写真:ホンマタカシ 文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
Sounds of Tokyo 07.(Rainy day at Arakawa river)
私が生まれ育った王子あたりは、都心に比べて緑が多くて空も広くて、今も昔からの友だちがたくさん住んでいる街です。
渋谷や表参道で仕事をして、40分くらい電車に乗って地元に帰ってくるのですが、駅から家に向かう帰り道がすごく好きなんです。
ここに戻ってくると、“空や星が綺麗”とか、“今夜の月はこんなかたちをしているんだ”とか、都心にいる時とは違って見えるものがたくさんあって、同じ日を過ごしているはずなのに、わくわくするんです。当たり前なことを肌身をもって感じられることが、私にとっては楽しくて。
今回の自粛期間にずーっと家にいて、改めて私は緑や風を感じながら近所を散歩するような日常がないと無理なタイプなんだと気がつきました。
休みの日には、近所の原っぱに行ってテントを張ったりハンモックで寝たりして過ごすのですが、夕方になると子どもたちが集まってきて「お姉ちゃん何やってるの?」みたいな感じで声をかけられて、話しこんだりすることもあります(笑)。
表参道や渋谷では出会わないような人とすれ違ったり、道に変なものが落ちていたりするのも面白い。この街にいると楽しいことがありすぎて、一日が終わるのがすごく早いんです。
地元でそういうことをしている時間が自分にとっては大切で、それは多分ここでしかできないことで。
欲しいものがなんでもすぐに手に入る街ではないけれど、ここにしかない綺麗なものがたくさんあると思っています。
不思議なのは、団地も原っぱも商店街も私が生まれた時からずっと一緒で、本当に何も変わっていないんですよ。当たり前かもしれないけど。
建物もそうだし、お店もそこにいる人も変わっていなくて、近所のタバコ屋のおばちゃんなんて私が小学生の頃からいて、なんでこんなに顔が変わらないんだろう、って安心します。でも私自身は、歳を重ねて見た目が変わっているんですよね。
変わらないものと、自分の内面のように一見変わっているのに実は全然変わらないものとがあって、その変わり方の「ありよう」にふと気づかせてくれるある種の「ものさし」が、この街のいろんなところに点在している気がします。
たとえば、小学生の頃に毎日聞いていた夕焼けチャイム。
今も変わらず決まった時間に街に流れているのですが、それを聞くたびに“カッコつけたり大人っぽく振る舞わなくてもいい、自由に自分らしくしていていいんだよ”って、この街から言われている気がして心地いいんです。
この間、面白いことがありました。
都心からの帰り、ひとつ手前の駅で降りて歩いていたら、すごくいい匂いがしてきたんです。“今夜はすごく気持ちがいいなあ”と思いながら歩いていたら、今度はどこかから中学生の時に好きだった曲がふいに流れてきて、一気に当時へタイムスリップをするような体験をしました。
その道をたまたま通った誰かにとっては、何の変哲もない道かもしれない。でも私はその場所とそこに流れる空気を知っているからこんなふうに思えたんだ! ということが、この街に暮らしていると度々あるんです。
忘れていたことを思い出させてくれたり、前に進もう、と思わせてくれたり。
地面に落ちている「少し変わったキラキラ」を見つけて、日々を楽しんでいる感じです。
皆は気づかずにその上を歩いていたり、目を向けることすらないかもしれないけど、“自分だけには見えている”という瞬間がここにはたくさんあるから、今日も生きていける。
自粛期間以降、夕方にお風呂に入って夕日を見ながら炭酸を飲むことを日課にしているのですが、それをするたびに、本気で「ここに住んでいてよかった!」と改めて思います。これからも、絶対にこの街から離れたくないですね。
“誰かに決められた私”ではなく、自分を客観視しながら本来の自分でいられるこの街が、私にとっての東京です。
今に留まっていても、タイムスリップをしてもいい。そう思わせてくれるって、実はすごくミラクルなことだと思いませんか?
山本奈衣瑠 Nairu Yamamoto
1993年東京生まれ。モデルとして雑誌やCM、ファッションショーなどで活躍。2019年より俳優としての活動を開始、TVドラマやCM、アーティストのミュージックビデオに出演。2020年8月7日公開予定の「追い風」(監督:安楽涼)、10月30日公開予定の「とんかつDJアゲ太郎」(監督:二宮健)と、出演映画の公開が控えている。コンセプトマガジン「EA MAGAZINE」の編集長も手がける。
Instagram:@nairuuuu
東京と私