文：大熊健郎（CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター） 写真：馬場わかな 編集：落合真林子（OIL MAGAZINE / CLASKA）
Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。
20世紀を代表するアメリカのデザイナー、チャールズ＆レイ・イームズが優れた映像作家でもあったことはよく知られている。その代表作ともいえるのが「パワーズ・オブ・テン」。このショートフィルムをはじめて見たときは本当にびっくりした。原子核から宇宙という壮大で深淵な物語をあっといわせるアプローチでヴィジュアル化してしまうセンスにうっとりしたのだ。一流のデザイナーというのはなんて知的で洒落ているのかと驚きを通り越して畏敬の念すら抱いたほど。
そんなイームズ作品のひとつで個人的にも大好きなのが「おもちゃの汽車のトッカータ」というショートフィルム。古いおもちゃの汽車が多数登場してジオラマの町や田園風景の中を走る、というただそれだけの作品なのだが、これが大人だってときめかずにはいられない映像なのだ。鉄やブリキ、木といった素材の魅力いっぱいのおもちゃの汽車たちが、エルマー・バーンスタインのこれまた素晴らしい音楽にのって本物さながらに走る姿は心躍るものがある。おもちゃの汽車の魅力がこれ以上ないくらい引き出され、イームズのおもちゃに対する心からの愛情が伝わってくる。
さて、写真の汽車は1944年に創業したスウェーデンの玩具メーカー「MICKI（ミッキィ）」社による汽車セット。このおもちゃに出会ったのは旅先でのこと。泊めていただいた宿の主人が、連れていた子どもに「こんなものしかないけれど……」と出してきてくれたのがこの汽車のおもちゃだった。聞けばもう50年以上前に主人のお父様が海外土産に買ってきたものだという。古いおもちゃの汽車の魅力もさることながら海外でこれを選んで買ってきてくれたお父さんの存在を羨ましく思ったものである。
木製である、というだけでなくシンプルなデザインと色使いが素朴さの中にも飽きのこない美しさを感じさせる。この汽車シリーズは1952年に生産がスタートし今なお生産され続けているというロングセラー商品。子どもの表面的な嗜好に寄るばかりでどぎつく説明的になり過ぎていたり、逆に大人の嗜好が先行して洗練され過ぎていたりする昨今のおもちゃに対して実に健康的な感じがして好ましい。世界中で長く愛されて続けているのも納得である。
先の短編映画の冒頭でイームズは精巧なミニチュア模型と「おもちゃ」との違いについて述べながらこんなことを言っている。「優れた古いおもちゃには素材に対して気取ったところがありません。木は木の良さ、ブリキならブリキの良さが発揮されています。金属もきれいに鋳造されています。これらのおもちゃからその時代が目指した創造性がどのようなものであったかというヒントが得られるかもしれません」。
精巧なミニチュア模型はある意味単純だ。どんなに複雑に見えても小さくすることを考えればよい。それに対しておもちゃは対象をどう単純化させるか、何を省略し何を強調するかを熟慮する必要がある。素材の特性から生じる制約もあるだろう。そのプロセスに創造性やセンスが込められる。この汽車セットを考えたデザイナーもきっと優れたデザイナーだったに違いない。
