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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

21のバガテル Ⅱ
第17番:Shelf-portrait 1
「本棚」

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。


ティモ・サルパネヴァのキャセロール
自室にある本棚の一部。ここは主に単行本を並べた棚。文庫本や新書、画集などの大型本はまた別の棚に。棚の上にも抽斗やら鳥籠やらぬいぐるみやら、つい色んなものを並べてしまう。

 本が好き、 というか本がそばにないと落ち着かない性質である。 だからうっかり鞄に本を入れ忘れて出かけたことに気づいた時の失望感ときたら……。 「ああこれで今日一日は台無しだ」 という気分になる。 とはいえ実際に外出先で本を読む時間はほんのわずかだったりすることもある。 電車に乗って本より先に携帯を取り出してメールをチェックしたり、 インスタを冷やかしたりしているうちに目的地に着いてしまって1ページも本を開かなかった、 なんていう時もあった。 これは本好きというより本不携帯恐怖症とでもいうべきであろうか……。

 「小さい頃からとにかく本が好きで父親の書棚にあった世界文学全集や漱石全集などを片っ端から読み漁っていました」 といった作家や学者のエピソードを目にするたびにやっぱりそうだよなあと思う。 作家になるような人にはそうあってほしいとも思う。 自分もそんな子ども時代を過ごしていたら……、 なんて夢想したところでどうにもならない。 幼年時代の私はといえば本などには見向きもせず、 近所の友だちと野原を駆け回って過ごしていた。 ちゃんと本を読みだしたと言えるのは恥ずかしながら高校に入ってからである。

 はじめて自分の本棚を持ったのも高校生の時だった。 その頃、 古くなった実家を建て替えることになり、 私ははじめて個室というものを手に入れた。 自分で選んだ机とベッドを配置し、 抽象画のポスターを額に入れて壁にかけた。 本棚は両親が借家住まいをしていた若い頃に奮発して買ったというガラス扉の付いたものをもらうことにした。 自分の本棚を持つこと、 それは好きな本を並べる楽しみを知った瞬間でもあった。 大学に入ってからは本との接し方もたちが悪くなり、 虚栄心と自己満足だけで買った読まれない本ばかりが増えていった。

 当然本は読んでこそ意味がある。 ただ飾っておくだけの本が無意味ともいえまい。 「ある種の人間にとって」 と前置きすべきかもしれないが、 物理的に本に囲まれて いること自体の心地よさというものが確かにあるし、 それに今日日、 良し悪しは別に して本棚はインテリアの一部となった。 ライフスタイルを表現する道具としての役割が与えられ、 今まであまり本などなかった場所にも本が並ぶようになった。 ホテルのロビーやカフェ、 インテリアショップにアパレルショップ。 いつの間にか本は備品、 装飾品予算として計上される存在となったのだ。 近年ブックディレクターなる職業が出現したが、 その役割も本自体の水先案内人というよりインテリアとしての本棚のつくり方の指南者というほうが実体に近いのではないだろうか。

 「二度読む価値のない本は読む価値がありません」 と言ったのは作家のスーザン・ソンタグである (ちなみにソンタグは映画についても同様だと述べています) 。 そんな文章を目にしてやっとのことで思い立ち、 数年前、 読まれずに本棚に押し込められていた本の多くを思い切って処分することにした。 ソンタグ女史の言葉に従って二度読んだ本、 二度読むつもりの本を中心に残すことにした。 そう決心したもののこれが思った以上に難儀な作業だった。 本を捨てるってどうしてこうも苦しいのか。

 本棚に押し込まれた本は、 未整理の記念写真に似ている。 読んだ本も読まれずにいた本もそのときどきの私の自画像なのだ。 それらの本は当時の私の心境、 何に興味を持ち、 何を理想とし、 どんな自分になりたかったのか、 どのように自分が見られたかったのかを映す鏡であり、 好奇心や理想、 虚栄心がないまぜになった他ならぬ私自身の一部なのである。 結局私は 「過去の自分」 を捨てきることができず、 予定の半分くらいの本を残してしまった。 ああ、なんという体たらく……。


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2022/10/14

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