでしたか?(笑)
- ついつい挑発してしまうことはあるかもしれません(笑)。 でも、 娘とオードリーが夏休みに実家に帰って家にいない時には、 僕にめちゃ懐くんですよ。 夜は僕のベッドで一緒に寝たり、 ソファにいたら膝に乗ってきたり。 それは僕しか家にいないからですかね?
仲良しじゃないですか!
- でも、 二人が帰ってきたら僕の方には見向きもしません。 だから、 嫌われてはいないけど、 二人の方が好きなんでしょうね。
それはあるでしょうね。 うちのジャスパーも基本奥さんが好きで、 奥さんがいる時は僕につれなくなったり、 甘えることに気を遣っているような素振りを見せます。
- 同じですね。 猫って何歳くらいまで生きるんですか?
現在はご飯や医療もしっかりしてきているから、 家猫だと20歳前後まで生きる子もいるみたいです。
- アレルギー的なものがあるのか、 ルイーズは目の上を痒がることがあって。 病気にはまだなったことがないから、 病気になったらどうしょうと、 ちょっと心配なんですよね。 ジャスパーは健康ですか?
1歳くらいまではよく病院に行っていましたが、 今のかかりつけ医の先生には、 必要がなければ病院には来なくて良いとも言われていますし、 最近は定期的な予防接種と目薬をもらいに行くくらいです。 辻村さんは美術や建築などに造詣が深いと思いますが、 猫との関わりで何か印象深いことってありますか?
- フランスの哲学者ミシェル・フーコーが猫を飼っていて、 フーコーと猫とのツーショット写真が好きで、 ルイーズと真似て写真を撮ったことがあります。 あの写真どこにいったかな。
調べたら、 フーコーもルイーズと同じ黒猫を飼っていたようですね。 しかも名前が 「狂気」 ! ジャン=ポール・サルトルの猫の名前は 「無」、 アルベール・カミュの猫は 「シガレット」 、 ジャック・デリダは 「ロゴス」、 坂本龍一さんは 「擬き」。 ウォーホルは飼っていた25匹の猫全てに 「サム」 という名前をつけていたり、 巨匠たちは猫の名前にも個性がありますね。
- 黒猫の写真は撮ったことありますか?
今までのゲストではいないですね。
- 目だけが光っていて全身真っ黒だから、 写真には写りにくいですよ。 夏とか暖かい季節は棚の上とかにいることもあるんだけど、 お客さんが来たらどこかに隠れて絶対に出てきませんし。
さっきから家にいる気配をぜんぜん感じませんもんね(笑)。 ルイーズに会ってみたいなあ。 インテリアも素敵ですね。 このテーブルは猫脚ですね。
- さすが目ざとい。 テーブルの写真でも撮っておきますか? ルイーズどこにいったんだろう?(笑)。
ルイーズと辻村さんを家族に例えるとどんな関係ですか?
- なんだろう。 掃除のおじさんかな。 でも掃除もしていないしなあ。 守衛さんかな。 マンションとかに守衛さんはいるけど、 かといってどこの家族にも属していないでしょ?
確かに!
- 猫はどうなのかわかりませんが、 犬は自分が所属している家族なり集団の中のリーダーを認識しているそうです。 ルイーズにとっては我が家のリーダーでお母さんはオードリー、 娘は年齢も近いし姉妹、 僕は守衛さんだと思います。
でも考えてみると、 辻村さんの子どものような雑誌 『TOO MUCH MAGAZINE』 が2010年の創刊だから、 ルイーズと同じ歳ということですよね。
- あっ、 そうだ。 それは考えたことがなかったですね。 ルイーズがまだ小さな頃ですが、 『TOO MUCH MAGAZINE』 の色校を切り抜いて残った紐状の紙で遊ぶのがお気に入りでした。 考えてみたら、 その頃は今よりもっとルイーズと交流がありましたねえ。 おかしいなあ。