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こどもとわたし

03. 旅が変わる

写真・文/落合真林子 (OIL MAGAZINE/CLASKA)

Profile
落合真林子 Mariko Ochiai
大学卒業後、 出版社勤務を経て現在CLASKAの企画編集、 web magazine 「OIL MAGAZINE」 編集長。 東京で夫、 小学生の娘、 猫2匹と暮らしている。 趣味は読書とドラマ鑑賞。


最近、 娘が日本史にはまっている。

きっかけは同じクラスの男の子らしいが、 ある日突然学校の図書館から 『桶狭間の戦い』 という歴史マンガを借りてきた時はかなり驚いた。
桶狭間の戦いが、 いつどんな経緯ではじまったかという知識すら怪しい歴史オンチの私は、 少々戸惑いながら 「なんでこの本を選んだの?」 と、 娘に不躾な質問をした。

「信長がかっこいいから」

そのマンガがきっかけとなり、 娘は毎週のように信長、 家康、 秀吉など戦国武将もののマンガや本を借りてくるようになった。
そのうち戦国時代以前にも別の時代があったことを知り、 旧石器時代、 縄文時代、 弥生時代……と、 歴史マンガを文字通りむさぼるように読み漁る日々なのである。

子どもの本棚
2023年3月、 娘の本棚の近影。


そんな流れもあって、 少し前の週末に娘とふたりで江戸城跡 (皇居東御苑) へ出かけてきた。

城自体は焼失後復元されていないが、 門や番所など幾つかの場所は復元されていて、 かつて本丸があった場所は広大な芝生広場に整備されている。
本当は 「金閣寺と銀閣寺を見たいから京都に行ってみたい」 と言われたのだが、 すぐに行くのは難しいので、 代案として江戸城跡を見に行かないかと提案したのだった。

そういえば、 娘の人生最初の旅の行先は京都だった。
生後11か月の赤ちゃんだったので、 本人は全く記憶に残っていないだろう。
その後小学校に入るまでに国内外含め色々なところを一緒に旅したが、 そのほとんどが半ば “大人の都合” だったことを痛感したのは、 友人家族と沖縄旅行に行った時のことだ。

帰りの飛行機の中で 「何が一番楽しかった?」 と聞くと、 娘は真っ青な海でもジンベイザメを見た水族館でもなく 「ホテルのプール!」 と、 はじけるような笑顔で答えたのだった。
「それはつまり、 近所の区民プールでも一緒だったということかな?」 と、 少々複雑な気持ちになったことをよく覚えている。

京都御所
生後11か月、 京都御所にて。 ちょうど3月、 梅の花が綺麗な時期だった。


少々話が逸れてしまったが、 江戸城跡は想像以上の広さだった。

どうやって運び、 積み上げたのかがわからない程の巨大な石でできた石垣があちらこちらに残っている。
天守閣跡前の広場の向こうには有楽町から大手町にかけての高層ビル群が広がっていて、 まるで東京全体を見渡しているかのような晴れやかな気分になった。

敷地内に見学できる建物はあまり無いが、 逆にそれが想像を掻き立てるのか 「家康はこんな景色を見ていたんだね」 「家康は鷹狩りが好きだったらしいんだけど、 ここでもやってたのかな?」 など、 娘も始終饒舌だった。

皇居東御苑
天守閣跡からの眺め。 広場になっている場所には、 軍や役人の執務が行われていた表奥、 日常生活を営んだ中奥、 そして家族や女性を住まわせた大奥があったという。
皇居東御苑
石の大きさや積み方は場所によって様々だった。 こんな大きな石をどうやって運んだのか……。


再び正面玄関の大手門に戻り、 今度は皇居外苑方面へ。

昼食をとる予定にしていた外苑の端にあるレストハウスに向かって歩き出したが、 何しろ敷地が広大すぎて、 歩いても歩いても辿り着かない。
大人の自分でもそう感じたのだから、 娘にとっては相当だったと思う。

「徳川幕府やばい! 広すぎる」

よろよろと歩きながら娘が呟いた一言に、 私も心の中で大きく頷いた。
拡張に拡張を重ねた江戸城の城郭の面積は、 日本最大なのだという。

皇居外苑
皇居外苑だけで、その広さは「東京ドーム」の25倍だとか。 二重橋の方に向かって、 延々と玉砂利広場を歩く。

ようやく辿り着いたレストハウスでうどんをすすりながら、 娘に 「何が一番面白かった?」 と聞いてみる。

「石垣! あと、 とにかく広かった。 徳川幕府って凄いよね」
「ほんと。 まさかここまで広いとはね」

言葉を交わしながら、 こういう会話ができるようになったのかと、 ふと感慨深くなった。


そういえば、 自分にとっての旅の醍醐味とは “体感” だったことを思い出す。

アートでも食でも建築でも、 実際に現地を自分の足であちこち歩いて体感することでしか得ることができないものは絶対あって、 それが自分の中に静かに溜まっていく感じが旅の面白さだなぁと思っていた。

娘が生まれて以来そういうスタイルの旅とは縁遠くなっていたが、 数年前までと比べて娘は長時間歩き続けられるようになったし食べられるものも増えたし、 自分が行きたいと思う場所もできたようだし、 「人と人としての会話」 も随分とできるようになってきた。

自分が好きだった旅を、 一緒にできるようになりつつあったのだ。

皇居東御苑


子どもと生活をしていると、 「潮目が変わるかも」 と感じる瞬間が時々訪れる。

ハイハイをする兆し、 夜泣きがなくなる兆し、 言葉を発する兆し、 歩く兆し。
娘が成長すればするほどその兆しに段々鈍感になり、 「気がつけば」 と思うことが増えてしまっていたことに気づく。

日々の忙しさに流されず小さな変化に敏感でありたい、 改めてそう思った。

久しぶりに潮目の変化を感じた江戸城跡への小さなふたり旅。
日本一の広さといわれる城跡は、 本当に果てしない広さだった。

娘も私も、 しばらくは忘れないだろう。

皇居東御苑
皇居東御苑に咲いていた花。 娘撮影。

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2023/03/20

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