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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第41回:新橋・サーリネンと堀商店

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


サーリネンと聞いてまず一番に思い浮かべるのは、「チューリップ・チェア」、セントルイスの天高く弧を描く「ゲートウェイ・アーチ」や、J.F.K空港の「TWAターミナル」の設計者エーロ・サーリネン(1910-1961)ではないだろうか?
「パナソニック汐留美術館」で開催中の「サーリネンとフィンランドの美しい建築」展はその父、フィンランドのモダニズム建築の先駆者エリエル・サーリネン(1873-1950)の展覧会だ。
汐留や新橋にはあまり行く用事はないが、やはりこのミュージアムがあるから足を運ぶ。 アスプルンドもヴォーリズの展示もここで見たのがはじめてだったし、「中村好文 建築家の流儀」展、「白井晟一 精神と空間」展、「今和次郎 採集講義」展は本当に傑出した企画だった。

今回の展覧会ではエリエル・サーリネンの初期の作品「パリ万国博覧会フィンランド館」(1900)、「ポポヨラ保険会社ビルディング」(1901)、「ヴィトレスク」(1903)、「ヘルシンキ中央駅」(1914)、都市計画などフィンランドでの活動から、新天地アメリカへの足掛かりとなった「シカゴ・トリビューン本社ビル計画案」(1922)、多くの後進を育てた「クランブルック・エデュケーショナル・コミュニティ」(1930-1943)まで多岐にわたる作品群が紹介されている。

「サーリネンとフィンランドの美しい建築展」ビジュアル
写真:筆者提供
ポホヨラ保険会社ビルディング 中央らせん階段
ポホヨラ保険会社ビルディング 中央らせん階段、フィンランド建築博物館
Photo © Museum of Finnish Architecture/ Karina Kurz, 2008 写真提供:キュレイターズ

「パリ万国博覧会フィンランド館」に関する展示の中に、見覚えのあるカーペットがあった。これはフィンランド館の「イーリスの間」に展示された伝統織物ルイユだそうだ。
私がエリエル・サーリネンのことを認識したのは8年前で、へルシンキ中央駅や若き日のエリエルが友人と共同でアトリエを構えたヴィトレスクへ行ってからだった。
このカーペットは、確かヴィトレスクに展示されていた記憶がある。

伝統織物ルイユ
イーリスの間の伝統織物ルイユ「炎」 アクセリ・ガレン=カレラ 1899/1984年(再制作)。 写真:筆者提供
織物と椅子
左)ヴィトレスク内のサーリネン邸のリビングルームに展示されたルイユ。右)イーリスの間のための椅子イーリスチェア。アクセリ・ガレン=カレラ(1899)。 写真:筆者提供
家と緑
左)サーリネンが学友、ゲセリウス、リンドグレンの3名で暮らすスタジオ兼住宅を建設。右)ヴィトレスク湖に面したテラスは蔓草で縁取られている。 写真:筆者提供

この旅はアアルトやアスプルンドなど現代の建築を見ることが目的だったので、20世紀初頭に建てられた装飾の多い建築にあまり興味はそそられなかった。
けれど、ヘルシンキ郊外のヴィトレスク湖畔を臨む緑豊かな環境は本当に素晴らしかった。 寝室や子ども部屋の白い家具や内装の感じは、以前行ったことのあるグラスゴーのチャールズ・レニ・マッキントッシュの建てた「ヒルハウス」(1904)と共通する、クラシックからモダニズムへ移行する新しさが感じられた。

https://www.youtube.com/watch?v=JmKX6FeOc7M
https://www.nts.org.uk/visit/places/the-hill-house/mackintosh-and-the-hill-house?lang=en_gb

ほぼ同時期に、フィンランドでもスコットランドでも同じような方向を目指す建築家がいたのだ。

椅子
サーリネン邸の寝室。寝室の椅子のデザインはエリエル・サーリネン。1902-1903年頃。 写真:筆者提供
ダイニング・ルーム
左)サーリネン邸の子ども部屋。右)サーリネン邸のサンルーム。 写真:筆者提供

ある部屋に入ると、ここでエーロが育ったことの意味の深さを考えさせられた。 ダイニング・ルームの弧を描く壁面と天井へのカーヴ。
この複雑なうねるような躍動感は、TWAターミナルを思わせるものだったからだ。

YouTube > Eero Saarinen's TWA Flight Center at JFK Airport

幼いエーロはこの天井をどんな気持ちで見上げていたのだろう。

ヴィトレスク サーリネン邸
ヴィトレスク サーリネン邸のダイニングルーム、フィンランド文化遺産局 写真提供:キュレイターズ
Photo: Ilari Järvinen/ The Finnish Heritage Agency, 2012
ヴィトレスク サーリネン邸
写真:筆者提供
ヴィトレスク サーリネン邸
写真:筆者提供
ヴィトレスク サーリネン邸
リビングルームの奥の部屋を再現した展示。手前はサーリネンのデザインしたグラス類と燭台。奥のガラス絵のタイトルは「恋敵」。既婚者だったサーリネンはゲセリウスの芸術的才能に恵まれた妹ロヤに夢中になり、ゲセリウスはサーリネンの妻マティルダと恋に落ちる。2組のカップルは1904年の3月の同じ日に結婚式を挙げた。このガラスに描かれた二人の男と一人の女性はその出来事を描いたと言われている。 写真:筆者提供

フィンランドは1917年に独立を果たすが、内戦が勃発するなど政情の不安に陥る。
エリエルの設計したフィンランドの人々の文化をテーマとする大規模な複合施設の計画案も実現されることはなく、そんな中エリエルは「シカゴ・トリビューン本社ビル計画案」の国際コンペに応募する。アドルフ・ロース、ブルーノ・タウト、ワルター・グロピウスなど強豪が参加したコンペだったが、エリエルの計画案は2位を獲得。案は採用されることはなかったが、これが一家で渡米をするきっかけになった。

シカゴ・トリビューン本社ビル
シカゴ・トリビューン本社ビル 国際設計競技応募案 透視図、エリエル・サーリネン、1922年、フィンランド建築博物館
Photo © Museum of Finnish Architecture 写真提供:キュレイターズ

13歳のエーロは父と共にアメリカに渡り、父が設計し、初代校長も勤めた「クランブルック美術アカデミー」で学び、そこでチャールズ・イームズなどと知り合う。その後父の逝去まで父の設計事務所で協働したという。
ヴィトレスクにもエーロ・サーリネンのコーナーが設けられていたが、この展覧会でも最後のコーナーはエーロ・サーリネンの名作椅子の数々だ。

エーロ・サーリネンの名作椅子
エーロ・サーリネン デザインの椅子。左から「ウーム・チェア」と「オットマン」(デザインと製品化は1946年)。「ローテーブル」、「チューリップ・チェア(アーム付き)」、「チューリップ・チェア(アームレス)」、「チューリップ・チェア(スツール)」(全てデザインと製品化は1957年)。製作はノル・スタジオ。 写真:筆者提供

展覧会場を出たところでは、エーロの息子でエリエルの孫にあたる映像作家エリック・サーリネン が制作した「ELIEL SAARINEN "The Father of Lasting Architecture” 」というショートフィルムが上映されていた。
展覧会では写真や解説、実物の家具や工芸品の展示で建築という空間を想像するのだが、映像はそれを上回る臨場感で迫ってくる。

ELIEL SAARINEN "The Father of Lasting Architecture"

このフィルムで印象的なのはフランク・ゲーリーによるエリエルに対する言葉だ。
インディアナ州コロンバスにある「ファースト・クリスチャン教会」(1942)はエリエルの設計で、息子やクランブルックの卒業生チャールス・イームズなどが家具や照明を手がけているという。

ファースト・クリスチャン教会
ファースト・クリスチャン教会
Photo: Greg Hume 写真提供:キュレイターズ

小さなその教会を目の当たりにしたゲーリーは「私は驚きで膝から崩れ落ちました」と語る。
約50mの塔と教会を2つの直方体にしてアシメトリーに組み合わせたもので、過去のどの様式にも捉われていない新しさだったのだ。
「彼は一人の芸術家として家を作ったに違いない。今ではそういう作り方をする人はいない」とゲーリーは続けた。

claass HAUS > Blog > Eliel Saarinen's First Christian Church

YouTube > Eliel and Eero Saarinen's Work on First Christian Church

汐留のミュージアムの他に、新橋には唯一気になる建築がある。
錠前や建築金物の老舗「堀商店」だ。昭和7年(1932年)、小林正紹と弟の公保敏夫の設計で竣工した築89年の建築で、国の有形文化財に指定されている。

旧堀商店
昭和8年頃、竣工時の堀商店。 写真提供:掘商店
旧堀商店
角地に立地する地上4階。地下1階の鉄筋コンクリート建築。曲面になった角がエントランスになっていて、装飾は中世ロマネスクやアラベスクが混在している。 写真提供:GOOD OFFICE

この3月に建物の前を通ったら工事中で、取り壊されるのかと心配していた。
それが竹中工務店の改修設計と改修施工によってシェアオフィスとして運営されて行くという。

旧堀商店
スクラッチタイルの壁面にレリーフの装飾。 写真提供:GOOD OFFICE

ヴィトレスクはサーリネンが手放した後、人手に渡ったが、その後国に購入され1996年から1998年にかけて建物と庭園の徹底した復元修復が行われたそうだし、ヒルハウスは英国ナショナル・トラストの運営で、最近は建物の劣化を防ぐために家全体をメッシュの箱「The Hill House Box」で覆ってしまうという保存方法が取られている。

堀商店の竣工当時の写真と比べると、林立するビル群の間にこのままで残ってくれたことが奇跡だ。
関東大震災の教訓を生かした建築であったことや戦災の被害に遭わずに済んだことは幸運だったと思う。

50年前に建てた実家の錠前はクラシックな装飾の堀商店のものだ。その時に店に行って以来だが丁寧に補修されて扉も床も窓も当時のままだ。

旧堀商店
一階の床は改装前のままのモザイクタイル。扉は堀商店の商品でもある唐草のアイアンワークの建築金物で、上階の廊下の天井に照明としても生かされている。 左写真:田中克昌  中・右写真:筆者提供
旧堀商店
天井の照明器具は竣工当時のものをそのまま使用している。屋上に続く階段室の天井はガラスのトップライトに。 写真提供:筆者提供
旧堀商店
マントルピースのある4階居室はこのように修復された。 写真:田中克昌
旧堀商店
左)4階のオーナーの部屋の石造りのマントルピース。中)アーチを描く天井や木の鎧戸のある部屋は元資料室。右)Rを描く壁面の内部。 写真提供:筆者提供
旧堀商店
左)低層階の窓の内側。中)屋上の塔屋に続く縦長の窓。右)最上階(4階)の窓。 写真提供:筆者提供
旧堀商店
左)レリーフはパルメット文様や鍵や錠をモチーフにしている。中)屋上の塔屋。右)エントランスの階段にも堀商店の頭文字のHの象嵌模様が施されている。 写真提供:筆者提供

階段室やオーナーの住まいだった部屋も、屋上もはじめて見ることができた。
古い建築は幸運だけでは残せない。メンテナンスには大変な技術と労力とコストがかかるし、維持運営の知恵もいる。
公にされる建物ではないが新橋に堀商店の建築が今に残され、周囲にあるつまらないビルにならなくて良かったとつくづく思う。

旧堀商店の屋上
城壁のような装飾で囲まれた屋上の内側はこのようにルーフ・テラスとして活用される。 写真提供:GOOD OFFICE

<関連情報>

□「サーリネンとフィンランドの美しい建築」

https://panasonic.co.jp/ls/museum/exhibition/21/210703/
会場/パナソニック汐留美術館
会期/2021年7月3日(土)~9月20日(日)
開館時間/午前10時~午後6時(入館は5時30分まで)、9月3日(金)は夜間開館、午後8時まで(入館は午後7時30分まで)
休館日/水曜日、8月10日(火)~13日(金)
観覧料/一般:800円、65歳以上:700円、大学生:600円、中・高校生:400円、小学生以下:無料
※新型コロナウイルス感染症拡大防止のため予約サイトでの日時指定予約にご協力をお願いします。

□ヴィトレスク・ミュージアム(Hvitträsk Museum)
https://www.kansallismuseo.fi/en/hvittraesk

□The Hill House
https://www.nts.org.uk/visit/places/the-hill-house/highlights/hill-house-box?lang=
https://www.nts.org.uk/visit/places/the-hill-house/planning-your-visit

□GOOD OFFICE SHINBASHI
https://goodoffice.work/locations/shimbashi/

□堀商店 堀ビルについて
https://www.hori-locks.co.jp/company_bilding.html

□竹中工務店 改修・再生プロジェクト
https://www.takenaka.co.jp/majorworks/renewal/conservation/index.html


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2021/07/29

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