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21のバガテル モノを巡るちょっとしたお話

21のバガテル Ⅱ
第5番:Unforgettable
籃胎らんたいのお盆

文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。


 もう20年くらい前になるだろうか、山口県の萩で印象深い宿に泊まったことがある。手頃な宿泊料金だけで決めた宿だったので現地に着いて少し驚いた。板塀が木造の平屋を囲うなかなか風情のある建物。門をくぐると熊笹がきれいに植えられてあり、そのアプローチの先に玄関が見えた。呼び鈴が見つからず、思い切って玄関の引き戸を開けると中からモーツァルトが聞こえてくるではないか。

 「ごめんください」と声をかけると控えめで繊細そうなご主人がひとり、奥から出てきて部屋に案内してくれた。客室として和室が2、3部屋程度あるこじんまりしたところで、個人の家にお邪魔したといった感じである。どうやらご主人ひとりで切り盛りしているらしい。ただ室内を見まわすと、控えめだが品のいい調度品が並び、清潔な部屋の隅々まで気が行き届いているということが伝わってくる。

 ご主人が運んできてくれたお茶を座卓に置いたときである。その座卓自体が独特のテクスチャーをしているのに気がついた。艶のある漆で仕上げたような天板の表面は若干凹凸感があり、なんとも妖艶な空気を発している。はじめて見る質感に興味を持ち「この座卓はどういうものですか?」と聞いてみると、「あーこれは久留米の籃胎らんたいです」と教えてくれた。

 籃胎とは薄く裂いた竹で編んだものを素地とし、そこに黒や朱、溜色の漆を塗り重ね、乾燥後に研ぎ出す工程を繰り返しながら下地を文様的に浮かび上がらせてつくる漆器のこと。同じ漆工芸でも蒔絵や沈金といった平面的な加飾方法とは違い、独特のマチエールを感じさせるのが特徴であり魅力でもある。籃胎=竹籠をはらむというそのネーミングといい、コクのある大人な表情に引き込まれてしまった。

 それから10年以上経ってから、仕事で再び萩を訪れる機会があった。JR東萩駅に着くと、かつて泊まった宿のことが急によみがえってきた。「まだあの宿はあるのかな」。思い立って駅の観光案内で聞いてみると今営業している宿泊施設のリストには僕が伝えた名前の宿はないという。なんだか胸騒ぎがした。居ても立っても居られなくなり、ぼんやりした記憶を頼りに宿があった方向に向かって速足で歩いていくと、見覚えのある板塀が目に入ってきた。

 「あ、ここだ!」と思って入口に向かうと、門に掛かっていたはずの木の看板が無くなっている。ただ人は住んでいるようだった。覚悟を決めて呼び鈴を鳴らし、緊張しながらしばらく待っていると玄関の引き戸が空いた。すると二人の元気な女の子がニコニコしながら駆けだしてきた。その後ろに見覚えのあるご主人がきょとんとした顔でこちらを見ていた。

 かつてここに泊まらせてもらったこと、そのときの経験がとても印象深かったこと、たまたま萩を再訪することになり思い出し訪ねてみたことなどを伝えると、よかったらどうぞと中に案内してくれた。ご主人によればその後ご結婚し、子どももできたことで宿は数年前に廃業したという。丹精込めてつくった作品のような宿を閉めたのはさぞかし無念だったのでは、と聞こうとしてやめた。ご家族といるご主人の表情は以前より明るく、とても幸せそうだった。そのとき僕は人生の機微というものが少しわかった気がしたのだった。

お盆
久留米にある「井上らんたい漆器」のお盆。竹は地元築後地方の真竹のみを使う。籃胎の産地と言われる久留米でも籃胎漆器を製造する工房は現在わずかだという。直径約30㎝。

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2021/09/20

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