連載「令和・かぞくの肖像」の書き手である作家・エッセイストの大平一枝さんと
撮り手である写真家の笠井爾示さんをゲストに迎えた特別対談企画。
後編では、笠井爾示さんの新作写真集『Stuttgart』についての話を中心に、
「家族写真」にまつわる話をさらに掘り下げていきます。
写真/笠井爾示 聞き手・文/落合真林子(OIL MAGAZINE 編集長 / CLASKA)
写真はファンタジー
記事の後半では、同じ「家族を撮る」というテーマで繋がっている笠井さんの写真集『Stuttgart(シュトゥットガルト)』(2022年1月25日発売予定)についてのお話を中心に伺っていきたいと思います。この写真集の被写体は笠井さんのお母さまである笠井久子さんで、撮影の舞台はドイツのシュトゥットガルトという街。笠井さんは幼少期から高校卒業までをこの町で過ごしているんですよね。さらにいうと、笠井さんのお父さまである笠井
- 笠井:
- そうなんです。
被写体がお母さまの久子さんであるということを伺った時、とても意外に感じました。「身内を作品として撮る」ということをされるんだ、って。
- 笠井:
- 僕自身は今まで比較的身近な事柄を作品の題材にしてきているんですね。荒木さん(写真家の荒木経惟さん)的に言うと、私小説的なアプローチというか。僕の作品に被写体として登場してくれている人は、別にモデルとして契約してわけではなくて友達だったりするものだから、自分の写真表現は比較的身近なことでやっているっていう意識がすごく強いんです。でも、それを家族レベルまでにはちょっとしたくないな、という気持ちはずっとあったんですよ。
- 大平:
- それはなぜですか?
- 笠井:
- やっぱり写真って、ちょっと「嘘」が入っていたり、読者に委ねる部分があったほうが面白いんじゃないかと思うからです。例えば何度か話に出している『東京の恋人』という作品は沢山の女の子が写っていますけど、見た人に「一体誰が恋人なんだろう?」って思わせちゃうところが僕にとって面白かったんですね。誰一人恋人じゃないのに。写真ってそういう面白さがあると思うんですよ。
- 大平:
- 嘘ともいえるし、ファンタジーとも言えるかも。
- 笠井:
- そうですね。イマジネイティブとも言えるのかな。そういう要素があればあるほど写真は面白いと思っています。でも……「僕の家族です」って言っちゃった時点で、もうそれで完結しちゃうじゃないですか。だから避けてきたんです。やっぱり僕は、見る人を煙に巻きたいんですよ(笑)。
なるほど。
- 笠井:
- 僕は両親のことを“久子さん” “叡さん”と呼んでいるんですけど、なんで久子さんを被写体に選んだかというと、実は10年ぐらい前から「いつ私のこと撮るの」って、時々言われていたんです。先ほど触れていただいた通り、笠井家って僕と久子さん以外は全員表に出て踊る人たちで。久子さんもプロデューサーとして最近少し表に出るようになったけど、基本は裏方なんですね。
- 大平:
- 「いつ私のこと撮るの」って言われた時、どう思いました?
- 笠井:
- 先ほど言ったように家族を撮ることを避けているところがあったので、その時は流したんですよ。そもそも本気で言ってるのかどうかもわからなかったし。でも、ちょっとこれは話が長くなるんで割愛しますけど、ある時に「久子さん、本当に僕に撮って欲しいんだな」と思う瞬間があったんです。で、そのタイミングでたまたま家族でドイツに旅行に行くことになって。別に久子さんを撮るために旅行を計画したわけではなくて、純粋に「今行っておかないと、この先家族で行くタイミングはないな」と思って計画したんです。親も高齢ですから。
その後、どういう流れで久子さんをドイツで撮ろう、ということになったんですか。
- 笠井:
- ドイツに行く2週間ぐらい前に「撮るんだったらこの旅行のタイミングしかないな」と、急にぱっと閃いて。久子さんを撮るにしても、例えば実家で撮るとなると、よくある感じになっちゃうじゃないですか。どうしたってエモーショナルになると思うし。
- 大平:
- 笠井さんがおっしゃるところの「煙に巻く」写真にはならないでしょうし、そこに新たな発見はなさそうですよね。
- 笠井:
- そうなんですよね。ドイツで久子さんを撮る。これは自分的に新しいなって思ったんです。
血の繋がりがある家族だからこそ撮れる写真もあるのかな、と想像するのですが、今回久子さんを撮ってみて、そのように感じることはありましたか?
- 笠井:
- ええとですね、ぶっちゃけ無かったんです(笑)。感情的になったり気持ちが昂ぶったりすることもなくて、撮っている時はすごく淡々とした感じで。
被写体は母親だし、シュトゥットガルトは青春時代を過ごした場所だし、どうしたって感傷的になったりしそうなものですけどね。
- 大平:
- それはやっぱり、笠井さんがアスリートのように何十年も毎日毎日写真を撮ってきているからじゃないですか。仕事とプライベートの境目なく。
- 笠井:
- だと思います。僕がなんで久子さんのことを冷静な気持ちで撮れたかっていうと、日々写真を撮ってるからだと思うんですよ。別にそれを自慢したいわけじゃないんですけど、もし「どうやったらあんな写真撮れるんですか」と聞かれたら、「毎日撮っているからですよ」っていう答えになっちゃう。もし僕が日常的に写真を撮らずに作品づくりの時だけ撮るというスタンスだったら、今回のような写真は撮れなかったと思うんです。
普段やっていることの延長線上、という感じだったのでしょうか。
- 大平:
- 普通それだけの物語を背負っていたら「これは負けられない試合だ」と気持ちも昂りそうなものですけど、そうならなかったのは毎日毎日やっていることだからですよね、きっと。
大平さんは、『Stuttgart』の巻末に寄稿をされているんですよね。
- 大平:
- そうなんです。写真集の解説というより「久子さんと笠井さんの物語」を書かせて頂きました。久子さんと笠井さんに、それぞれ何回かインタビューをさせていただいて。
笠井さんが大平さんにテキストを依頼しようと思ったのはどういうきっかけだったんですか?
- 笠井:
- 当初、デザイナーとの間では文章は一切入れないほうがいいのではという案もあってそれも一つの正解だなと思ったんですけど、この写真集の制作に関わっている人たちと会話を重ねて行くうちに被写体が被写体なので撮影の背景をある程度知った上で見ていただくことに意味があるんじゃないか、という話になったんです。最初はデザイナーに「自分で書いてみたら?」って言われたんですよ。気が重いなと思いつつ、実は少し書きはじめたりもしたんだけど、やっぱり無理で。自分の故郷や母親について書くとなると、どうしたってウェットになっちゃう。
それはそうですよね。
- 笠井:
- それをデザイナーに伝えたら、「じゃあ、誰か自分と久子さんについて書ける人いる?」と言われて、その時に真っ先に大平さんのことを思い出したんです。
- 大平:
- 嬉しい! その話は知らなかった。
- 笠井:
- やっぱり「タイミング」というか、家族連載で一緒に仕事しているっていう流れもすごく重要でした。取材の仕方をずっと見てきているし、単純に大平さんが書く文体とか文章全体の雰囲気が好きなんですよ。僕の周りの人、友達とかもみんな言いますもん。大平さんの文章、すごく良いって。あとは昨年の春、最初の緊急事態宣言中に僕の花の写真について書いてくれた『OIL MAGAZINE』の特別企画「五月の雪」も大きかったかな。
- 大平:
- あれは私の中でも大きかったですね。それこそあの記事を書くための打ち合わせで、笠井さんがアスリートのように毎日毎日写真を撮り続けていることを知ったので。
一足先に、大平さんが写真集のために書いたを文章を読ませて頂いたのですが、ものすごく良かったです。この文章があるとないとでは写真集を見る楽しみが変わるだろうなと思いました。写真集の発売は来年1月ですが、それに先立つかたちで11月6日から14日まで『Stuttgart』をベースにした写真展『天使が踊る場所で』が開催されます。会場となるのは、笠井さんが生まれ育った国分寺の実家の敷地内にある舞踏の稽古場「天使館」だそうですね。
- 笠井:
- そう。まさかの実家ですよ。
なぜ天使館でやることになったんですか?
- 笠井:
- 最初、キュレーターに「天使館でどうですか」と提案された時は、全く予想もしていなかったから「え、あそこで?」っていう感じでしたね。あくまで稽古場ですから、ギャラリーとしての機能は全くない。壁はあるけれど、照明だって薄暗いし。何より天使館は踊るための場所で、僕のフィールドではないという意識が強くあったので。
- 大平:
- 笠井さんと久子さん以外はみんな踊っている人だから。
- 笠井:
- そう。叡さんも弟たちも、弟のお嫁さんもみんな踊りをやっていて、僕だけが写真という別の道を選んだんです。だから、やっぱりある種の“壁”は感じざるを得なくて。別にそこに劣等感は無いんですけど、自分が彼らのフィールドで何かをするっていう発想がなかったんですよ。
半ば聖域に踏み込む感じですものね。
- 笠井:
- そう。だから天使館を会場にすることに関してすぐに了承しきれなかったんですけど、そのしばらくあと、キュレーターが改めてかなりしっかりした企画書を持ってきてくれたんです。写真展のタイトルや、どの写真をどんなサイズでプリントして飾るか、という案もまとめてくれて。僕の作品を展示して、夜は笠井家の人たちが舞踏をして、さらにトークイベントもやるという提案で……なんかこれ、「笠井家フェス」みたいな感じだなって(笑)。
一家総出で(笑)。
- 笠井:
- そんな発想あったんだ! って、面白くなってきちゃった。自分も「俺は舞踏家じゃないし、天使館とは関係ないから国分寺ではやらないよ」と意固地になっていたところがあったのかもなぁって反省しました。「これ、どうせなら笠井家全員で盛り上げていったら面白いのでは?」という気分になってきて、急に天使館が愛らしくなったんですよ。しかも、たまたま天使館が今年50周年というタイミングなんです。
- 大平:
- すごいタイミングですね。
ご家族の皆さんも楽しみにされてるんじゃないですか。
- 笠井:
- そう、どうも聞いていると結構気合いが入っているらしくて。僕としては、写真展と写真集のどっちが大事かっていうと、それはもう写真集のほうが雲泥の差で大事なんですね。決して写真展はやりたくないというわけではないんだけど、やるならば「プリントして飾るだけ」で終わっちゃうのがあんまり好きじゃなくて、「空間演出としてどこまでできるだろう」という気持ちのほうが強いんです。
- 大平:
- 絶対に面白いものになりそう。
- 笠井:
- 自分には関係ないと思っていたけど、考えてみたら天使館にまつわる記憶ってそこそこあるんですよね。天使館は一度建て替えをしていて、僕が小さかった頃の旧天使館はただの箱というか、本当に舞踏をするだけの空間だったんです。更衣室などもなかったので、叡さんの生徒さんたちが家のリビングにきて食卓の隣とかで着替えるんですよ(笑)。だから笠井家の夜はとても賑やかで、僕が夕食を食べている横で知らない半裸の大人がうろうろしているという特殊な状況で。
確かに特殊ですね(笑)。
- 笠井:
- そういう風景を見ながら、「天使館ってほんと不思議な場所だよな」って思っていたことも覚えているし、やっぱりどこかで意識していたんですよね。だから今回、天使館で写真展をやって何かを残す事ができるのは、とても感慨深いものがあるんです。写真も見て欲しいけど、天使館という場所を楽しむことも込みで、見にきて欲しいですね。
「普通の家族」なんていない
- 笠井:
- それにしても……別に話をまとめるわけじゃないんですけど、笠井家も含めて「普通の家族っていないんだな」と思いますよね。家族連載に出ていただいている4組の家族を見ていると。
- 大平:
- 本当にそう思う! 「普通の家族」って何? って思いますよね。連載に出てくれている家族だけでも、本当に全然違う。1組も普通の家族がいない。決して悪い意味じゃなくて。
そうですね。様々な家族のかたちがあるものなんだなぁと。笠井さんが撮ってくださるそれぞれの家族写真には、人物だけじゃなくて本当にいろんなものがうつっているなと思います。それぞれの家のカラーってこんなにも違うのか、と驚きますよね。
- 笠井:
- 別にうちの家族が特別だとは思わないけど、やっぱり……若干変わってるじゃない?(笑)。でも、取材でそれぞれの家族の話を聞いていると「うちは別に大したことないな」って思っちゃいましたもん。例えば、料理家のサルボ恭子さんの家族だって、結構特殊なかたちだと思いますよ。
- 大平:
- そうですね。初婚で、夫のセルジュさんと前妻との間のお子さん2人を育ててきて。結構大変なこともあったと思うけど、どこまでも愛情が深くて……。母でも、年の離れたお姉さんでもないあの距離感って、なかなかないなと思いました。これも一つの家族のかたちだなって。
私は、須賀澄江さんの言葉に毎回泣きそうになります。
- 大平:
- 想像できないくらいの悲しみを乗り越えてきた方ですからね。実は、私としては澄江さんが4組の家族の中で一番取材難しい人なんですよ。胸の内までまだ入り込めてないんだけど、あれだけの悲しみと喪失を繰り返して乗り越えてきた人って、そうなのかもしれないなって思いますよね。「凄くいいおばあちゃん」としての言葉しか言わない。取材でご縁がなかったら、自分の人生ではなかなか会わない人なんだろうなって。
1人ひとりがいろんな課題を抱えながらもがいているけれど、共通して「より良く生きたい」という気持ちを強く感じます。私たちが聞いているのは、皆さんの胸の内のほんの一部のことだと思うんですけど、本当に毎回色々学ばせていただいていますね。
- 大平:
- 方法も距離感もまちまちだけれど、みんなそれぞれを思いあっていて、誰一人として家族のことを「どうでもいい」って思っていない。笠井さんのお母さん、久子さんに取材をした時も感じたことです。月並みな言葉ですけど、「ああ、家族ってかけがえのないものなんだな」って。
- 笠井:
- 連載がはじまって2年。「普通の家族」なんてものは存在しない。今のところ、それが一番の発見ですね。
- 大平:
- そうですね。その一言に尽きるのかもしれません。