Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
ル・コルビュジエやシェルロット・ペリアンに比べるとジャン・プルーヴェを知る人は少ないように思う。 そういう私も、彼の名を知ったのはたかだか20数年前だ。
パリ在住のジャーナリスト・小林みどりさんが、 Louis Vuitton(ルイ・ヴィトン) のデザイナーに起用されパリに居を構えたマーク・ジェイコブスが一番に気に入った場所として挙げたのがバスティーユにあるギャラリー 「ジュース・セガン」 で、そこで行われたジャン・プルーヴェの特別展 (1998年5月~7月に開催) と、 その為に発刊された書籍がこの上なく素晴らしいと本を送ってきてくれた。
厚さ3cm ほどの本 『Jean Prouvé』 はフランス語と英語で書かれたテキストで、巻頭にギャラリーのオーナー、 フィリップ・ジュースとパトリック・セガン、 それに続き寄稿した人々が半端ではなかった。 ノーマン・フォスター、 ジャン・ヌーヴェルに加え思想家ポール・ヴィリリオまでいた。
小林さんに取材してもらったギャラリー 「ジュース・セガン」 とパトリック・セガンのインタビューを載せた 『ハイファッション』 1999年4月号(文化出版局)には、 サンフランシスコに住むアートディレクター・八木保邸のインテリアも掲載した。
彼が80年代後半からコレクションしているというジャン・プルーヴェの家具が、 倉俣史郎のガラスのテーブルやセルジュ・ムイユの照明と絶妙なバランスで配置されている空間が美しかった。
こういう人たちが魅せられるモノをつくっている人=ジャン・プルーヴェという構図ができたのはこの時からだ。
7月16日から 「東京都現代美術館」 で 「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」 という大規模な展覧会が開催されている。
開幕に先立って、 この展覧会を企画した二人の人物の会見があった。 パトリック・セガンと八木保だ。
セガンはジャン・プルーヴェに魅せられて35年になると語った。 確か八木保は80年代後半にプルーヴェの家具に出会っているはずだ。
セガンの友人である八木が2年前、 「Fondation Louis Vuitton (フォンダシオン・ルイ・ヴィトン)」 の 「シャルロット・ペリアン展」 のために行ったパリでセガン邸に滞在したところから話ははじまった(プルーヴェはペリアンとの協働でも有名だ)。
その時、 八木はセガンのプルーヴェ・コレクションの1冊のドキュメントを見せられ 「日本での開催」 の意志を聞かされた。 その数日後、 石岡瑛子展のために東京都現代美術館のキュレイターからインタビューを受けた時に、 現美での開催の打診をし、 その1年後に開催の最終決定が出たそうだ。 展覧会というのはそのように開催されるのかと妙に腑に落ちた感じがした。
ジャン・プルーヴェのキャリアは鍛治工からはじまり、 1924年にナンシーで鉄の工房を開設。 ル・コルビュジエと出会い29年から家具の製作を開始、 これらは 「組み立てられ、 解体できること。 折り畳まれ包んで収納できること。 ここかしこに必要に応じて持ち運びできること」(『ハイファッション』1999年4月号-ジャン・プルーヴェ、 その人と作品-早間玲子 寄稿より) という “原則” で生産された。
素材としての鉄の持つ大きな可能性を熟知し、 それを最大限に引き出す技術も持ち合わせていた彼は構造材としての鉄のモジュールシステムをも考案する。
「口紅から機関車まで」 ではないが、 プルーヴェの制作したものは 「レターオープナーから建築の構造的システム」 までと多岐に渡る。 小規模な手工業的生産から、 戦後は大規模な生産会社 「アトリエ・ジャン・プルーヴェ」 の工場主になり、 建築物の鉄鋼構造、 アルミ構造、 カーテンウォールなどを生産。 それらは家具と同じ “原則” に沿って考案され、 20世紀のフランス近代建築の根幹を築いた。
彼は53年、 突如アトリエ・ジャン・プルーヴェを去り、 翌年ナンシーに自邸を建築し移り住んだ。 何があったのだろう。
その理由は、 展覧会場で上映されているプルーヴェへのロングインタビュー 「ジャン・プルーヴェ:建築家とその時代」 というフィルムに詳しい。
一般的には利益を追求する株主と意見が対立したことが要因として挙げられているが、 フィルムの中で彼はこう語っている。
「1950年頃までは順調で幸せな時間だった。 しかし、 徐々に工業化した工法と完成物に我々の顔が見えなくなっていった。 建築を工業化することで、 すべての部品に理由があることを無視し、 手軽で安価にモダンな印象を出せる部材としてファサードに利用されていくのを見るのは愉快なことではなかった」 と。
彼はその後コンサルティング・エンジニア、 教育者、 「Centre Pompidou(ポンピドゥー・センター)」 のコンペの審査委員長を務めるなど建築界の重鎮としての役割を果たし続けた。
今回、 特に目を引いたのはアトリウムに組み立てられた 「F 8×8 BCC組立式住宅」(1942) だ。
この家は戦争被災者のため1日半で組み上げられる画期的な工法で、 戦時下で鋼材が不足していたため木材でできている。
建築物で完全なものを見たのはドイツ・バーデンの 「ヴィトラ・キャンパス」 に2003年に移築された 「Petrol Station(ぺトロール・ステーション)」(1951) 以来だ。
また、 映像ブースに置かれた観覧者が使用可能な椅子にも魅かれた。
これは 「国立ジョワンヴィル体育センター」(フランス) のための折りたたみ机付き講義室用ベンチ(1953) だ。
これらを見ているとジャン・プルーヴェの仕事は、 富裕層の収集欲を満たすためのものでなく、 働く庶民の暮らしを支える住宅であり家具であったことがひしひしと伝わってくる。
たとえ量産されたものであっても、 美しいとは何であるかを語りかけてくる。
ヴィトラにあるこのガスステーションは、 1953年当時工場で生産された構造体とサッシ、 アルミのパネルなどのパーツを設置場所に輸送し、 数名で簡単に組立てることができたそうだ。 アルミパネルの特徴的な丸窓に気がつかなければ、 この地で今も使用され続けている建築に見える。
プルーヴェとシャルロット・ペリアンとの協働は家具として残っているが、 お互いに敬意の念を抱き続けていたル・コルビュジエとの仕事は何が残っているのだろうか。
ヴィトラ・デザイン・ミュージアムが企画・編集した 『Jean Prouvé The poetics of technical objects』 (2004年 TOTO出版刊) に、 ル・コルビュジエの没後10年目の1975年にプルーヴェはその遺志を継ぎ、 ル・コルビュジエが残したおよそ20年前のデッサンから 「ロンシャンの礼拝堂」 の時鐘を完成させたとあった。 以前見た3連の鐘楼がそうだったのか。 この鐘は今もロンシャンの高台からその鐘の音を響かせている。
プルーヴェのアトリエには日本人建築家がいたことがある。 一人は
最近、 野田市にある進来廉の設計した建築が 「BUNDLE GALLERY」 として活動を開始するという案内をもらった。
ここは1974年竣工の個人住宅で、 インテリアスタイリストの川合将人が建築家・磯﨑洋才 (建築創作研究所) の協力によってオリジナルを尊重しつつ復元改修したものだという。 132㎡の平屋建てで、 広々としたリビングの床は玄昌石敷き、 個性的な八角形の暖炉が目を惹く。 趣味の良い落ち着いた空間だ。 セルジュ・ムイユのライトやプルーヴェ、 ブラジルのカルロ・ハウネル & マルチン・エイズレルなどのミッドセンチュリーのプロダクトがまるで昔からそこにあったかのように居場所を得ていた。
これから進来廉に関する展示も企画されると聞いた。 また訪ねるのが楽しみな場所ができた。
<関連情報>
□東京都現代美術館 「ジャン・プルーヴェ展 椅子から建築まで」
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/Jean_Prouve/
会期:2022年月16日(土)~ 10月16日(日)
開館時間:10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(7月18日、9月19日、10月10日は開館)、7月19日、9月20日、10月11日
□イセタン・ザ・スペース「THE WORKS OF JEAN PROUVÉ」
ジャン・プルーヴェの家具や照明器具の他、建材作品の一部分など約25点を展示販売。
会期:2022年8月25日(木))~2022年9月12日(月)
場所:伊勢丹新宿店本館2階=イセタン ザ・スペース
https://www.mistore.jp/store/shinjuku/shops/women/the_space/shopnews_list/shopnews0201.html
□2002年からヴィトラが復刻したプロダクト
https://www.vitra.com/ja-jp/about-vitra/designer/details/jean-prouve
□BUNDLE GALLERY
https://bundlestudio.jp/studio/
>>Serge Mouilleの照明に関する問い合わせ
Editions Serge Mouille Japan
https://sergemouille.jp
>>家具に関する問い合わせ
https://bundlestudio.jp
□『構築の人、ジャン・プルーヴェ』早間玲子 編訳 みすず書房刊
https://www.msz.co.jp/book/author/ha/16878/