Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
通常なら「展覧会は初日に行く」を不文律にしていたが、この状況下それは封じることにした。
——「臆病者のほうが長生きできる。それもよかろう」(エヴァンゲリオン 第拾七話 冬月コウゾウ副指令)
この言葉を
”不要不急”といえば世の中すべてはそうかもしれないし、反対にすべてが”重要火急”と言えなくもない。
気付くと「ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)」での「SURVIVE-EIKO ISHIOKA/石岡瑛子 グラフィックデザインはサバイブできるか」展の前期、後期 2期に渡っての展覧会の後期「グラフィック・アート」の最終日だ。
細心の注意を払って電車の空いている時間を調べ、車両を選んで乗り、久々の銀座に向かった。
「東京都現代美術館」で開催された石岡瑛子展での華やかな広告の仕事やNY時代以降のコスチューム・デザインの仕事とはうって変わって、gggの地下1階の展示はPARCO以前1970年代初期の書籍の装幀の仕事関連の展示が充実していた。
あ、この本もこの本も石岡瑛子の手によるものだったのかとはじめて気付くことも多かった。それほど石岡調が前面に出ていない。
この『マルセル・デュシャン』(美術出版社刊 1977年)という本は日本を代表する美術評論家・東野芳明のマルセル・デュシャンについての評論集だ。
ブック・デザインを担当した石岡は「残念なことに、私がデュシャンと対話出来るスペースは、章扉、目次、表紙、ジャケットなどの、月並みな箇所に限られていた。この本をデザインするにあたって異質な材料を持ち込むのは、この本の精神に反していると考えた。したがって材料は添加物なしの100%マルセル・デュシャンで料理した。」と言及している。(『石岡瑛子風姿花伝 EIKO by EIKO』 求龍堂刊 1983年より)
ブック・デザインの限界を吐露した言葉だ。なので、限界突破をするために次のステージにEIKOは進んだのだろう。
gggを出て銀座通りを日本橋方向に歩いて向かったのは、「三井記念美術館」で行われている「小村雪岱スタイル 江戸の粋から東京モダン」展。
大正から昭和初期にかけて画家の範疇に収まらない商業美術の先駆ともいえる仕事を残した
雪岱は泉鏡花から指名され、著書「日本橋」(1914年)の装幀を任されて以来、鏡花のほとんどの装幀を手がけてきた。新聞小説の挿絵、雑誌の表紙、舞台装置の美術、資生堂意匠部での仕事など多岐にわたる。
三井記念美術館での展示は鈴木春信からの影響も丁寧にひもとかれて興味深い。江戸期のモチーフが大きな余白に効果的に配される画面は斬新で、まるで現代建築のように見える。
雪岱は「資生堂書体」という独特のタイポグラフィー製作にも寄与している。
西欧の模倣ではなく、日本独自の美学を基調としたデザインを求めた資生堂社長・福原信三は、装丁家として活躍していた小村雪岱を見込んで「資生堂意匠部」に招いた。装丁や挿し絵など、これまでの仕事も続けて構わない、という破格の条件で。
雪岱が資生堂意匠部に所属したのは1918~23年(大正7〜12年)のわずか5年だが、その間に福原から「資生堂」ロゴ作成の指示があった。雪岱は宋版本『寒山詩集』復刻本宋朝体を参考にアイディアを出したそうだが完成までに退社、けれどこれが「資生堂書体」と呼ばれるタイポグラフィーの基礎となったという。
今でも資生堂宣伝・デザイン部に配属された新人デザイナーは1年かけてその書体を手書きで体得し、その精神や美意識が伝承されているという。
YouTube > 資生堂書体「美と、あそびま書。」資生堂
時期を重ねて「千代田区立日比谷図書文化館」でも『複製芸術家 小村雪岱 装丁と挿絵に見る二つの精華』展(2021年1月22日〜3月23日)が開かれていた。
華麗な「鏡花本」の数々、「新聞小説の挿絵」、「雑誌の挿絵」、「資生堂意匠部」の仕事など膨大な印刷物=複製芸術が展示され、その中に見つけたのは1932年(昭和7年)に1年間に渡って描いた『婦人之友』の表紙、時代景物のシリーズだ。
雪岱には珍しい近代的な建築のモチーフで、1月号はビル群。まるでフィリップ・ワイズベッカーかと見まごうほどのモダンさだ。
婦人之友社の来年号の表紙予告に「来年の婦人之友の表紙に、人生の風景ともいふやうな画を舞台装置的に立体に描き表して頂くことになりました。」とあったようだ。
雪岱の近代的ビルの絵の上に「合理的生活への飛躍」の文字。羽仁もと子の元、生活を科学し、家事の合理化の啓蒙を続ける唯一の女性誌ならではの表紙のビジュアル。さすが『婦人之友』の見識の高さ。
日比谷図書館での小村雪岱展最終日に滑り込んだ後、向かったのはリクルートビルの1階にある「クリエイションギャラリーG8」だ。
アートディレクターでデザイナーの
2008年のシンガポール「ジャパン・クリエイティブ・センター(JCC)」での個展はあったが、展覧会を日本で開くのははじめてだという。
数々の雑誌のエディトリアル・デザインを手がけてきた木村裕治だが、その誌面を並べるようなことはしないだろうと予想はついていた。
やっぱり。
案内状にあったように「個展をするに、仕事は一旦終わったもの。そのままを展示するな、という声が聞こえてくる」
Agree!
この展示はすべて木村裕治の頭の中、文字と画像のブリコラージュだ。
さまざまなクライアントがデザイナーに求めるものは得てして「お約束通り」の「ありがち」で「既視感」のあるものが多い。
「予定調和」に居心地の悪さを常に感じる木村裕治が、そんなことに屈服するわけがない。
まだ誰も踏み込んでいない土地を探すため、依頼されたコンセプトにも編集内容にもダメを出す。それに慣れていない担当者は面食らう。締め切りもあるし……と。
いろいろな時間の制約がなければ、いつまでもいつまでも誌面をああだこうだと動かしていたい人だと思う。
私も編集に参加した、木村裕治の師である江島任の言葉と仕事をまとめた『アートディレクター 江島任 手をつかえ』(リトルモア刊 2016年)は出版までに6年かかったが、許されるならもっと手を加えたかったに違いない。
Vimeo > アートディレクター 江島任 手をつかえ プレビュー動画
先日NHKで放映された「シン・エヴァンゲリオン 劇場版」製作に4年間密着取材した「プロフェッショナル 仕事の流儀 庵野秀明スペシャル」。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2021113018SA000/index.html
「つまらない」「違う」と「シン・エヴァ」のあるパートをすべてボツにして0からはじめようとする庵野秀明を見ていて、あら? どこかで見たような光景だと思った。
<関連情報>
□ 三井記念美術館「小村雪岱スタイル 江戸の粋から東京モダンへ」展
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html
会期:2021年4月18日(日)まで開催中。
時間:11:00~16:00(入館は15:30)
休館日:月曜
※入館日時を30分ごとに分けた「日時指定予約制」を導入しているので事前予約は以下で。
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/booking2.html
□クリエイションギャラリーG8 木村裕治展「落穂を拾う」
http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/2103/2103.html
会期:2021年4月24日(土)まで開催中。
時間:11:00~19:00
休館日:日曜・祝日
入場無料