メイン画像
ホンマタカシ 東京と私 TOKYO AND ME (intimate)

Vol.41 フィリップ・ワイズベッカー (アーティスト)
PLACE/富岡八幡宮の骨董市 (江東区)

写真:ホンマタカシ 文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA) 

フィリップ・ワイズベッカー
フィリップ・ワイズベッカー
フィリップ・ワイズベッカー
フィリップ・ワイズベッカー
フィリップ・ワイズベッカー
フィリップ・ワイズベッカー
フィリップ・ワイズベッカー

Sounds of Tokyo 41. (Antique Markets and Philippe Weisbecker)


はじめて日本を訪れたのは 1970年。
NYのグラフィック・デザイン集団 「プッシュピン・スタジオ」 のメンバーたちと一緒に、 大阪万博を見学するために来日しました。

東京から大阪へ向かう途中に京都に立ち寄ったのですが、 その時に見たものや感じたことを今でもよく覚えています。

伝統的な古い町並み、 家の軒先で黙々と仕事をしている職人たち。
当時はまだ男性も女性も着物で歩いている人が多くて、 雨が降る中、 下駄の音が鳴り響いていました。
その光景がとても印象的で、 まるで19世紀にタイムスリップしたかのような、 何とも不思議な気持ちになったのです。

それまで日本と全く接点が無かったのかというと、 そういうわけでも無いんです。
まだ10歳にもならない子どもの頃に、 フランスで日本の風景を素焼きの小さな植木鉢の中で表現したジオラマのようなものが流行して、 私はそれがとても気に入っていました。
漠然と、 まだ見ぬ日本の風景にファンタジーを感じていたのを覚えています。

初来日から30年後の2000年、 縁があって東京・銀座の 「クリエイションギャラリーG8」 で展覧会を開かせていただくことになりました。
それから現在まで、 少なくとも10回以上は東京を訪れていると思います。

神田の古書街、 浅草、 駒場の 「日本民藝館」 、 下町に残る昔ながらの金物屋。
東京を訪れる度に足を運ぶ場所は色々ありますが、 週末に開かれる骨董市、 特に門前仲町にある 「富岡八幡宮」 の骨董市が気に入っています。

はじめて足を運んだ時に買ったのは、 軍服を着た人たちを描いた手彩色の木版画をまとめた本。 それから、 綺麗な箱に入ったねじ回しや何かを挟むための道具。
妻のロジーヌと一緒に行った時は、 日本語の文字がプリントされた綺麗なガラスのボトルを買いました。 その他にも綺麗な箱に入った色鉛筆、 古い地図も……。
だいぶ色々なものを買っていますね(笑)。

私は古い紙や日常生活の中で使われている大衆的な道具を見るのが好きで、 自分自身の作品としてもたくさん描いてきました。
テクノロジーの波に揉まれても変わらないであろう普遍的なものを愛する私にとって、 東京のありのままの暮らしを垣間見ることができる骨董市は、 インスピレーションの源なのです。

売られているものはもちろんですが、 それぞれのブースの “並べ方” を眺めるのも楽しみのひとつです。 皆さん、 とてもセンスが良い。
台の上に布をかけて、 その上に一見すると関連性の無い様々なものを上手く並べてシーンをつくっているわけですが、 「これにこれを引っ掛けるのか!」 という驚きや偶然性にハッとしたり、 時々びっくりするようなコンポジション (構図) に出会うことも。

おそらく出展者の人たちはそこまで意識してやっていないでしょうし、 並んでいるものの大半は高価な美術品ではなく、 ごく普通の大衆的な生活用品や道具類です。
でもその “普通” こそが、 その国の文化といえるのではないでしょうか。

文化を知るという意味では東京には魅力的な美術館も沢山ありますが、 施設の性格上どうしても 「これを見て!」 と押し付けられている気がしてしまいます。
その点骨董市は自分のペースで自由に散歩しながら楽しめますし、 その場に身を置くことで、 自分が東京という街にぐっと入り込んだような気分にさせてくれるところが好きなんですよね。

東京を数年おきに訪れるようになってから約 20 年が経ちましたが、 私の目からみると東京の街はそこまで大きく変わっていない気がします。

もちろん、 再開発で高層ビルが増えたといった表面的な変化はあると思いますが、 そのビルの裏に一歩足を踏み入れると小さな建物や細い路地が入り組む ‟小さな村” のような一角が昔と変わらずありますし、 家の前に沢山の植木鉢が並ぶ独特の光景も 20 年前と変わりません。
私が暮らしているパリでは、 昔ながらの景色をすっかり見かけなくなってしまいましたからね。 東京は凄いなと思います。

この先どれだけ現代的な暮らしになっても、 日本の人たちは古いもの・新しいもの両方を大切にしていけるのだろうな、 という印象があります。 そして何より ‟もの” に対する愛がある。
他の国には無い、 日本ならではの個性だと思います。

思えば子どもの頃に抱いた漠然とした日本への興味と憧れからはじまって、 今はかなり細かいディティールまでを知って愛するようになりました。

ご飯を食べる時は茶碗の底に残った米を最後の一粒まできちんと箸でつまんで食べますし、 パリのアトリエで料理をつくってお皿に盛り付ける時には、 日本で食べた料理を思い出しながら 「少し緑を足したら、 もっと良い景色になるかな?」 と野菜を添えてみたり。
自分の中に日本がしみ込んでいるな、 と思う瞬間が多々あります。

「変わらないもの」 といえば……。
東京に滞在する時は、 ここ10年くらい毎回同じ滞在型のホテルに泊まっているのですが、 その周辺には行きつけのスーパーもあったりして、 どこか自分の家のように思っているところがあります。

「東京」 と聞いてまず頭に浮かぶのは、 骨董市でもなく神田の古書街でもなく、 実はこのホテルだったりするかもしれません(笑)。


フィリップ・ワイズベッカー Philippe Weisbecker

1942年生まれ。 1966年フランス国立高等装飾美術学校 (パリ) 卒業。 1968年ニューヨーク市に移住し、 活動をはじめる。 アメリカの広告やエディトリアルのイラストレーション制作を数多く手がけた後、 2006 年フランスに帰国、 アートワークを本格的に制作開始。 2002年アンスティチュ・フランセ日本が運営するアーティスト・イン・レジデンス、ヴィラ九条山(京都)に4か月間滞在。 現在はパリを拠点に活動し、 欧米や日本で作品の発表を続けている。 日本では広告の仕事も多く、 JAGDA、 NYADC、 クリオ賞、 東京 ADC、 カンヌライオンズなど、 国内外で受賞。 2020 年東京オリンピック公式ポスターも手がけている。 著書に『HAND TOOLS』(888ブックス、 2016年)、 『Philippe Weisbecker Works in Progress』 (パイ・インターナショナル、 2018年)などがある。

フィリップ・ワイズベッカー

東京と私


前の回を見る <  > 次の回を見る


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

2023/07/31

  • イメージエリア

  • テキストエリア

    CLASKA ONLINE SHOP

    暮らしに映えるアイテムを集めた
    ライフスタイルショップ

    CLASKA ONLINE SHOP