Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
空前の建築ラッシュで渋谷駅前に次々と出現する、とりとめのないデザインのビル群。その予兆は「東急文化会館」が閉鎖された時からはじまっていたのだと今になって思う。
東急文化会館は映画館やプラネタリウムを併設した文化施設として1956年に誕生。設計は坂倉準三。弟子である坂倉の願いでル・コルビュジエが映画館のために緞帳をデザインしたことでも知られている。学生時代に東急名画座には足しげく通ったものだ。
1980年代になると、東急は文化的役割を「東急百貨店本店」に併設する「Bunkamura」に移行させる準備に入った。
当時の東急グループの総帥・五島昇の「百貨店はただモノを売っている時代ではない。新しい質の高い文化空間をつくり上げ、訪れる人々がさまざまな文化を自由に選択できる場所であるべきだ」という意思によってこのプロジェクトの構想はスタートし、5年の準備を経て1989年、松濤に隣接する地に「Bunkamura」(ザ・ミュージアム/ル・シネマ/シアターコクーン/オーチャードホール/レストラン ドゥ マゴ パリなど)として誕生した。
この立ち上げ実行の急先鋒は、東急百貨店三浦守社長の右腕だった田中珍彦氏(後の「Bunkamura」社長)。東急のトップの英断と彼の横紙破りな働きなくして杮落としとなった「バイロイト祝祭劇場」の引越し公演は実現しなかったし、その後の「コクーン歌舞伎」の誕生もなかった。
渋谷で体験した忘れられない舞台、映画、ダンスは数々あるが、中村勘三郎主演 串田和美演出によるコクーン歌舞伎「夏祭浪花鑑」のラスト、舞台奧のホリゾントが開き突如夜の渋谷の街が出現し、そこから歌舞伎の舞台にパトカーが突っ込んでくるという驚愕の展開、これを超える演出にはその後出会ったことがない。
ここでは、蜷川幸雄演出の「コースト・オブ・ユートピア」の約10時間に及ぶ3部作ぶっ通し公演も行われた。長時間といえば、今は亡き「シネマライズ」で、世界に先駆けマシュー・バーニーの「クレマスター」全5作品をノンストップ一挙上映、という企画も秀逸だった。
最近では、オーチャードホールでのシディ・ラルビ・シェルカウイの少林寺の武僧による少林拳がダンスに昇華する「スートラ」、アントニー・ゴームリーの箱だけで構成された舞台が最高だった。
渋谷駅前のビル群とは桁違いに優美な建築が松濤に2つある。
白井晟一設計による「渋谷区立松濤美術館」(1981年開館)と内藤廣設計の「ギャラリーtom」(1984年開館)だ。
中世の城壁を思わせる石材を用いた外壁の松濤美術館。その壁の一部には、まるで聖水盤(pia de água benta)のようなものが埋め込まれている。
蛇口には“PVRO DE FONTE”(ラテン語で清らかな泉)の文字。心を洗い清めて美と対峙せよということなのかもしれない。これは白井晟一の作品では群馬県前橋市の書店「煥乎堂」と長崎の「親和銀行大波止支店」にも設置されていたらしい。
ここは建築のたたずまいも異彩を放っているが、企画展も素晴らしい。
伊藤若冲、ジャクソン・ポロック、木村忠太、骨董誕生、村山槐多、ロベール・クートラス、クエイ兄弟など、企画の幅広さは他に類を見ない。渋谷区の小中学生の絵画展も毎年行われていて、息子たちの作品も白井建築の中に展示されるという栄誉にあずかった覚えがある。
そして、そこから歩いて数分の距離にあるギャラリーtom。
ここは村山亜土、治江夫妻がはじめられたところで、視覚障害を持つ人々にも楽しんでもらえる「手で見るギャラリー」として開設された。
tomというのは亜土さんの父、村山知義の署名tomからの命名だという。独立してまもない内藤廣の設計で、建築を見学する目的の人も絶えない。安田侃、掛井五郎、ズビネック・セカールなどの彫刻家はもとより、柚木沙弥郎の作品展も度々開催されている。
1月10日からはパリのギャラリーで秋に開催された柚木さんの作品と安田侃さんの二人展が開催中だ。高窓からの光に映える鮮やかな赤の幾何学模様の染布と、滑らかな白い石肌の彫刻との対比が心を打つ。
Bunkamuraと合わせてこの3ヶ所は、私にとって聖なる“松濤art triangle”だ。
今、Bunkamuraの「ザ・ミュージアム」では、3年前の日本初の回顧展が大きな話題を呼んだ伝説の写真家ソール・ライター展が再び開かれている。
「神秘的なことは、馴染み深い場所で起こる。なにも、世界の裏側まで行く必要はないのだ。」の彼の言葉のとおり、彼にとってかけがえない被写体は、自分の住まいの周辺であるNYの路上にあった。
赤い傘をさすたびに思い浮かぶ写真がこの「足跡」(1950年頃の撮影で本の表紙にもなっている)2017年の展覧会で最も印象に残った写真だ。彼が追い続けた”雪の日”の”NY”、目を射るような”赤い傘”3作品が並ぶ展示が美しい。
今回の展示作品は彼の死後、膨大に残された未発表の作品をソール・ライター財団によって整理発掘し、選び出したもの。謎に満ちた写真家「ソール・ライター探し」の長い道のりを語る財団ディレクターの話を聞きながら、15万枚以上のネガを残して逝った謎の女性をめぐるドキュメンタリー・フィルム「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」を思い出していた。
展覧会場の中程に、新発見のスライドがプロジェクションによるスライドショーとして見ることができる場所がある。そこは、あたかもライターが60年住み続けたNY東10丁目のアパートの室内にいるかのような気持ちにさせられる部屋だった。
さて、ル・コルビュジエの緞帳の行方が気になるところだ。
東急文化会館の跡地に建設された高層ビル渋谷ヒカリエの11階には東急文化村が運営するミュージカル劇場「東急シアターオーブ」がある。東急シアターオーブの舞台を見に劇場への階段を登ると、正面に掲げられたこの織物に出会うはずだ。
<関連情報>
□「珍しい日記」 田中珍彦著
世界初、門外不出のドイツの至宝「バイロイト祝祭劇場」をそっくり渋谷にできる大ホールへと引っ越しさせるまでの奮闘記。「四億下さい」と「バカ野郎、座れ!」このセリフ、さて、どこで使われたのか……。
http://www.kirakusha.com/book/b307511.html
□渋谷区立松濤美術館
1月31日まで「パリ世紀末ベル・エポックに咲いた華 サラ・ベルナールの世界」展を開催中。
https://shoto-museum.jp
□ギャラリーtom
1月10日~31日まで「柚木沙弥郎 安田侃 パリのあとで」展を開催中。
https://www.gallerytom.co.jp
□Bunkamura ザ・ミュージアム
1月9日~3月8日まで「永遠のソール・ライター」展を開催中。
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/20_saulleiter/
□書籍『All about Saul Leiter ソール・ライターのすべて』
青幻舎 刊 2,500円+税
ソール・ライター 著 寄稿/柴田元幸 ソール・ライター財団
http://www.seigensha.com/books/978-4-86152-616-9
□「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」
http://albatros-film.com/movie/vivianmaier-movie/info/?page_id=27
□ラデュレ 渋谷松濤店
https://www.bunkamura.co.jp/cafe/
オーチャードフロアにあったイタリアンの店が閉店し、昨年12月にオープン。「シアターメニュー」という公演鑑賞のためのショートコースもある。
□東急シアターオーブ
1月29日~2月16日までは「ドリームガールズ」、6月17日~28日はマシュー・ボーン演出振付の「赤い靴」公演
https://theatre-orb.com
□渋谷ヒカリエ「8/ CUBE 1,2,3」
8階にあるギャラリー・スペースで1月2日~15日までHikarie Contemporary Art Eye vol 13. 小山登美夫監修「9人の眼ー9人のアーティスト」展が行われた。竹内真に推薦された 神楽岡久美の「美的身体へのメタモルフォーゼ」が群を抜いて光っていた。
http://www.hikarie8.com/cube/2019/12/post-79.shtml
http://www.kumi-kaguraoka.com