写真:ホンマタカシ 文:加藤孝司 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
Sounds of Tokyo 02. (Coffee & Beer BUNDAN in The Museum of Modern Japanese Literature.)
駒場公園やその中にある日本近代文学館まで、よくパートナーの友理と散歩に行くんです。あの場所の何がいいかというと、文学館の前にある石畳の広場。あそこが好きなんですよね。妙に広いし、一見すると何かの役割がありそうなんだけど、いくら見てもわからない。ただ、石畳の広場がある。その感じが面白くて。
館内には「BUNDAN」という名前のカフェが入っていて、そこもお気に入り。ドリンクやフードのメニューが、いろいろな作家にまつわるエピソードや本のタイトルなどに由来するものになっているんですよ。たとえば「森瑤子が与論島の別荘でつくった、オイルサーディンの缶詰の丼ぶり」とか。重厚な建物の中に、そんなユーモアがあるカフェが入っているというギャップがいいんです。
広場の話に戻りますが、あそこを歩いていると神社や寺にある石畳の上を歩いている時と同じような気分になって、不思議と落ち着きます。
これまで、石畳の上を歩くと気持ちが落ち着くのは、そこが信仰の場であるからだと思っていました。でもあの石畳の上を歩いた時に、神社や寺という場が放つオーラとは関係なく “石の上を歩く”ということ自体が、僕にとって落ち着く行為なんだ、と気がついたんです。
石の表面に凹凸があるから、足の裏から分厚い石の感触がダイレクトに伝わってきて、それがまた心地いい。
日本に来る前に暮らしていたニューヨークの「グランドセントラルステーション」の床も全部石で出来ているけど、表面はフラット。そこではただ「早く歩かなきゃ」と思うだけで、全然落ち着かない。きっと僕は、分厚くて表面のテクスチャが荒い石に惹かれるのかな。
東京って、なんだか「マトリョーシカ」みたいな街だなって思います。ある大きな箱の中に別の世界が入っていて、またその中にまた別の世界が入っていて……。
この街には「外」と「中」があって、外側を見ただけでは中がどうなっているのか読み取ることが全然出来ない。はじめて日本に来た時にそう感じて驚いたし、同時にとても面白いなと思いました。渋谷のような賑やかな街でも、大通りからちょっと中に入ると車が通れないほど細い通りがある静かな住宅地が広がっているじゃないですか。あの感じです。
そういう意味で、日本近代文学館の周辺は、とても“東京らしさ”を感じる場所。
駒場という大きな住宅街があって、そこに駒場公園があり、その中に日本近代文学館があって、その中にBUNDANというカフェがある。ほら、マトリョーシカみたいでしょう?
ニューヨークから東京に引っ越してきたのは2001年。気づけはもう20年近く東京に暮して、最近では肩こりもするようになって(笑)。自分では、もうすっかり日本人だと思っているんですよ。
マイク・エーブルソン Mike Abelson
「Postalco(ポスタルコ)」デザイナー。ロサンゼルス(米カリフォルニア州)生まれ。ロサンゼルスのアートセンターカレッジオブデザインでファインアートとプロダクトデザインを学び、1997年、活動の拠点をNYに移し、ジャック・スペードのコンセプト作りとプロダクトデザインに携わる。2000年、パートナーの友理とともにポスタルコを立ち上げ、翌年、東京に拠点を移す。最近は“人が自由に動ける”洋服作りをしており、道行く人たちの歩き方が気になるという。
東京と私