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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

第18番:You are the one.
「Luigi Ghirri(ルイジ・ギッリ)、アトリエモランディの写真 」

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。


ルイジ・ギッリ(1943-92)がモランディ亡き後のアトリエを撮影したシリーズの一枚
1989年から翌年にかけて、ルイジ・ギッリ(1943-92)がモランディ亡き後のアトリエを撮影したシリーズの一枚。この写真に写っているのはモランディが夏の間過ごしたというグリッツァーナのアトリエの風景。

 近頃はめっきり行く機会も減ってしまったが、学生時代に最も足繁く通っていた場所は六本木だった。毎晩踊りに行っていたわけではない。行先は「六本木WAVE」と「青山ブックセンター」。その頃の僕といえば本や雑誌、アートやデザイン関連の書籍、あるいはクラシックや現代音楽のCDなどを物色して過ごすのが至福の時間という暗い学生だったのだ。

 その日もいつものように目についた新刊の写真集を手に取ってパラパラとページをめくっていると、何か普段と違う引っかかる感じ、静かで絵画的な写真が放つイメージの新鮮さに不思議な感覚を覚えた。写真集のタイトルは『Vista con camera』。それがイタリアの写真家、ルイジ・ギッリの写真との出会いだった。

 ちょうどその頃、インテリア会社への就職が決まり、自堕落に過ごした学生生活も終わりを迎えようとしていた。そんなある日、就職先の人から「ちょっとしたイベントがあるから来ないか」という電話があった。パーティやイベント的な場は大の苦手、とはいえこれから入社する会社の誘いを断るわけにもいかず、渋々出かけたものの、知り合いもいない僕は所在ない思いで会場の片隅で小さくなっていた。

 そんなぽつねんとしている僕を心配してくれたのか、先輩社員の女性が「紹介したい人がいるから」といって男性をひとり連れてきた。黒いタートルに黒い革ジャケットを着てジーパンを履いたその人を「海外の写真集やアートブックを輸入する仕事をしているSさんです」と紹介してくれた。きっと僕がアートが好きとか口にしたからだろう。

 Sさんは僕の顔を見るなり一言、「だいたい海外の写真集なんて買わないでしょ」。いきなりの物言いに面くらったが、ギッリの写真集を買ったことを思い出しそのことを伝えると、Sさんは一瞬驚いた表情になり、次の瞬間、握手を求めるかのように手を差し出しこう言ったのだ。「それ俺が仕入れた本だよ。自分が仕入れた本を買ったという人間にはじめて会った」。

 ほどなくして社会人生活がはじまり、2年ほど経った1994年。日本橋にあった「ツァイトフォトサロン」という写真専門のギャラリーでルイジ・ギッリの作品展が開かれるという記事を雑誌で見つけた。ギッリが画家モランディのアトリエを撮った作品シリーズの展覧会だった。会場で作品を一つひとつ目にする度に静かな興奮が湧き上がってきた。写真集で見た時以上に写真が喚起するイメージに強く打たれたのだ。この写真を自分のものにしたいという思いが抑えられず、思い切って購入することにした。人生ではじめて買った「アート」と呼べる作品だったと思う。

 その後ギッリのことなどすっかり忘れるほど時間が経ってからのこと。書店で見覚えのある写真が書棚に並んでいた。よく見るとそれは新刊として紹介されていた『須賀敦子全集』(河出書房)の表紙に、あのモランディのアトリエの写真が使われていたのだ。「イタリア」という共通項を抜きにしても、どこか共振する世界を感じさせる須賀敦子とルイジ・ギッリという二人の組み合わせが、たまらなく最高のコンビネーションに思えた。またしても僕はギッリとの幸運な再会を果たしたのだった。

Luigi Ghirri『Vista con camera』
これが運命の本、Luigi Ghirri『Vista con camera』。1992年にギッリが夭逝した直後に企画された展覧会のカタログとして発行されたもの。ギッリの初期から晩年にわたって撮影されたさまざまなシリーズの一部が紹介されている。

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2020/11/11

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