Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
今年の3月3日は身を切るような冷たい突風が吹き荒れた。
その前日は横なぐりの雨だった。
「3月はライオンのようにやってきて、子羊のように去っていく」という英国の諺があるそうだ。
March comes in like a lion, and goes out like a lamb.
英国では3月は荒々しい気候ではじまり、穏やかな陽気で終わるのが常だという。
そんな荒天が続く3月のはじまりだった。
静嘉堂文庫美術館では『岩﨑家のお雛さま』展が3月28日まで開催されている。
4月10日からはじまる次回展をラストに、2022年に美術館展示ギャラリーを丸の内の「明治生命館」内に移転すると聞き、この地での雛の展示が見たくて桃の節句に訪れた。
なだらかな丘を登ると静嘉堂文庫と美術館の建築が見えてくる。
はじめに出迎えてくれるのは、丸い次郎左衛門頭の大きな立ち雛、そして貝原益軒の『日本歳時記』の雛の頁が広げられ、江戸時代の享保雛もいいお顔だ。
御所人形のようにふっくらと丸い顔の稚児姿の内裏雛は本当に愛らしい。三菱第4代社長・岩﨑小彌太が孝子夫人のために京都の人形司・丸平大木人形店で誂えたものだという。
お道具の数々と私の大好きな犬筥の対も大小様々に並んでいる。
前田青邨に絵を学んだ岩﨑小彌太の描いた紅梅の老木「紅梅図」、そして「紅白梅図屏風」(伝 尾形光琳)は外の春めいた空気と呼応しているようだ。
ロビーに置いてあった次回展示『旅立ちの美術』の予告リーフレットには”行くぞ、丸の内!”の文字と共に、河鍋暁斎の画帖『地獄極楽めぐり図』からの1枚「極楽行きの列車」が配されていた。
この絵は暁斎のパトロンであった日本橋大伝馬町の大店、小間物問屋の「勝田五兵衛」の愛娘で14歳で夭逝した
田鶴の臨終から来迎、極楽往生までを描いていて、少女・田鶴は菩薩や天女たちに付き添われて、まるでテーマパークで遊ぶように冥界ツアーを楽しんでいる様子だ。
この画帖は静嘉堂文庫美術館では2018年の展示でも4期にわたって公開されたが、次回も話題の展示になるだろう。
以前サントリー美術館の『河鍋暁斎 その手に描けぬものなし』展(2019年)で見たことがある『ひな祭り図』(1870年)は、「あそべるも ことしかぎりか 雛まつり」の辞世の句を残し前年の三月十日に逝った田鶴の一周忌のための絵で、田鶴と二人の菩薩がにこやかに雛人形の飾り付けをしている図だ。
http://enmi19.seesaa.net/article/464439708.html
田鶴を亡くした両親の喪失感と悲しみをどうにかして慰めようと、全霊を込めて描いた暁斎。
アートによるレクイエムは心にしみ入る。
美術館の南側は急斜面の庭園になっていて、国分寺崖線の一部だそうだ。
そこには水仙の花がほころんでいるし、目を転じると遠く富士山を望むこともできる。
岡本から瀬田に続くこの辺りは、かつて華族や政財界人たちの週末を過ごすための別邸が数多く建てられたそうで、近くの旧小坂家住宅は現存する数少ない建築だという。 2階建で和風の主屋棟と洋風の寝室棟、山小屋風の書斎棟で構成されている。戦時中は横山大観も空襲を避けるため、樹林地の中にあった茶室に一時期移り住んだそうだ。
ジョサイア・コンドル設計の「岩﨑家廟」(1910年)の側に、小彌太によって父・彌之助の17回忌に際して静嘉堂文庫が建てられた。
ファサードはちょっとウイリアム・モリスの住んだケルムスコット・マナーに似ている。
静嘉堂文庫の手前を左に折れると裏門に出る。その坂道を下ると「岡本公園民家園」。江戸時代後期の農家「旧長崎家」が移築されていて、「生きている古民家」をテーマにかつての世田谷で一年を通じて行われていた様々な行事を「民間暦」として再現して見せている。
ひなまつりのその日まで世田谷区民から寄贈された大正時代と昭和初期の7段飾りのお雛さまが飾られ、「三月節句」がこの地域でどのようなかたちで伝承されてきたか、またその日に供える料理までが細かな説明付きで展示されていた。
隣接する保育園の園児たちが遊びの手を休めてお雛さまを眺める姿が印象的だった。
─「雛段の 鏡小さき 虚を映す」 山口誓子
─「雛納めしつつ外面は嵐かな」 高浜虚子
我が家の雛納めは、穏やかで長閑なお天気の日にすることにしよう。
<関連情報>
□静嘉堂文庫美術館
http://www.seikado.or.jp/
>「岩﨑家のお雛さま」
会期:2021年2月20日(土)~3月28日(日)
開館時間:10:00~16:30(入館は16:00まで)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は開館し翌火曜日休館)。
入館料:一般1000円、大学生・高校生および障害者手帳をお持ちの方(同伴者1名含む)700円、中学生以下無料
>「旅立ちの美術」
2022年に丸の内へ移転する前の最後の展覧会。静嘉堂文庫美術館所蔵の国宝7点全てを一挙公開(前期のみ)。
会期:2020年4月10日(土)~6月6日(日)
前期:4月10日(土)~5月9日(日) 後期:5月11日(火)~6月6日(日)
開館時間:10:00~16:30(入館は16:00まで)
休館日:毎週月曜日、5月6日(木)(ただし5月3日(月・祝)は開館)。
入館料:一般1000円、大学生・高校生および障害者手帳をお持ちの方(同伴者1名含む)700円、中学生以下無料
□旧小坂家住宅
昭和12年(1937年)に、信濃銀行取締役、信濃毎日新聞社長を歴任、後に貴族院議員、枢密顧問官を務めた小坂順造(1881年~1960年)の別邸として建設されたもの。敷地は国分寺崖線上の縁辺部にあり、敷地の約半分は斜面地となっている。平成11年(1999年)に世田谷区指定有形文化財に指定。「瀬田四丁目旧小坂緑地」として公開している。
住所:東京都世田谷区瀬田4丁目41番21号
開館時間:9:30~16:30
休園日:月曜日(ただし月曜日が祝日の場合は次の平日)、年末年始(12/29~1/3)
□岡本公園民家園
住所:東京都世田谷区岡本2丁目19番1号
開園時間:09:30~16:30(元日は10:00~15:30)
休園日:月曜(月曜が祝・休日の場合翌日の平日)、年末年始(12/28~12/31、1/2~1/4)
https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/kusei/012/011/002/d00122210.html
□西河製菓店
二子玉川商店街にある1967年創業の昔ながらの和菓子店。春は桜餅、夏は葛餅、秋はおはぎ、冬は寒餅と季節ごとの和菓子が並ぶ。一年を通じてみたらし団子や豆大福、お赤飯、いなり寿司なども。
住所:東京都世田谷区玉川3-23-29
営業時間:09:00~19:00(無くなり次第終了)
定休日:月曜日