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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第83回:千駄木あたり/森茉莉、 「らんまん」、 美男子論

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、 東京在住。 武蔵野美術大学卒業後、 女性誌編集者を経てその後編集長を務める。 現在は気になる建築やアート、 展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


森鴎外が晩年まで過ごした千駄木の自邸 「観潮楼かんちょうろう」 跡に建てられたのが 「文京区立森鴎外記念館」 だ。
今開催されているのは、 鴎外の長女・森茉莉の生誕120年を記念した 「森茉莉~幸福な日々、 書くという幸福~」 展。
森茉莉という名に誘われて千駄木へ行った。

団子坂を登り、 薮下通りに折れると観潮楼の正門があった場所に記念館の入り口があり、 銀杏の大木が見える。
大木の根元に大きな丸い石。 庭園を巡るとエントランスに出る。

団子坂
写真:筆者提供
文京区立鴎外記念館
左)薮下通り側の「文京区立森鴎外記念館」の入り口。 右)団子坂側の入り口。 写真:筆者提供

薮下通りの入り口には鴎外が正門から出かける写真が掲げられていて、 この敷石も門柱跡もそのまま残されていることを知ってまず感動した。

文京区立鴎外記念館
「観潮楼」 の正門のあった薮下通りの入り口。 正門前で撮った騎馬で出かける森鴎外の写真が掲げられている。 中は当時のまま残された敷石と門柱跡。 右は大銀杏と 「三人冗語」 の石。 写真:筆者提供
文京区立鴎外記念館
写真:筆者提供

地下の 「展示室 1」 では鴎外の生涯をさまざまな資料で辿ることができる。
観潮楼の建築模型、 数々の写真。 気になっていた庭の丸い大きな石は鴎外や家族の写真に写っている。 この石の前で撮った鴎外と幸田露伴、 斎藤緑雨の写真もあり、 3人の合評の文芸批評連載のタイトル 「三人冗語さんにんじょうご」 の石と呼ばれていたことがわかった。
記念館は陶器二三雄設計による美しい現代建築だが、 観潮楼の記憶をさまざまな着想と工夫で再構築していて見事だ。

そして 「展示室 2」 が森茉莉の展示だ。
森茉莉は観潮楼で生まれ、 16歳で嫁ぐまで鴎外の格別な愛に包まれてここで育った。
その頃の着飾った茉莉の写真が愛らしい。
19歳の時に渡欧した夫を追ってパリへ、 その数ヵ月後に父・鴎外の訃報が旅先のロンドンに届く。
24歳で二人の息子を残して離婚、 本格的に翻訳や執筆活動をはじめたのは2度目の離婚で実家に戻ってからだ。

森茉莉
リーフレットなどに少女の頃の森茉莉の写真が。 右下の円内のポートレートは12歳の茉莉。 着物姿に父から贈られたモザイクのネックレスをしている。 右は2016年に開催された鴎外の妹、 妻、 娘たちの展覧会 「私がわたしであることー森家の女性たち 喜美子、 志げ、 茉莉、 杏奴ー」が行われた時の図録。 写真:筆者提供
森茉莉
左) 「週刊新潮」 で連載されたテレビ評。 鴎外や家族との思い出も繰り返し記された。 茉莉『ドッキリチャンネル』原稿 連載第234回 1984(昭和59)年発表。 右) 展示の様子。 写真提供:文京区立森鴎外記念館

森茉莉の美意識は観潮楼での少女時代に形成されたもので、 記憶に残る当時の出来事や父の思い出をエッセイや作品に多く書き残している。 父との関係を描いた長編小説 『甘い蜜の部屋』 は10年の歳月をかけた彼女の文学の集大成とも言える作品で、 泉鏡花文学賞を受賞している。

腐女子的傾向のある私は、 萩尾望都の漫画に熱中する同じ熱量で 『枯葉の寝床』 や 『戀人たちの森』 などの森茉莉の小説世界に夢中になった頃があった。
登場人物の名も義堂ギドウ半朱ハンスなど独特だ。 鴎外はドイツ留学の折に海外で発音しづらい自分の名前に苦労した経験があり、 自分の子どもには於菟おと、 茉莉、 不律ふりつるい杏奴あんぬと、 西洋の名に音訳漢字を当てた。 それを幸せに享受したのが茉莉だ。
煉瓦色、 象牙色、 薔薇色、 菫色などの色名や、 手巾ハンカチ洋杖ステッキ襯衣シャツ紅玉ルビイ天鵞絨ヴエルウルなどの独特のルビ表記にも魅せられた。
ピジョン・ブラン (白い鳩) という最上級の ‟ルビイ” は 「純白の鳩の胸を剣で突き刺した時に迸る血のように真紅いのでその名がついた」 ということも 『記憶の繪』 という本で知った。

「私は何か買う時、 品物そのものを買うというよりも、 ‟夢” を買って来るような、 奇妙な場合が多い」 ( 夢を買う話 『私の美の世界』 )

彼女は安物のガラスの洋杯コップにボッティチェリの 「春」 の女神のうすもの の微かな橄欖オリーブ色を見つけて購入する。
彼女にとって自分の美意識が全ての価値を決めるので、 世間の常識や価格の高低なんかは埒外だ。

そして男性の好みもはっきりしている。
雑誌 『ミセス』 に連載していた 「私の美男子論」 は汎用だが、 生涯を通してはこの3人に絞られる。
父・鴎外、 最初の夫・山田環樹、 そして夫の友人で 「稀代の色男」 矢田部達郎。
矢田部達郎は彼女のパリ時代、 同じ時期にフランス留学していて夫と共によく行動していた。
「ラスプーチンを美男にしたような」 とも形容されて、 エッセイにも度々登場する危険な香りのする男だ。
一体どんな人物なのだろう。

森茉莉
左) 熊本日日新聞に連載した 「日々の想い」 をまとめた本 『記憶の繪』。 巴里の話に多く登場する 『矢田部達郎』。 右) 神田の古本屋で茉莉が偶然見つけた薔薇色の表紙の本をはじめて翻訳し、 自費出版したジィップ作の 「マドゥモァゼル・ルウルウ」 (1973年の再販) 装丁は堀内誠一、 序は1933年初版の与謝野晶子。 写真:筆者提供

記念館では過去の展示図録も充実していて数冊を購入、 ミュージアムの 「モリキネカフェ」 で一休みしながら目を通した。
2017年には特別展 「鴎外の『庭』に咲く草花」 という展示もあったらしく牧野富太郎と鴎外との交流を知った。
NHKの連続テレビ小説 「らんまん」 では、 日本の植物学の黎明期に牧野富太郎と関わった人々が多く登場する。 牧野と東大の関係を最も左右した要潤演じる東大教授・田邊彰久は矢田部良吉がモデルだ。 え? 矢田部? 同じ苗字?
検索してみたらなんと、 森茉莉が魅せられた色男・矢田部達郎は矢田部教授の4男だったのだ。

牧野富太郎
左) 今年の7月まで開催されていた 「鴎外の食」 展の図録。 絵は鴎外による自筆写本 「膳部之事」 。 右は2017年に開催された 「鴎外の『庭』に咲く草花」 牧野富太郎との交流がよくわかる。 写真:筆者提供
森鴎外
館内にあるモリキネカフェの壁に掛かる鴎外の写真。 左下は観潮楼の庭の 「三人冗語」 の石に座る鴎外と幸田露伴、 斎藤緑雨の ‟三人”。 写真:筆者提供
文京区立鴎外記念館
左) カフェのモリキネ・プレート。 ブレッツェルとセミドライソーセージにザウワークラウトとドイツ風。 右) 展覧会期間限定の森茉莉をイメージしたマドモアワゼルセット。 紅茶はダージリンでポットで供され森家の紅茶と同じになるように3分の砂時計が添えられている。 写真:筆者提供

さて、 今年は 「鴎外の食」 という展示もされていたらしく、 その展覧会図録の巻末には鴎外や家族が利用した観潮楼近隣の料理店や食料品店22軒のあった場所が記された地図が掲載されていた。
現在も続いている店は6軒。
帰りがてら寄ってみることにした。
千駄木の菊見煎餅、 上野精養軒、 韻松亭いんしょうてい、 伊豆榮、 蓮玉庵れんぎょくあん、 凮月堂。

森鴎外
「菊見煎餅」。 明治8年 (1875年) 創業。 「天円地方」 (天は丸く、地は方形) という正方形のせんべいが有名。 森鴎外や高村光太郎に愛された店。 写真:筆者提供
森鴎外
明治5年 (1872年) 築地にフランス料理店の草分けとして創業。 昨年は創業150周年で当時のメニューを再現していた。 明治9年 (1876年) 上野公園開設と共に現在の地に 「上野精養軒」 が誕生した。 写真:筆者提供
森鴎外
左から 「韻松亭」 は明治8年 (1875年) 創業の日本料理店。 八代将軍吉宗の時代から上野池之端にある鰻の 「伊豆榮」。 蕎麦の 「蓮玉庵」 は文豪や藝大の教授たちの芸術家に愛された。 創業は安政6年 (1859年)。 江戸時代は和菓子司だった凮月堂は明治元年から洋菓子研究に舵を切り明治38年 (1905年) 「上野凮月堂」 を上野広小路に開店。 茉莉は明治時代に凮月堂で売り出したシュウクリイムが好物だった。 写真:筆者提供

千駄木から谷中に抜ける途中に 「愛玉子オーギョーチ」 を発見。 台湾に自生するいちじく属の植物で種をもみ出すと黄色いゼリー状の食べ物になる。
これも牧野博士が台湾で採集した植物らしいことをドラマで知った。

愛玉子
昭和9年 (1934年) 創業の 「愛玉子」。 写真は自宅でつくったもの。 写真:筆者提供
森鴎外
「カヤバ珈琲」。 建築は大正5年 (1916年) 建築の民家。 昭和13年 (1938年) に榧場コーヒー店として創業。 平成18年 (2006年) 閉店。 街の有志によって改装され平成21年 (2009年) より営業再開。 たまごサンドが人気メニュー。 写真:筆者提供

森茉莉は色々読んでいるが、 さて鴎外はというと……。 父の遺した膨大な蔵書はほとんど処分してしまったけれど、 森鴎外全集は残しておいたはず。
記念館で上映されていたフィルムで、 作家の平野啓一郎や詩人の伊藤比呂美が鴎外の描く女性の凜とした姿勢について語っていたので興味が湧いた。
まず『安井夫人』からはじめてみようか。

森鴎外
写真:筆者提供

<関連情報>

□文京区立森鴎外記念館
https://moriogai-kinenkan.jp

住所:東京都文京区千駄木1-23-4

□生誕120年|文京区立森鴎外記念館コレクション展 「森茉莉~幸福な日々、書くという幸福~」
https://moriogai-kinenkan.jp/modules/event/?smode=Daily&action=View&event_id=0000002233

会場:文京区立森鴎外記念館 展示室2
会期:2023年10月10日まで
開館時間:10:00~18:00 (最終入館は17:30)
会期中の休館日:9月25日(月)、26日(火)

□モリキネカフェ
https://moriogai-kinenkan.jp/modules/contents/index.php?content_id=20

営業時間:10:30~17:30 (ラストオーダー17:00)

□菊見煎餅総本店
https://www.kikumisenbei.tokyo

住所:東京都台東区上野公園4-58
営業時間:平日/11:00~17:00 (L.O.16:00) 土日祝/10:30~18:00(L.O.17:00)
定休日:月曜日 (9月18日は営業)

□韻松亭
https://www.innsyoutei.jp

住所:東京都台東区上野公園4-59
営業時間:11:00~15:00、(月~土)17:00~23:00(L.O.21:00)、(日・祝)17:00~22:00(L.O.20:30)
定休日:なし

□伊豆榮 本店
http://www.izuei.co.jp/shop#Honten

住所:東京都台東区上野2-12-22
営業時間:11:00~21:00 (L.O.20:30)
定休日:なし

□蓮玉庵
住所:東京都台東区上野2-8-7
営業時間:平日/11:30~19:30 (中休み:15:30~17:00) 日・祝/11:30~19:00 定休日:月曜日、第2第4火曜日

□上野凮月堂
https://corp.fugetsudo-ueno.co.jp/history/?_ga=2.10037175.388715818.1693834360-1702140260.1693444505

住所:東京都台東区上野1-20-10
営業時間:10:30~18:00 定休日:元日、月曜日

□愛玉子
住所:東京都台東区上野桜木2-11-8
定休日:不定休

□カヤバ珈琲
https://www.instagram.com/kayabacoffee

住所:東京都台東区谷中6-1-29
営業時間:平日/10:00~17:00 土日・祝/9:00~18:00
定休日:月曜日


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2023/09/07

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