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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第9回:目白・寄り道建築歩き

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


こんな時期は家にいて、芽吹きはじめた庭木やハーブの手入れ、ちょっとしたdarning(繕い物)、お水取りの糊こぼし椿を和紙でつくったり、少し変わったレシピの料理、そして忘れかけていた本の再読や”積ん読”状態の本を読むことにした。

内藤廣の『建築のはじまりに向かって』を読み終わり、ついに文筆家・佐伯誠さんから教えられたレベッカ・ソルニットの『ウォークス 歩くことの精神史』という、分厚い本にとりかかる。

長時間椅子に座って本を読んでいると、こんな文章に突き当たった。

「ある春の日、歩くことについて書こうとしていて、やはり机は大きなスケールの物事を考える場所ではないと思い直してわたしは立ち上がった。」

そして、ソルニットはサンフランシスコのベイエリアを6マイル(約10 km弱)ほど回遊しながら歩きはじめ、歩きながら考える。

「机の前に座っているより、歩いている方が面白い考えが浮かんでくる」と、以前POSTALCOのマイク・エーブルソンさんが文筆家の佐伯誠さんとのトークショーで語っていたことを思い出した。

その時にsedentary death syndrome(座りすぎが死につながる症候群)のことも話題に出て、「ヘミングウエイは立って書いていたね」と、佐伯さん。スタンディング・デスクのことへと話題は移った。

こんなスタンディング・デスクだったとは。

ヘミングウエイ

立って書いたり読んだりもいいが、取りとめもなく歩くのも良さそうだ。
新しいお店ができると聞いて、行先は目白にした。目白あたりは名建築が点在しているので、私なりの寄り道をして。

子どもの頃に通っていた「自由学園幼児生活団」という幼稚園は「自由学園明日館」の向かいにあって、目白駅から線路沿いの小道を歩いて通園していた。

自由学園明日館
羽仁吉一、もと子夫妻が創立した自由学園の校舎としてフランク・ロイド・ライトの設計により建設された。(1921年)
写真提供:自由学園明日館
自由学園明日館の講堂
敷地の南側に建つ講堂。遠藤新の設計(1927年)
写真提供:自由学園明日館

「自由学園明日館」は、言わずと知れたフランク・ロイド・ライトの設計。1999年から2年をかけて保存修理工事されたが、窓枠の色が見慣れた焦げ茶色から淡い緑に変わっていて驚いた。これは建設当時の色に戻したということだそうだ。
講堂はライトの弟子の遠藤新による設計。明日館も講堂も子どもの頃からなじみ深い建物だ。

目白には遠藤新の手になる教会「目白ヶ丘教会」(1950年)もあって、優雅な尖塔が遠くからでも目に入る。その道の先には「日立目白クラブ(旧・学習院昭和寮)」が見えてくる。これも「明日館」と同じく、昭和初期の建築。

目白通りに戻ると、いくつかの洋菓子店がある。
「エーグル・ドゥース」は良く知られているが、ちょっと見過ごしてしまうほどこじんまりとした「カオリヒロネ」もいい。ここは吉谷博光デザインの内装やロゴ、パッケージなどが魅力的で、巷に溢れるいわゆる“フランス風ファンシー”なパティスリーとは、一線を画している。

カオリヒロネ
カオリヒロネ
カオリヒロネ

その店の先の角を曲がって一本裏の道に入ると「吉村順三記念ギャラリー」に出る。ここでは奇数月の最初の土日の午後に「小さな建築展」が開催されていて、吉村作品の設計図や模型、建築事務所のOB所員の方たちからさまざまな話を聞くことができる。この通りには、骨董店や子どもの本の店など小さな店もいろいろある。

再び目白通りに戻って、護国寺方面に歩き出す。学習院の緑を右に見てしばらく行くと、歯科医院のあるビルがある。そこをビルに沿って左に曲がり、ビル裏の階段を降りたところに「TALION GALLERY(タリオン・ギャラリー)」という名のアートのギャラリーが出現する。ここは、何度行っても必ず迷う場所。小金沢健人やHIMAAこと平山昌尚など、海外の評価も高い現代アート作家の展示が時々開催される。

千登世橋から、明治通りに降りて池袋方面へしばらく歩くと見えてくる緑色のビル。そのビルの階段を上がって2階に行くと「うぐいすと穀雨」というパン屋がある。カフェも併設しているので、窓際に座り明治通りの並木の緑を眺めながらトーストを食べるのもいい。

日本女子大学 成瀬記念講堂
日本女子大学 成瀬記念講堂(1906年)。清水組の設計・施工により建てられた。関東大震災で、外壁の煉瓦壁が損傷したたため現在のような木造外壁に改修された。
写真提供:日本女子大学

目白通りに引き返して雑司ヶ谷エリアに。ここからしばらくは日本女子大学のテリトリーで、「成瀬記念講堂」は1906年(明治39年)の竣工。以前ここで、日本女子大学住居学科で教鞭をとっていた伊東豊雄のレクチャーがあり、教え子の妹島和世、貝島桃代の卒業制作の話を聞いたことがある。

日本女子大学図書館の外観
日本女子大学図書館の外観。
写真提供:日本女子大学

道を挟んで建つ真新しいガラス貼りの建築は日本女子大学の図書館で、昨年4月に開館したそうだ。住居学科の卒業生である、妹島和世の設計。街に向かって開かれているし、内部も個々のプライバシーは保ちつつ他の人の存在も感じられる距離感のある空間。そのような場のあり方を妹島は「それぞれに自分の時間を過ごしているけれど、柔らかく、みんなとここにいるな、ということを無意識に感じられるわけです」と語っている。

数年前、SANAAが手掛けたフランス・ローザンヌにある「ロレックス・ラーニング・センター」に行ったが、そこにも孤立せず距離を保ち、ウネウネとした床に寝そべったり座ったり思い思いの姿勢で勉強する学生たちがいた。

そこを過ぎると「目白台運動公園」。田中角栄の目白御殿跡だ。
この公園の巨木の存在感はどうだろう。田中角栄よりもっと遡り、江戸時代の地図では小笠原信濃守の下屋敷跡だったことを知ると納得できる。

続く、男子学生寮「和敬塾」「永青文庫」「肥後細川庭園」は、肥後熊本細川越中守下屋敷跡にできたものだ。

和敬塾本館(旧細川侯爵邸)
和敬塾本館(旧細川侯爵邸)大森茂、臼井弥枝 設計(1936年)
写真提供:和敬塾
和敬塾本館一階のエントランス
和敬塾本館一階のエントランス。
写真提供:和敬塾

「和敬塾」の前には横断歩道があり、そこを渡るとオープンしたばかりの店「塔屋」の前に出る。

塔屋
塔屋
塔屋
塔屋

古いもの、新しいもの、日本のもの、外国のもの、衣服も浮世絵も生活の道具も、吉田直嗣のシェイプの際立つ白と黒のうつわと均衡を保って並んでいる。
店主の和田基樹さんに、「何故目白に?」と聞いたら「田中角栄が好きで……。」との答え。江戸時代の音羽あたりの古地図を見せられて、なるほどと思った。

あ、店名の由来を聞くのを忘れた。店を出てしばらく行くと「東京カテドラル聖マリア大聖堂」の60mを超える尖塔が見えてきた。答えはこれかも知れない。

東京カテドラル聖マリア大聖堂
東京カテドラル聖マリア大聖堂 丹下健三設計(1964年)上空から俯瞰すると頂部は十字架のかたちになっている。
写真提供:東京カテドラル聖マリア大聖堂
東京カテドラル聖マリア大聖堂
写真提供:東京カテドラル聖マリア大聖堂

「建築は、それを成立させる共同体に時間意識を紡ぎ出す装置なのだ」(内藤廣『建築のはじまりに向かって』)

目白を歩きながら、この言葉が妙に腑に落ちた。


<関連情報>

□「自由学園明日館」 フランクロイドライト設計(1921年)
https://jiyu.jp
※見学可。詳細はHPへ

□「目白ヶ丘バプテスト教会」 遠藤新設計(1950年)
http://mejirogaoka-church.com
※現在見学対応を休止中。詳細はHPへ

□「日立目白クラブ」 旧・学習院昭和寮 宮内庁設計(1927年)
※見学不可

□パティスリーカオリヒロネ
住所:新宿区下落合3-20-1 tel & fax:03-5996-3300
Facebook:@hironekaori
Instagram:@hironekaori

□吉村順三記念ギャラリー
www.yoshimurajunzo.jp

□「TALION GALLERY(タリオン・ギャラリー)」
www.taliongallery.com

□うぐいすと穀雨
www.uguisu-kokuu.com

□「日本女子大学図書館」 妹島和世設計(2019年) 
http://lib.jwu.ac.jp/lib/
 

□「ロレックス・ラーニング・センター」The Rolex Learning Center 
https://www.epfl.ch/campus/visitors/fr/batiments-phares/rolex-learning-center/

□「和敬塾本館」 大森茂、臼井弥枝 設計(1936年) 
www.wakei.org/honkan/
※見学可。申し込み方法に関する詳細はHPへ

□塔屋
Instagram:@toya_mejirodai_tokyo

□「東京カテドラル聖マリア大聖堂」 丹下健三設計(1960~64年)
https://cathedral-sekiguchi.jp
※見学可。詳細はHPへ

□「目白台運動公園」(旧・小笠原信濃守下屋敷)
www.mejirodaipark.jp

□「肥後細川庭園」(旧・肥後熊本細川越中守下屋敷)
www.higo-hosokawa.jp

□「椿山荘」(旧・久留里藩黒田氏下屋敷→山縣有朋邸)
https://hotel-chinzanso-tokyo.jp/garden/history/


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2020/03/19

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