文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。
朝の柔らかな光が入るリビングのテーブルにはお気に入りのテーブルクロスがかけてある。テーブルの上にあるピッチャーから搾りたてのオレンジジュースをグラスに注いで飲む。もうひとつのピッチャーには季節の花が溢れるほどに活けてある。
普段の僕の生活とは大きく乖離した、このようなエレガントでゆとりあるライフスタイルに憧れないわけではないが、豊かな暮らしとか実用性がどうとかいう以前に僕はピッチャーという存在そのものが大好き。好みのピッチャー(ジャグとも言いますね)を見つけるとついつい欲しくなってしまう。
ピッチャーをピッチャーたらしめているもの、要は特徴だが、それは容器としてのボディに対して持ち手と注ぎ口があること。そんなの見たままじゃないかって? でも持ち手があることでフォルムの非対称性が強調され、モノとしての造形性が高まり、また注ぎ口があることでどこか物言いたげな雰囲気とキャラクター性が生まれる。
そんなところにピッチャーの不思議な魅力はあるのだと僕は思っている。ポットやヤカンにもつい惹かれて愛着を感じてしまうのもおそらく同様の理由でしょうね。だから僕にとってのピッチャーとはいわばぬいぐるみみたいなもの。物言わぬ友であり、眺めていると話しかけたくなるような存在なのだ。
女性の好みは内緒ですが、ピッチャーに関しては完全にぽっちゃり系がタイプ。ふくよかで安定感のある胴体に相応の持ち手があり、小さめの口といったスタイルの持ち主。洗練された都会的でスキニーな子より、ドスンと地に足ついた、少し素朴さのある子がいい。もちろん愛嬌がないと話にならないのは言うまでもありませんが……。
写真のピッチャーはすべて竹田道生さんのもの。気取りのない、どこか南欧的というか牧歌的なおおらかさがあり、見ていて飽きることがない。昔、益子のスターネットで出会いすっかり魅了された僕は、スターネットの創業者である馬場浩史さんに紹介して頂き、京丹波の竹田さんの仕事場を訪ねることにした。今から10年位前のことである。
山々に囲まれた京丹波の仕事場で会った竹田さんは、この上なく穏やかでちょっとシャイでどこか宙に浮いているような人だった。それでいて例えようもなく繊細で透明な雰囲気を持った竹田さんを、どこかおとぎ話の世界の人、まるでムーミン谷の住人のように感じたのを思い出す。ますます竹田さんのうつわが好きになった。
一口にピッチャーと言っても、小さなものから大きなものまで、陶器にはじまりガラス、金属、ホーローなど、サイズも素材もさまざま。量産されるプロダクトもあれば作家のつくる一点ものもあり幅が広い。このバリエーションの豊富さ、選ぶ楽しさがあるのもピッチャーの魅力なのでしょう。僕のまわりにはピッチャー好きという人が結構多いのです。