テキスタイルアーティストとして活動をするYUKI HIDANOさん。
徹底して手仕事であることにこだわり、
「テキスタイル」 に対する概念を覆すアート性の高いオブジェ作品を制作している。
美術大学の助手を経て、 本格的に作家として独立して2年目。
“自分にしかつくれないもの” を見据え、 日々邁進中。
取材・写真:Maya Matsuura 文:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
YUKI HIDANO
テキスタイルアーティスト。 武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業。 様々な実験を繰り返すことで得たマテリアルの知識や特徴を、 独自の視点で活かし、 作品制作を行う。 主な技法は織りを用いており、 原始的な制作方法でありながら、 マテリアルやプロセスを工夫することで、 色々な媒体へと展開が可能になることを成果物を通して発表している。
Instagram:
@YUKIHIDANO
とても日当たりが良くて、 気持ちのいいアトリエですね。
- ありがとうございます。 素材になる糸を染める作業、 織る作業、 織りあがったものを加工して作品として仕上げるところまで、 すべての工程をこの部屋で行っています。 最近は制作が詰まっているので朝から晩までほぼ丸一日ここにいる生活ですが、 時間に余裕のある時は友達を誘って少し遠出したりもします。
最近だと、 どんなところに行きましたか?
- 以前から行きたいと思っていた小田原の 「江之浦測候所」 にようやく行けたんです! 道中で海にも立ち寄ったのですが、 自然物のかたちや色からインスピレーションをもらうことが多いので、 いい刺激になりました。
今現在、 HIDANOさんがつくっているものを教えてください。
- オリジナルのテキスタイル (織り物) を使用したオブジェ、 立体作品をメインに制作をしています。 その他に、 アパレルブランドとのコラボレーションでバッグや洋服をつくらせていただいたり。
テキスタイルというと、 いわゆる布製品や洋服、 テーブルクロスなど肌触りが良くて柔らかいものを思い浮かべるのですが、 作品を触らせて頂いたらとても固くて驚きました。 これはどんな素材でできているのでしょうか?
- 綿の糸と樹脂を混ぜてつくったものです。 織った後に熱を加えて樹脂を膨らませて、 密度と強度を出すという方法ですね。
どういう経緯でこのスタイルに行きついたのですか?
- もともとは普通の天然繊維や化学繊維を使って織り物をつくっていたのですが、 ある時 「布を自立させるためにはどうしたらいいのかな?」 という疑問が湧いてきて、 色々と実験と検証を重ねる中で1年ほど前にこの方法に行きつきました。 先ほどおっしゃったように 「テキスタイル」 というと、 私たちの生活に身近な布製品などをイメージしますよね。 私自身もそういったものは好きなのですが、 自分の作品としてつくるものは少し違った方向でアプローチしたいなと思いました。
“好きなもの” に出会えた大学生活
武蔵野美術大学の工芸工業デザイン学科を卒業されたそうですね。
- はい。 入学して最初の年は木工や陶器、 金属、 テキスタイルなど色々な素材について学んで、 2年生でテキスタイル専攻に進みました。 3つ上の兄が多摩美でプロダクトデザインを学んでいた影響もあり、 入学前は私も同じ道にと思っていたのですが、 1年生の時に受けた授業がきっかけでテキスタイルの面白さに魅力されました。
具体的に、 どのようなところに?
- 自分が染めた布を服やバッグに仕立てるという授業があったのですが、 肌に触れるということも含めて 「人間の一番身近にある素材」 であるというところが、 なんかいいなぁと思いました。 授業で様々なことを学ぶ中で 「これだ」 というものを知ることが出来たのはラッキーだったし、 大学に通った一番の収穫だったのかなと思います。
テキスタイルをつくる楽しさは、 どんなところにあると思いますか?
- ひたすら反復作業で、 手を動かし続けるところでしょうか。 ちょっと地味な答えになってしまいますが、 織り機に糸をセッティングする工程が大好きなんです。 織りは一本でも間違えたら思い通りのものが出来上がらないという世界なので、 一度間違えたら全部ほどいて最初からやり直しをしなければなりません。 でもそれが、 自分の性格的にあまり苦にならないんですね。 最初から自分が決めていたものにならないと気が済まない性格なので (笑)。 私の性に、 とても合っているんだと思います。
個人的には、 織り機が想像以上にコンパクトであることにも驚きました。
- 確かに、 ものづくりとしてコンパクトであるところも魅力ですね。 テキスタイルでも 「染め」 の場合は、 もっと大がかりな設備が必要になってくるので、 ここのようなアパートの一室で制作をすることは難しいかもしれません。
ちなみに、 卒業制作はどんな作品を?
- ウールの毛糸をつかった作品をつくったのですが、 一度織ったものを 「
縮絨 」 という効果を利用して縮ませた後、 さらに繊維を固めて、 仕上げにハンドカットワークして柄を出すというものでした。
かなり複雑な工程ですね。 織ったものに手を加えるというのは、 今現在のHIDANOさんのスタイルに通ずるものがありますね。
- そうですね。 実験や検証が好きで 「自分で何かを発見したい」 という気持ちが強いのは、 ずっと変わってない部分かなと思います。
5年間の助手生活
2022年に本格的に個人作家としての活動をスタートされましたが、 大学卒業後の5年間は母校で助手をしながらの制作活動だったそうですね。
- そうなんです。 ちょうど前任の方の任期が終わるタイミングでの卒業だったので、 お世話になっていた先生が声をかけてくださり、 卒業した翌月から助手をはじめました。
助手は具体的にどのようなことをするのでしょうか?
- 授業のサポートと事務仕事がメインになります。 学生たちの課題が忙しくなる時期には朝出勤してから夜遅くまで大学にいる生活でしたが色々学びもありましたし、 何より先生方や学生たちを含む沢山の方々と関わることができ、 良い経験をさせてもらえたことに感謝しています。
もともと、 卒業後のプランはどのように考えてらっしゃったんですか?
- インテリアファブリックの会社に就職したいと思い、 就職活動をしていました。 でも、 今思えば就職ではなく助手という道に進んだことは自分にとって良かったと思います。 私の印象では、 美大に行く人は将来作家になりたい人が大多数だと思うんですね。 でも、 いざ卒業するタイミングになると、 どうしていいかわからないとかお金がないから無理とか、 作家になる夢をあきらめてしまう人も結構多い気がするんです。
なるほど。
- 私も、 その中の一人でした。 「まずは一旦就職をして、 お金をためながら自分のペースで制作をしていけたらいいな」 と思っていましたが、 “現場” を離れなくて本当に良かったなと思います。 5年間の間に充実した設備を使わせていただきながら、 自分の方向性について考える時間を持つこともできましたし。
プロダクトとアートの中間
助手の任期を終え作家として独立した2022年から、 アパレルブランド 「Jens (イェンス) 」 とのコラボレーションがスタートしました。 現在展開されているコレクションで 2 シーズンめを迎えるそうですが、 そもそもどのようなきっかけではじまった試みなのでしょうか。
- デザイナーの武藤さんが、 インスタグラム経由で 「何か一緒につくりませんか?」 とメッセージをくださったのがきっかけです。 私の立体作品をベースに、 というリクエストを頂きました。 素材の特性を生かしつつ、 ファッションアイテムとして成立するのはバッグかな……と。 まずはバッグをつくりましょうということで、 コラボレーションがスタートしました。
現在展開中のコラボレーション第2弾では、 ショルダーバッグの他に洋服 (トップス) をつくられたそうですね。 ちょうどアトリエに現物があり先ほど見せていただきましたが、 服だけど服じゃないというか……これを身に纏ったらアートを身に着けているようで気分が上がりそうだなと思いました。 オブジェからバッグ、 洋服まで、 様々なかたちに展開していく面白さがテキスタイルにはありますね。
- そうですね。 本来の用途で使っていただきつつ、 使わない時は部屋に置いておけばアート作品としても楽しんでいただけると思います。 決して大量生産が出来るものではないのですが、 プロダクトとアートの中間のような立ち位置で、 使ってくださる方の日常に馴染んでくれたら嬉しいですね。
見てくださったからの反応はいかがでしたか?
- Jensさんをきっかけに私の作品を知ってくださった方が多かったので、 裾野が広がったというか、 フリーランスの作家として活動をはじめるタイミングでご一緒させていただいたことは自分とってすごくプラスだったなと思います。 もしこのお仕事を頂けていなかったら、 どん底からのスタートだったかもしれません(笑)。 私自身つくるモチベーションに繋がりましたし、 とてもいいご縁を頂いたと思っています。
基本、 “HIDANOさんらしさ” を求められてのプロジェクトだと思います。 期待された以上のものをつくりたいという気持ちはもちろんあるかと思うのですが、 素材や技法に関して新たな挑戦をしたいといったようなハングリーさもありますか?
- そうですね。 2シーズンめにつくったものはデザイナーの武藤さんに見せたことが無い素材を使ったものだったので、 クライアントに新しい自分を見せるという意味でも大きなチャレンジでした。
「なんかいいな」 と思うものを
HIDANOさんがつくっているものは、 いわゆる 「生活必需品」 ではありませんが、 傍に置いておくことで日常の風景が豊かになる個性を持っていると思います。 こういうものを自分の生活に迎え入れることで、 生活空間や自分の心にも良い余白が生まれそうだなと思いました。
- 世の中にある大多数のものは、 生産性の高いものですよね。 私の作品はすべて手仕事でつくっているので大量生産が出来ませんが、 私の作品を通じて手仕事のすばらしさを感じていただけたらと思います。 自由な感性で眺めたり使ってもらえたら嬉しいですね。
ものをつくる立場として、一番大切にしていることは何ですか?
- しっかり手と頭を動かすこと。 手仕事にこだわること。 人の感動を生むもので、 手仕事に勝るものはないと思っているので。 そういう感覚は大事に忘れずにいたいと思います。
ご自身が日常生活で使ったり眺めたりするものも、 手仕事でつくられたものを選ぶことが多いですか?
- そうですね。 大好きです。
アトリエの棚も、 オブジェのような自然物や古物が並んでいて素敵な眺めですね。
- “なんかいいな” と思うものを、 いろいろなところで集めています。 ここにあるような “謎なもの” をたくさん売っている店が荻窪にあって、 そこはよく行きますね。 サルノコシカケを乾燥させたものとか。 使えないもの、 飾るしかないもの、 です (笑)。 考えてみたら、 私の作品もここにあるものと近いのかもしれません。 「なんかいいな。 そばに置いておきたいな」 って思ってもらえたら嬉しいですね。
今後作家として活動していくにあたって、 何か目標としていることはありますか?
- いつか誰かの心に残るような作品をつくれるようになりたい、 という目標はあります。 あと、 ロエベ財団が主催している 「ロエベ クラフト プライズ」 という国際クラフトコンペがあるのですが、 そのファイナリストに選ばれることが夢です。 毎年開催されていて、 様々な素材を使った作品が出品されているのですが、 ものづくりをしている周りの友人でも目指している子が多くて。 ファイナリストに選ばれる方の作品は 「その人にしかつくれないだろうな」 と思わせるものばかり。 すごくかっこいいと思うし、 いつか自分もそういうものがつくれたらいいなと思っています。