文:大熊健郎(CLASKA Gallery & Shop "DO" ディレクター) 写真:馬場わかな 編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
Profile
大熊健郎 Takeo Okuma
1969年東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、イデー、全日空機内誌『翼の王国』の編集者勤務を経て、2007年 CLASKA のリニューアルを手掛ける。同時に CLASKA Gallery & Shop "DO" をプロデュース。ディレクターとしてバイイングから企画運営全般に関わっている。
時々無性に小津安二郎の映画が観たくなる時がある。小津映画で好きなシーンのひとつが酒食の場面。久しぶりに再会した旧友同志が小料理屋で小鉢をつまみ、徳利を傾け合う。他愛ない話をしているだけなのになんとも品がいいのである。酒を酌み交わすのが年を重ねた大人たちだということもあるだろう。でも理由はそれだけじゃないような気がしていたのだが、ある時ふと、使われているうつわのせいではないかと思ったのである。小津映画でよく目につくのは繊細な磁器の食器だ。うつわにはそれを前にした人の所作を無意識に変える力がある、そんな気がしたのである。
小津が贔屓にしていたといううつわの店が銀座にある。大正8(1919)年、京都は洛東清水音羽山麓にて創窯し、住友財閥のお抱え窯としてはじまったという「
ところで今回取り上げたのは小村雪岱の木版画である。実はこの雪岱という画家を私が知ったのは東哉でのことだった。小津が愛用したうつわを売る店と聞けばファンとして行かないわけにはいかない。金春通りにある店を訪ねるとそこはまさに雅と粋が融合した小宇宙である。例えば仁清の色絵向付、南蛮の徳利に乾山の酒杯、桜のかたちをしたピンク色の小器の組合せといったその上級者ぶりに緊張しながらも店内を歩いていると、不意に壁に掛かっていた一枚の絵が目に入った。木版画のようだが浮世絵にしてはモダンである。繊細な線、色使い、そして大胆な画面構成。一目惚れして店主に教えてもらったその作家の名こそ小村雪岱だったというわけである。
写真の作品は「高見澤木版研究所(旧・高見澤木版社)」で刷られた「小村雪岱 うちわ絵八佳」のうちの一枚で「河岸」というタイトルがついている。かつての日本橋と思われる河岸に並ぶ土蔵の影からひょいと顔を出す着物姿の女性。よく見るとその目の前に2匹の蝶が舞っている。画面の半分近くを占める土蔵の腰巻部分の黒が全体を引き締め、グラフィカルな効果抜群である。そこに精緻で繊細極まりない線と色使い。なんというモダンなセンス。
昔何かの本で白洲正子さんが「好きなことをとことん掘り下げると色んなことが突然わかるようになる」ことを「地下水脈にぶつかる」と表現していたのがとても印象的だったのを覚えている。小津、東哉、雪岱とつながったリレーもそんな「地下水脈」の効用、いやよく考えたらたいして掘り下げたわけでもないのに白洲さんを持ち出すのも図々しい。ただ趣味のリレーじゃないけれど、趣味がいいと思った人を辿っていくと色々な発見に繋がるのは確かで、そのことにこれまで自分がどれだけ恩恵を受けてきたことか。そうしみじみ思える今日この頃である。