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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第32回:目黒にようこそ

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


日本におけるデザイン・ホテルの先駆け「Hotel CLASKA(ホテル クラスカ)」が昨年の12月に建物の老朽化のため閉館し、2階にあった「CLASKA Gallery & Shop "DO" 本店」の ギャラリーも移転することになった。

2020年12月に閉館したCLASKA(クラスカ)外観
2020年12月に閉館した「Hotel CLASKA」外観。 写真:山平敦史
CLASKA(クラスカ)の2階にあったショップ
Hotel CLASKAの2階にあった「CLASKA Gallery & Shop "DO" 本店」。2010年は奥のスペースで藤城成貴の展示「shelves and mobiles」展が開催された。

このギャラリーでは美術家の澄敬一やフィリップ・ワイズベッカーなど他では見られない特別な展覧会が幾度も企画され、その度に目黒駅からバスにゆられて通ったものだ。
目黒通りから今度はドレメ通りに引っ越したというので、早速訪ねてみた。

ドレメ通りというだけあってドレメ(ドレスメーキング)=杉野学園関連の校舎や衣装博物館、図書館などの建築が道を挟んでいくつも建っている。

杉野記念館
スタンフィード大学卒業後アメリカで建築家として働いていた杉野繁一設計の杉野夫妻の旧居。校舎、体育館、衣装博物館などの設計も彼の手になるもの。 写真提供:杉野記念館
杉野記念館
予約制で見学も可能(要問い合わせ)。左)玄関に施されたステンドグラス。 中)応接室の待合として使用されていた部屋。 右)二階へ続く階段。 写真提供:杉野記念館

中でも目を引くのは杉野学園の創立者である杉野繁一、杉野芳子夫妻が住んでいた旧居・「杉野記念館」(1938年竣工)と、杉野関連ではないが「カトリック目黒教会」(1954年竣工 聖アンセルモ目黒教会)で、杉野記念館はスタンフォード大学で土木工学を学んだ建築家でもあった杉野繁一の設計、教会はフランク・ロイド・ライトの弟子であるアントニン・レーモンドの設計だ。

教会聖堂は高さ15m、縦15m、横30mの美しいバランスの建築で、東京都選定歴史的建造物に指定されている。 

カトリック目黒教会
教会聖堂は高さ15m、縦15m、横30mの美しいバランスの建築で、東京都選定歴史的建造物に指定されている。 写真:筆者提供
カトリック目黒教会
写真:筆者提供
カトリック目黒教会
昨年12月クリスマス前に行われた東京教区の菊地大司教が司式をされたミサの様子。コロナ禍の中で、一列1.5m離れて3人ずつ座り、聖堂に48名だけ入堂してミサを行った。 写真提供:カトリック目黒教会

これらを横目にさらに進むと、右手に「マンション雅叙苑」の入り口が見えてくる。
ここは中庭を囲んで5つの棟があり、1971年にできた頃はプールやレストランなどがあり最先端のマンションとして有名だったという。

GALLERY CLASKA(ギャラリークラスカ)
GALLERY CLASKAのスペースは、マンション雅叙苑オープン時はレストランだった。ガラスの扉は当時のまま。 写真:CLASKA
GALLERY CLASKA(ギャラリークラスカ)
ウォールライトはホテルの客室フロアの通路で使用していたクラスカ創業時のもの。 写真:CLASKA
GALLERY CLASKA(ギャラリークラスカ)
写真:CLASKA
GALLERY CLASKA(ギャラリークラスカ)
写真:CLASKA

扉の分厚い丸いガラスの取手を押して入る。
Hotel CLASKAにあった倉俣史朗のアンブレラ・スタンドも、内田鋼一の巨大な壺も無事居場所を得ていた。この大壺のひびは3.11の時に入ったものだと聞いた。あれから10年経って、金継ぎがまた“景色”になっている。
以前の建物と同じように躯体を露出させた高い天井、見慣れた什器もピタリと収まってギャラリーは再開していた。

「古賀充 RELOCATE」の文字を、真鍮のウォールライトが照らしている。
古賀充は時間や次元を置き換える作家だ。 私がはじめて魅きつけられた作品は「LEAF CUTOUTS」(2009年~)で、枯葉を切り抜くことで葉脈が枝に姿を変え、一枚の葉が大樹に変貌するという連作にヤラレた。

GALLERY CLASKA(ギャラリークラスカ)
写真:CLASKA
GALLERY CLASKA(ギャラリークラスカ)
新作の「Ply works」。紙のように薄い板を重ねて貼り合わせた木の本。反り返る表紙は無垢材から彫り出されている。 写真:CLASKA
「古賀充 RELOCATE」展覧会メインビジュアル

展覧会のメインビジュアルになっている引っ越しのダンボール箱、小学校の木の椅子も3次元を2次元に置き換えた“FLAT WORKS”シリーズだ。
日常の中に偏在するありふれたモノの位相を変えることで生まれた作品は、それを見る我々を異空間に誘い出す。

GALLERY CLASKAを出て権之助坂へ。以前は階段を上ったところに「洋菓子舗 ウエスト」があったが、それもずいぶん前に閉店した。ウエイトレスの白いシャツと黒いタイトスカートが清楚で、テーブルには「風の詩」という小冊子が置かれていて投稿された文章や詩が掲載されていた。ウエストは正統派喫茶店の理想像だ。
目黒通りを下り、目黒川を渡って右折し川沿いを歩くと公園の向こうに「目黒区美術館」が見えてくる。

目黒区美術館「前田利為 春雨に真珠をみた人」展ビジュアル

この美術館で開催される企画は独特で多岐にわたり、過去のイームズ夫妻、ネフ社のおもちゃ、秋岡芳夫、シャルロット・ペリアン、ジョージ・ネルソン、村野藤吾、藤田嗣治の本の仕事など、デザインや建築に関わる展示は見逃せないものが多かった。
戦後、画家の藤田嗣治がアメリカ経由でフランスへと“脱出した”時、日本を出国する手助けをしたGHQの民政官がいた。
画家や作家、歌舞伎役者など日本の文化人と交流の深かったフランク・E・シャーマンで、彼の撮った写真を中心にした展覧会『フランク・シャーマンと戦後日本人画家、文化人たち展』(1994年)。そして『“文化”資源としての<炭鉱>展』(2009年)などもあった。
これらの展示は、歴史の中に埋もれてしまいがちな戦後日本の「文化」の状況や、炭鉱の置かれた位置を「文化」の問題として取り上げていて見事だった。

目黒区美術館の概要には「当館は地域に息づく身近な美術館、気軽に美術に親しめる憩いの場、さらには美術を媒介とした都市生活者の自己再発見の場として機能しています。」とあった。
“都市生活者の自己再発見の場”という存在理由はなかなか素敵だ。

フランソワ・ポンポン「バン」
フランソワ・ポンポン《バン》1930年 (公財)前田育徳会蔵
フランソワ・ポンポン「シロクマ」
フランソワ・ポンポン《シロクマ》1930年 (公財)前田育徳会蔵

今開催されているのは、加賀前田家の近代美術コレクションで、フランソワ・ポンポンの「白熊」(1930年)が出展されている。
前田家16代当主 前田利為は、明治天皇の行幸を本郷の新築の自邸に迎える準備で西洋絵画を収集しはじめたそうだが、本郷を離れ駒場に洋館を建築した頃に、利為自らパリのポンポンのアトリエを訪ねオーダーしたのがこの「白熊」と「バン(鷭)」だそうだ。
パリのオルセー美術館にある巨大な「白熊」(1922年)はポンポンが67歳の時の作。「アール・デコ パリ万博」(Exposition Internationale des Arts Décoratifs et Industriels Modernes 1925年)最大のパビリオンで、装飾美術家協会が総力を上げてつくり上げたメイン会場「pavillon-de-l-ambassade-francaise(フランス大使館)」の玄関にもこの「白熊」は飾られた。なので「アール・デコの白熊」とも呼ばれている。

Exposition Internationale des Arts Décoratifs et Industriels Modernes de Paris 1925
https://www.worldfairs.info/expopavillondetails.php?expo_id=33&pavillon_id=2896

オルセー美術館に展示されている白熊
オルセー美術館のポンポン作「白熊」(1922年)。 写真:筆者提供

前田侯爵が頼んだのは小さなサイズのものだが、愛らしさでは引けを取らない。この夏には「京都市京セラ美術館」で大規模なフランソワ・ポンポンの展覧会が開かれる予定で、「白熊」にまた再会できる。

東京都庭園美術館
東京都庭園美術館(アンリ・ラパン設計 旧朝香宮邸 1933年竣工)アール・デコ様式のファサード。 東京都庭園美術館 本館 正面外観

次は、アール・デコ全盛の頃のパリに長期にわたり滞在し、パリ万博をまのあたりにした朝香宮夫妻がアンリ・ラパンに設計を依頼した旧朝香宮邸(1933)=「東京都庭園美術館」へ向かうことにしよう。

今開催中の展覧会は紙の専門会社「竹尾」の所蔵する3200点あまりのポスター・コレクションから130点を選び展示をした『20世紀のポスター[図像と文字の風景]展』だ。1910~20年代にアートやデザインに革新をもたらした「構成主義」がその後どのような発展を遂げたのか、ポスターによって辿るという試みだ。

東京都庭園美術館
ヨゼフ・ミューラー=ブロックマンの1959年のポスター4点。 写真提供:東京都庭園美術館
エル・リシツキー「ソヴィエト連邦展/チューリッヒ工芸美術館」
2階書庫に掲げられたエル・リシツキー《ソヴィエト連邦展/チューリッヒ工芸美術館》のポスター。 エル・リシツキー《ソヴィエト連邦展/チューリッヒ工芸美術館》 1929年
ポスター
左)ヤン・チヒョルト《構成主義者展/クンストハレ・バーゼル》 1937年 ⓒTschichold family 右)エミール・ルーダー《マックス・ベックマン展/クンストハレ・バーゼル》 1956年 ⓒEmil Ruder
ポスター
左)ジャン゠ブノワ・レヴィ《マルクトブラット/無料広告新聞》 1989年 ⓒJean-Benoit Levy (AGI/AIGA), Studio AND (www.and.ch), Photo : Alexandre Genoud  右)メアリー・ヴィエイラ《パンエア・ド・ブラジル航空 DC7C機/パンエア・ド・ブラジル》 1957年 ⓒIsisuf. Istituto internazionale di studi sul futurismo - Archivio Mary Vieira, Milano. All rights reserved.

ロシア構成主義のリシツキーやシュテンベルク兄弟、バウハウスのヘルベルト・バイヤー、ヤン・チヒョルトやマックス・ビルのタイポグラフィーだけのポスターなどは惚れ惚れする。オトル・アイヒャーの1972年のミュンヘン、1976年のモントリオール・オリンピックのためのピクトグラムもある。

この展覧会で見応えがあるのは、新館のギャラリー1に展示された年表とサークル・チャートだ。年代ごとに分けて分析されたポスターに見る用紙・印刷技術・書体の利用傾向。これはわかりやすい。

東京都庭園美術館
この展覧会のポスターを制作時期、内容ごとに3つの章に大別し、その用紙、印刷版式、書体の利用傾向を集計した展示。新館「ギャラリー1」で。 写真提供:東京都庭園美術館

新館のギャラリーを出ると、光が燦々と降り注ぐカフェがある。

タイポグラフィケーキ
写真:筆者提供

ここ「café TEIEN」は展示に関連したスイーツがあるのも楽しみなところで、今回は展覧会のポスターそっくりな書体のケーキが並べられていた。
ここまで手がこんだことをするミュージアム・カフェもあまり見当たらない。
庭園の大木を眺めながらのティータイムはいつも本当に贅沢だと思う。

目黒駅までの帰りに、もう1箇所寄り道をするところがある。
フランク・ロイド・ライトの事務所タリアセンにいた土浦亀城が設計した自邸だ。この建築の竣工が1935年だから、朝香宮邸とさして変わらないことになる。

土浦亀城が設計した自邸
写真:筆者提供

以前、建築家 槇文彦さんの講演会で、幼い頃に近所に住む村田政真(当時土浦建築事務所 所員)に連れられて見たのがこの土浦邸というモダン建築で、その吹き抜けの空間やガラスと鉄の素材があまりにも衝撃的で「子ども心に強烈な印象」を与えられたと語られていた。
https://tsuchiurateifriends.org/about

都の有形文化財に指定されているが、竣工当時のように修復して一般にも公開して欲しいものだといつも思う。


<関連情報>

□古賀充展 RELOCATE
https://do.claska.com/news/2021/02/mituru_koga_relocate.html
会期:2021年2月20日(土)~3月14日(日) 事前予約制
会場:GALLERY CLASKA(東京都品川区上大崎4-5-26 マンション雅叙園2号館1階)
※JR線・東急線・東京メトロ「目黒」駅西口・正面口より徒歩6分。
営業時間: 水曜~日曜 11:00~18:00  定休日:月・火曜
Instagram @gallery_claska

□杉野学園衣裳博物館
杉野学園の創設者杉野芳子によって1957年に設立された衣裳博物館。 常設展示や企画展示が開かれてきたが、新型コロナウイルスのため、今は一般公開はしていない。
https://www.costumemuseum.jp

□前田利為 春雨に真珠をみた人
-前田家の近代美術コレクション-

https://mmat.jp/exhibition/index/
会期: 2021年2月13日(土)~3月21日(日)
会場:目黒区美術館(東京都目黒区目黒2-4-36)
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日:月曜日

□旧前田伯爵本邸(1930年)
https://www.syougai.metro.tokyo.lg.jp/sesaku/maedatei.html

□フランソワ・ポンポン展(京都市京セラ美術館)
2021/07/10 — 2021年夏、日本で初となるフランスの彫刻家フランソワ・ポンポン(François Pompon, 1855-1933)の回顧展が開催予定
https://kyotocity-kyocera.museum/exhibition/20210710-20210905

□「20世紀のポスター[図像と文字の風景]──ビジュアルコミュニケーションは可能か?」
https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/210130-0411_ConstructivePostersOfThe20th.html
会期:2021年1月30日(土)~4月11日(日)
会場:東京都庭園美術館(本館+新館)(東京都港区白金台5-21-9)
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日:3月10日・24日、4月5日
※2021年4月より、休館日が毎週月曜日に変更となります。
ハローダイヤル:050-5541-8600

□土浦亀城邸(1935年)
https://jp.toto.com/tototsushin/2018_summer/modernhouse.htm https://tsuchiurateifriends.org https://www.tozai-as.or.jp/mytech/86/86_maki05.html


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2021/03/03

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