写真:ホンマタカシ 文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
Sounds of Tokyo 31. (Tennis Boys in Meguro Kumin Center Park)
生まれ育ったのは山形市の旧市街にある緑町というところです。
一日でも早く、 山形の家を出たいと思っていました。 大学進学を機に上京したのですが、 言葉にするなら 「穏やかな家出」 みたいな感じでしたね。
東京には親戚がいたので、 小さな頃から一人で遊びに来ていました。 親戚はみんな東京の大学に通っていたし、 私自分も東京への憧れがあったこともあり、 子どもの頃から 「いずれ私も東京に出るんだ」 と思っていたんです。
今も母と妹は山形市内に住んでいるのですが、 私は知っている人もそんなにいないし親戚づきあいもないので、 山形には家族に会いに年に一度帰るか帰らないかくらいです。
歳をとると故郷に帰りたくなることが多いみたいなんだけど、 私は1ミリもそう思ったことがないの。 「やがては故郷へ」 という話の流れを期待されるかもしれませんが、 私にはその気は全くなくて……すみません。
もしも実家周辺が自然豊かで緑がたくさんある場所だったりしたら、 “望郷” 的な感覚で帰りたくなるのかもしれませんが、 私の場合は山形といっても中途半端な都会で、 家の近くにコンビニがあるような場所で暮らしていましたから。
進学した東京の大学は、 いわゆるお嬢さん学校でした。
卒業後の就職は、 親戚の紹介で銀行の調査部に。 簡単にいうと日本経済の動向を調査する仕事をする部署です。 そこにいる男の人たちはものすごいエリートなんだけど、 ズボンのウエストからワイシャツがはみ出ていたり、 靴下の色が片方ずつ違っていたり。 デスクの上には書類が山積み、 というような少し特殊な職場環境でした。
仕事自体はすごく面白かったのですが、 特に経済に興味があったわけではなかったので退職して。 その後務めた何個目かのバイト先で、 システムエンジニアをしていた旦那と出会って結婚しました。
今は目黒で暮らしています。
住んでいる家は、 東京出張の多い父親が、 私の大学卒業と同時に購入してくれたものです。
大学時代は学校の近くに下宿していたのですが、 卒業後に今の家に移りました。 だから、 もうずいぶん長いこと同じ場所で暮らしていることになります。
場所は 「目黒区民センター」 があるエリアなのですが、 入居当時はマンションの裏も向かいも工場が建ち並ぶちょっとした工場地帯で、 今の 「目黒区美術館」 がある場所も越してきた当時は空き地でした。
個人商店をしている人も多くて、 下町っぽい雰囲気のある場所だったんです。
目黒区ってすごく広いですよね。 自由が丘も駒場も目黒区でしょう? でも私の家があるあたりは道路を隔てるとすぐ渋谷区で、 最寄り駅である目黒駅は品川区、 利用している病院は恵比寿にあってそこは渋谷区だったりと、 なんだか色々な街の狭間で暮らしているような感覚があります。
家の周辺は目黒区の中でも恵比寿や白金が近いわりに人通りも少なくて、 華やかな感じがないところが気に入っています。
長くこの場所に住んでいますが、 思い出もたくさんあるし、 美術館や公園が近くにあって緑も多く、 良い場所だなと思うことが多くなりました。
暮らしているマンションは築50年以上経つし今住んでいるのは老人ばかりですが、
これからもずっとここに住み続けると思います。
仕事であちこち出張することも多いし、 自分のお店は西麻布にあるから、 日中に目黒でゆっくり過ごす時間はほとんどないんですけどね。
「西麻布R」 のある場所は、 昔 「さかむら」 という喫茶兼古道具屋があったところです。 2011年の東日本大震災を期にさかむらさんが熊本に行くことになり、 この場所を受け継ぎました。
最初は 「喫茶R」 としてスタートしました。
それまでもいくつかの店の立ち上げに関わるような仕事をしてきましたが、 自分自身の店をつくった理由は “自分の居場所” が欲しかったから。
昔から喫茶店をやってみたいと思っていたし、 旦那と 「いつか喫茶店をやろう」 と話していたことも、 店をはじめた大きな理由でした。
でも私の性格的に接客は得意じゃないし、 喫茶店だけでは成り立たないことも承知していましたし、 むしろギャラリーをやりたいと思っていました。
約束しなくても誰かが来てくれるというのが、 喫茶店やギャラリーのいいところですよね。
考えてみたら、 店のある西麻布も目黒の自宅付近と似たところがあって、 青山、 乃木坂、 広尾などの狭間のような場所ですね。
決して人通りが多いわけじゃないし、 喫茶店をやるには不向きな場所かもしれないけど、 少し歩けば 「根津美術館」 や大好きな 「コム・デ・ギャルソン」 の青山店もあるし、 ギャラリー巡りもできる。 いい場所だと思います。
東京はとても好きですよ。
私はいわゆる “普通の会話” が得意じゃないし、 誰に対してもにっこり笑ったり愛想よく 「こんにちは」 が言えないし、 思っていることがすぐに顔に出てしまうような人間です。
そんな人は東京だから暮らしていけるのであって、 地元である山形のような小さなコミュニティでは暮らしていけません (笑) 。
旅先から東京に帰ってくると、 ホッとします。 自分を取り戻せるような気がして。
時に、 東京の人は 「人付き合いが悪い 」 「ご近所付き合いがない」 とも言われますが、 私にはそれが心地いいんです。 そういうことを許容している東京はすごい街だな、 と。
滝本玲子 Reiko Takimoto
「西麻布R」店主。 ディレクター、デザイン事務所 「merge」 主宰。バイヤーとして、店舗企画等に関わる。2011年に東京・西麻布にて喫茶店「R」をオープン。うつわやファッションアイテム、アート系、デザイン系の企画展を多数開催している。
Instagram:
@merecoto
「西麻布R」HP
http://merge.co.jp/
東京と私