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第50回:白井晟一建築巡り・渋谷区立松濤美術館、NOAビル、善照寺

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


今、「渋谷区立松濤美術館」は館内を竣工当時の状態に戻して、建築自体を公開している。
これは昨年はじまった開館40周年を記念した企画「白井晟一入門」展の第1部「白井晟一クロニクル」(2021年10月23日~12月12日)に続く第2部「Back to 1981 建物公開(2022年1月4日~1月30日)」で、閉ざされていたブリッジを歩くこともできるらしい。

渋谷区立松濤美術館
写真:筆者提供

昨年開催された第1部では建築家になる以前の白井晟一のパリやベルリンでの足跡、独学で建築家になる過程、1950~60年代、1960~70年代、1970~80年代の作品、そして実現しなかった建築計画まで、オリジナルの図面、建築模型、装丁や書などを立体的に構成したものでアーカイブとして見事だった。

年明けからはじまった第2部は、白井晟一の晩年の代表的建築である松濤美術館そのものに焦点をあてるもので、白井がイメージした1981年当初の姿に近いかたちにして公開している。
この建物は昨今の美術館とは比べようもないほど崇高で深淵で、それと同時に謎の部分も多い。その謎が解けるような体験が待っているに違いないと思って出かけた。

まず美術館の正面右手の「PVRO DE FONTE」の文字が刻まれた蛇口。ここから水が滴り落ちているのを見るのははじめてだ。やはりここは浄めの水場だったのだろう。
左手の楕円形窓は当初はインフォメーションとして想定されていたものだったそうだが、諸般の事情で使用されていないという。

渋谷区立松濤美術館
写真:筆者提供

エントランスの天井は薄く切ったオニキスをガラスで挟んだもので、光源を仕込んで光天井にしている。エントランスを抜けて真っ直ぐ先にある扉はいつも閉ざされているが、その先には4階層を貫く吹き抜けを渡るブリッジがある。これを渡る動線が当初考えられたが変更されたのだそうだ。橋を渡った先の回廊からは、地下1階の第一展示室を見渡すことができる。

渋谷区立松濤美術館
写真:筆者提供
渋谷区立松濤美術館
写真:筆者提供

地下1階の第1展示室の天井高は6.4m、噴水側の窓は直射日光が入るためいつもは覆われているが、今回のためにそれが取り払われていて開放感がある。

渋谷区立松濤美術館
《渋谷区立松濤美術館》地下1階展示室 写真:©村井修

螺旋階段で地下2階へ。女子トイレのすぐ向かいの小さな黒い扉の向こうにはなんと、今までその存在すら知らなかった「茶室」があったことに驚いた。

渋谷区立松濤美術館
地下2階にある和室、炉が切ってあるので茶室として使用できる。入ってすぐが水屋。茶道口は伝統の火燈口になっている。 写真:筆者提供

そして2階の第2展示室サロン・ミューゼでも仮設壁の一部が取り除かれ、広々と落ち着いた邸宅の居間のようなたたずまいになっている。ヴェネツィアンヴェルヴェットで覆われた壁、本革貼りのソファー、燭台を利用した重々しいスタンドライト、白井の書や愛蔵の美術品などが配され、なんとも荘厳な空気を生んでいる。

渋谷区立松濤美術館
2階第2展示室のサロン・ミューゼ(148㎡)。開館の時から使用されている革張りのソファー。以前に、この深々と身を沈めることができるソファーでオーダーしたコーヒーを味わった覚えがある。アーチの扉の向こうは特別陳列室(30㎡)。 《渋谷区立松濤美術館》 2階展示室 撮影:上野則宏
渋谷区立松濤美術館
左)特別陳列室には白井の書と愛蔵品。右)燭台風スタンドライトは白井の愛蔵品。 写真:筆者提供

「館長室(会議室)」という存在もはじめて知った。楕円の大テーブルとブラジリアン・ローズウッドの太い梁、絨毯はボルドーに近い深い赤、白井好みの上質な素材が醸し出す品格のある空間だ。建築ツアーに参加すると、この館長室も見ることができるという。

渋谷区立松濤美術館
《渋谷区立松濤美術館》 館長室 撮影:上野則宏
渋谷区立松濤美術館
館長室の窓は正面入り口の真上。縦格子は開閉する扉の延長。 《渋谷区立松濤美術館》 館長室 撮影:上野則宏

「板橋区立美術館」(1979年)の方が開館が先になったが、松濤美術館は区立の美術館としてはじめて構想されたものだったという。敷地が住宅地の中にあるため10mの高さ制限があり、建築面積150坪という狭さ、そのために考えられた地下2階地上2階の4階層構造、真ん中にその4層を貫く吹き抜けをつくり周囲の視線を遮りながらも光を呼び込むという様々な工夫がなされた設計。

エントランスのアーチを描く入り口、2箇所の螺旋階段も優雅だ。柱も窓も照明も家具も鏡に至るまで白井晟一の美意識が貫かれていて、美しくないところは微塵もない。

白井晟一がこの建築に対して残した言葉がある。
渋谷区とのやりとりは仕事のはじめから終わりまで、「役所の仕事のような姿勢では対されなかった」こと、「自分のペースで進められた」ことなどを述べた上で、「この建物が本当に生かされるためには、これからの区民及び担当者の創意ある、クリエイティブな運営の仕方を確立しないと、十分に生きてこない」(1980年12月インタビュー『白井晟一研究Ⅲ』南洋堂出版 1981年2月より)と語っている。

渋谷区立松濤美術館
螺旋階段の照明も白井晟一デザイン。当初はもっと暗かったが入館者の利用する階は光度を上げて明るくしてある。 写真:筆者提供

再び一階のロビーに戻ると美術館の模型が置かれていて、全体像をくまなく知ることができる。学芸員の説明で楕円形の屋根の裏手に当たる部分がつまんだように上がっていることを知った。これは出来上がった模型の屋根を白井自身がヒョイと持ち上げて変更したため実現したかたちだそうだ。
美術館の裏にある駐車場から見上げて見ると、なんともチャーミングな反り返りを発見した。これもはじめて見るものだ。

渋谷区立松濤美術館
松濤美術館の模型。左)真上から見ると楕円と円、曲線で構築されていることがわかる。右)屋根の小さな反り返りが確認できる。 写真:筆者提供
渋谷区立松濤美術館
写真:筆者提供

この展覧会の図録もとてもよくできている。巻末には白井晟一全建築リスト101が掲載されているので、現存する建築を辿るのもいいだろう。
東京にある建築で見るべきものはここ松濤美術館、そして麻布台の「NOAビル」だろう。そして浅草には「善照寺」もある。

「白井晟一入門」

白井晟一の70年代の代表作ともいえるNOAビルは、外苑東通りと桜田通りが交差する飯倉交差点の角にそびえ立っている。低層部はレンガで、15階までの上層階は黒光りする硫化銅仕上げのパネル張り。レンガ部分にアーチ状の縦長のエントランスがあり赤御影石の階段、黒御影石の壁面はまるで神殿への入り口のようだ。この天井も、渋谷区立松濤美術館のエントランスと同じようにオニキスをガラスで挟んだ光天井になっている。

NOAビル
左)第1部で展示されたNOAビルの50分の1模型。右)建築模型にはない四角い窓が開けられている現在のNOAビル。「正面大アーチの玄関わきに大きな穴が開けられた」と(建築は誰のものか「無窓」)で白井自身が書いているアクシデントがそのままになったのものなのだろうか?  写真:筆者提供
NOAビル
写真:筆者提供

次は浅草へ。合羽橋の道具街に隣接した善照寺本堂(1956~58年)。
左右対象の長い庇の切妻屋根が細長いアプローチの先に見えてくる。6段ほどの石段を上がったところに、浮かぶようにテラスが回廊のように巡らされている。回廊を囲む手摺りは松濤美術館の螺旋階段の手摺りを思い起こさせる美しさだ。乱立するビルに囲まれたこの地域にあって、その喧騒とは隔絶した静謐さはこの建築が生み出しているのだ。

善照寺
写真:筆者提供
善照寺
写真:筆者提供
善照寺
右)第1部で展示された善照寺のスケッチ。 写真:筆者提供

建築は体感しなければわからない。
松濤美術館もNOAビルも目のあたりにすると中世ヨーロッパの修道院か聖堂のような気配を感じる。美術館やテナントビルという用途の機能を満たすためだけの効率を考えたらあのような建築にはならなかったに違いない。
戦後日本の建築家がこぞって目指したモダニズムが今古臭くなる一方で、それらとは関わらず独自の道を歩んだ孤高の建築家白井晟一の建築が時に左右されずに美しいのは何故か。
今生きる建築家はそれを考えるべきだと思う。


<関連情報>

□渋谷区立松濤美術館 開館40周年記念 「白井晟一入門」第2部/Back to 1981 建物公開
https://shoto-museum.jp/exhibitions/194sirai/
会期:2022年1月4日(火)~1月30日(日)
開館時間:10:00~18:00
土・日曜日、祝日および最終週(第2部1/25-1/30)は「日時指定制」
【ご注意】第1部の作品・図面・模型・写真は、第2部では展示されません。

休館日:毎週月曜日(国民の祝日又は休日に当たる場合は開館)
※国民の祝日又は休日の翌日(土・日曜日に当たる場合は開館)

□「白井晟一入門」(2021年 青幻舎刊)
https://www.seigensha.com/books/978-4-86152-871-2/
監修:渋谷区立松濤美術館


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2022/01/15

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