文：大熊健郎（CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター） 写真：馬場わかな 編集：落合真林子（OIL MAGAZINE / CLASKA）
Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。 慶應義塾大学卒業後、 イデー、 全日空機内誌 『翼の王国』 の編集者勤務を経て、 2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。 同時に 「CLASKA Gallery & Shop "DO" 」をプロデュース。 ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。
先日 JAXA の宇宙飛行士選抜試験に合格した日本人お二人のニュースをテレビで見た時のことである。 あまりに輝かしい二人の経歴、 エピソードから察せられる努力家ぶりと行動力、 さらに確固たる使命感と謙虚さを併せ持つ高貴なまでのその姿に唖然とした私は、 称賛を通り越して深い悲しみにくれたのであった。 我が身を振り返り、 同じヒト科のホモ・サピエンスに属しているはずなのに何もかもどうしてこんなに違うのか……。
「人と比べるところから不幸がはじまる」。 いにしえより同工異曲に語られてきたこの言葉については私もよく承知しているつもりである。 ないもの数えるよりあるもの数えろ、 幸せのものさしは自分の中にある、 竹内まりやもそう歌っていた。 にもかかわらず悲しいかな、 人は他者と比較することで幸不幸をはからずにはいられない生き物でもある。 人と比べるのではなく自分の価値観をしっかり持つべし、 幸福道はそう説いているのに、 その反対にばかり向かおうとする迷える人々の様子を神様もきっと嘆いていらっしゃることだろう。
ところで物心ついた男女がぶつかる 「人と比べる壁」 のひとつに 「容姿」 がある。 とりわけ頭を悩ませるのが 「顔」 だ。 無邪気に過ごした幼年期を終え、 思春期に入ったころ、 私は鏡に映った自分の顔をまじまじと見つめ、 これが一生背負っていかねばならない 「運命」 なのかと愕然とした覚えがある。 鏡ばかり見ていた私に呆れた父は 「40歳以降の顔は生き方がつくる、 内面を磨け」 的な訓示を垂れていたが、 そんな話が耳に入るわけもなく私の美的アイドルだったデビッド・シルビアンの写真を恨めしく見つめていた……。
美醜はともかくとして人が他人の 「顔」 に強い関心を抱くのは、 自分の顔に対する関心の裏返しという部分が少なからずあるだろう。 そのせいなのか若い頃から美術家や作家などのポートレートを集めた写真集を見るのが好きだった。 よく手にしていた一冊に林忠彦の 『日本の文士』 という写真集がある。 銀座のバー 「ルパン」 のスツールに胡坐をかく太宰治、 今でいうゴミ屋敷ばりに散らかり放題の部屋に座する坂口安吾、 鷹のような鋭い目で虚空をみつめる川端康成。 知性と野性味を感じさせる志賀直哉の顔なんて理想の爺さん像といってもいい。 多様性を体現した顔の世界は何度見ても飽きることがなかった。
顔への関心が趣味に発展したというわけではないが、 海外の文化系著名人のカードを見つけるとつい買ってしまう。 画家とか作家といった文化系著名人の顔写真がハガキになっているものを日本ではあまり見かけない気がするが、 海外にはときどき意外な人物の肖像写真がポストカードになっていて面白い。 私のささやかなコレクションの中でイケメン賞を選ぶとなるとやはりこの男、 アルベール・カミュということになろうか。 レジスタンスに志願するような男らしさと行動力、 加えて理知的な思考力を併せ持った上での俳優ばりのこの顔である。 やっぱり野生と知性の融合した顔に私は弱い、 って単なる無いものねだりなんだけど悔しいなあ……いや比べるのはもうよそう。
