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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

21のバガテル Ⅱ
第19番:素顔のままで
「ソール・スタインバーグのポートレート写真」

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。 慶應義塾大学卒業後、 イデー、 全日空機内誌 『翼の王国』 の編集者勤務を経て、 2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。 同時に 「CLASKA Gallery & Shop "DO" 」をプロデュース。 ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。


ティモ・サルパネヴァのキャセロール
上は松浦弥太郎さんが最初に手掛けた店 「M&Co.booksellers」 で、 下はその後 「COWBOOKS南青山」(現在は閉店) で購入。 松浦さんによれば当時 (6、70年代) はまだ写真の作品的価値があまり認められていなかったせいか、 写真集などで使われなかったプリントが時々古本に挟まっていたりすることがあったとか。

 クラリネットが奏でる流れるようなメロディ。 ラプソディ・イン・ブルーのイントロが、 ぼんやりしていた意識を一気に映画の世界へと向かわせる。 モノクロームの画面に淡々と映し出される乾いた冬のマンハッタン。 ああニューヨーク! これぞニューヨーク! …… なーんて気分で私が観ているのは冬になると無性に観たくなる映画の一本、 ウディ・アレンの 「マンハッタン」 である。 いつもながらの男女のドタバタ、 アレン演じる主人公の神経過敏な挙動や饒舌さに辟易する瞬間もなくはないけれど、 ラストで毎度ほろりとなる。 寒い寒い冬のニューヨークに行きたいな。

 まあステレオタイプと言われる向きもありましょうが、 ウディ・アレンは私にとってニューヨークのイメージを最も体現している人物のひとりであることは間違いない。 ファッション、 カルチャー、 はてはニューヨーカーの精神構造までアレンの映画を通してニューヨークをイメージしているといっても過言ではない。 ハイブローな話題から性や宗教までをいっしょくたにしてあけすけに語りまくる態度に、 若かった私は 「これが大人のニューヨーカーの姿なんだ、 これがクールなんだ」 と憧れのまなざしで眺めていたものである。

 さらにニクイのが一見冴えないオジサンのようでいてアレンは実にお洒落。 ツイードのジャケットにチェックのシャツ、 コーディロイのパンツといった場合によっては野暮ったく見えてしまう服をこれ以上ないくらい自然に着こなすセンスは、 今やニューヨーカーを代表するファッションアイコンでもある。 20歳の時、 私は先輩に誘われはじめてニューヨークに行った時のことを思い出す。 どうしてもツイードのジャケットが欲しかった私は古着屋に行き、 店員に 「ツイードジャケット」 と何度口にしても理解されず、 やっと通じたかと思って連れて行かれた先はスウェードのコーナーだった……。

 その旅行中、 私は「カーライルホテル」 にある 「マイケルズパブ」 というところに出かけた。 なぜならそこでアレンが自分のジャズバンドを率いて毎週月曜日にクラリネットを吹いているというのだ。 演奏中のアレンはほとんどMCもなく、 実に淡々と数曲演奏した。 映画の中のアレンとは違い、 その印象は静かで知的な雰囲気を漂わせたクールなニューヨーカーそのものだった。 映画人でありながら、 ジャズクラリネットを公衆の前で演奏する男。 本当に参った。 感動と羨望と妬みとがないまぜになった感情を抱く一方で、 これこそ我々非イケメン系青年の生きる道ではないかと悟ったのである。

 ウディ・アレン的存在としてもうひとり私が憧れているのがソール・スタインバーグである。 アレンよりひと世代上で、 ルーマニア出身のユダヤ人。 母国を出てミラノの大学で建築を学び、 その後ニューヨークを拠点に活動したイラストレーター、 アーティストである。 知性とユーモア、 そしてシニカルな視線たっぷりな作風は 『ザ・ニューヨーカー』 (アメリカのインテリ層に愛される雑誌として知られる) などを通して知的なニューヨーカーに支持された。 単なる挿画を越え、 イラストによる社会批評とも評された作品は世界中の多くのイラストレーターに影響を与えたことで知られている。

 写真はお手製のマスクを被ったスタインバーグのポートレート写真である。 場所はもちろんニューヨーク、 撮影したのはマグナム・フォトのメンバーでもあったオーストリア出身の写真家、 インゲ・モラスである。 ポートレートといってもマスクをしている。 マスク (仮面) はスタインバーグ作品の主要モチーフのひとつである。 コロナ禍でなくとも都市生活者にマスクは欠かせない。 ニューヨーカーをマスクをした人として描いたのがスタインバーグであり、 普段は品のいい趣味人のウディ・アレンがマスクを外すと映画が生まれるのだ。

ティモ・サルパネヴァのキャセロール
スタインバーグの作品集の一部。 最初に買った1冊は日本のみすず書房から出ていた『The New World=新しい世界』の日本版。 不純ながらスタインバーグの本がみすず書房から出版されていたことが彼を好きになる動機付けになったことは間違いない。

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2023/01/21

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