二人が「nakamura」という名で靴をつくりはじめて、今年で22年になる。
飽きのこないシンプルなデザインと機能性を両立した靴は、長年に渡り多くのファンを惹きつけてやまない。
しかし何よりの強みは、それがこの二人の手になるもの、ということだと思う。
これは「靴製造」という天職に出合った、ある夫婦の物語。
写真:HAL KUZUYA 聞き手・文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
Profile
nakamura
中村隆司・中村民によるシューズブランド。1998年に「nakamura」としての靴製造をスタートし、2005年東京都台東区谷中に「shop nakamura」を開業。その後、2011年に足立区江北に移転。隆司さん、民さん、そしてスタッフの馬渡加代子さんの3人で、オーダーをメインとしたオリジナルの靴づくりを行なっている。 https://nakamurashoes.com
Shop:東京都足立区江北4-5-4-2F
Instagram:@nakamurashoes
「靴」が導いた、二人の縁
はじめまして。いつかゆっくりお話を伺いたいと思っていたので、お会いできて嬉しいです。
- 中村隆司さん(※以下、敬省略):
- 江北、遠かったでしょう。まさに東京の端っこですから。
1階が工房、2階が店舗になっているんですね。ご自宅はまた別の場所に?
- 隆司:
- そうですそうです。ここから歩いてすぐの所に。
先ほどは、早速工房を見せていただきありがとうございました。お話には伺っていましたが本当にすべての工程をご自身たちでやられているんだと、改めて驚きました。規模が大きくないとはいえ、こういう靴づくりのあり方は国内では珍しいのではないでしょうか。
- 隆司:
- そうですね。アッパー部分の製造は海外、底をつけるのは国内、という方法をとっているメーカーやブランドがほとんどですからね。アッパーを自分たちでやろうと思うと、効率が良くないんですよ。数がつくれない。僕らもスタートしてしばらくはふたりでやっていたのですが、段々手が追いつかなくなって。10年前からスタッフの馬渡さんが加わってくれて、大分楽になりました。
お二人は東京の職業訓練学校で出会われたそうですね。
- 中村民さん(※以下敬称略):
- はい。もともと夫は「登山靴ゴロー」(東京・文京区にある1973年創業の登山靴専門店)で、私は商社で靴の企業デザイナーとして働いていました。
お二人ともそれぞれ、スキルアップを目指して訓練校へ進まれたのでしょうか。
- 隆司:
- まあ、そういうことになりますね。実は僕、ものすごく手先が不器用なんですよ。自分はつくる方でやっていくのは厳しいだろうなと思っていたから、元々は靴のデザイナーを目指していたんです。ゴローでは底付けを担当していたのですが、不器用なりに5年間くらい続けていたら何とかかたちになってきた。そうしたらふと、「アッパーがつくれるようになったら、自分で一足の靴がつくれるんじゃないか」って思い立ったんです。じゃあ、その技術を学ぶために訓練校へ行こう、と。卒業後すぐ店を持つのは無理だから、まず卸からやって頑張ってみようと思っていました。
明確なビジョンがあったんですね。1年間しっかり学んで、その後は自分の名前でやっていこうと。
- 民:
- この人、自信満々だったんですよ(笑)。
- 隆司:
- ふふふ(笑)。なんでだろう、自信があったんだよなぁ。
訓練校は何年制なんですか?
- 民:
- たった1年なんです。
ということは、スピード結婚だったんですね。
- 隆司:
- ああ、そういえばそうですね。
- 民:
- 私は企業デザイナーとしてスキルアップをするために訓練校に通っていたのですが、「俺は独立してやってやるんだ!」というのを横で聞いていて、「この人と結婚したら、面白いだろうな」と思って結婚したんです。
「2万円代」にこだわる理由
靴の購入は、こちらのショップに足を運んでオーダーをするというスタイルが主になると思うのですが、セレクトショップ等に卸もされていますね。CLASKA Gallery & Shop ”DO”でも、二子玉川店や吉祥寺店など一部の店舗で取り扱いをさせていただいています。
- 民:
- そうですね。やはり遠方の方からの要望も多くて。
オーダーの際は、足のサイズはもちろんですけど、印象として太く見せたい、細く見せたいといった全体的な印象も含めて、その方の希望に寄せていくわけですよね。
- 民:
- それもそうですし、たとえば「右足の小指が当たって痛い」という方だったり巻き爪などでお悩みの方には、それを改善するための対策を施して仕上げます。最高のフィット感で履いていただきたいし、それがオーダーの醍醐味ですからね。
ちなみに、オーダーを受けてから納品までどれくらいの時間がかかるんですか?
- 隆司:
- いまは大体4ヶ月くらい、とお伝えしていますね。
手作りであること、基本オーダー制であるということはnakamuraらしさの一つかと思うのですが、スタートする時に何かコンセプトやテーマのようなものって決めていたんですか?
- 隆司:
- うちの靴はサンダルを含めて20型あるんですけど、すべてユニセックスなんです。男女関係ないシンプルなデザインを、というのは最初から決めていましたね。あとは、丈夫であること。
- 民:
- それもそうだけど、こだわっていることといえばやっぱり……。
- 隆司:
- 修理ができるつくりにすることだね。
修理は半永久的に対応されているんですか?
- 隆司:
- そうですね。どんなにボロボロになっても全部分解して直しますよ。
修理ができる・できないの差って、どういうところなのでしょうか。
- 民:
- 一般的には、“見た目が良いようにつくる”というのが職人の仕事じゃないですか。でも、そこを最優先にしちゃうと修理する時に大変なんですよ。具体的にいうと……見た目を重視するのであれば糸で縫う時に端っこギリギリを縫うのがセオリーなんですけど、私たちはそれはやらないわけです。修理する時に大変だから。
修理前提で、ディティールのデザインを決めているわけですね。
- 隆司:
- そういうことですね。
なぜ“修理”にこだわるんですか?
- 隆司:
- ブランドとしての信用や安心感に繋がると思うからです。ちょっと格好つけた言い方になっちゃうけど……見た目だけではなくて、売り方や価格設定、それから修理ができるつくりであるということ。これらすべて含めてnakamuraらしい「デザイン」だと思ってやっているところがあるんですよ。
価格に関していうと、nakamuraの靴ってほぼ2万円代じゃないですか。オーダー制で革製で、しかも手作りで、と考えると正直安いなって思います。
- 隆司:
- 価格は悩みますけどね。自分が買う立場だったら……と考えた時、もし3万円代後半だったらなかなか買えないなぁって思ったんですよ。手づくりの靴は手間がかかるからどうしても高価格になりがちなのですが、できるだけ「やらなくて良いことはやらない」というスタンスを徹底して、この価格帯を維持してますね。
靴のデザインに合わせて革を選ぶんですか?
- 隆司:
- いえ、逆ですね。革にデザインを当てはめていく感じです。廃盤にならなそうで、うちの好みに近いものとなると、実は選択肢がほとんどないんですよ。お願いして好みのものをつくってもらうこともできるし、高級な輸入皮革を使うという方法もあるんですけど、僕らとしてはできるだけ誰でも買える革で、値段も2万円代くらいでおさまる靴をつくりたい。だからそれはしないんです。
やっぱり輸入皮革だと価格が上がりますよね。
- 隆司:
- そうですね。あと、なんとなく“輸入物の顔”になっちゃうんですよ。それが嫌で。綺麗で何も文句はないんだけど、なんかカジュアル感がないというか、かしこまった感じになっちゃう。
- 民:
- 革のシート1枚の中でも、場所によって状態や表情が全然違うんです。靴って左右あるから、ちぐはぐにならないように革の表情を極力揃えつつ、できるだけ牛のお尻から背中の良いところを使って型入れ(使用する部分に線を引く作業)をして……。私の腕の見せ所ですね。
型入れは民さんが担当されているということですが、他の仕事はどのように役割分担をされているんですか?
- 隆司:
- 僕は底付け、スタッフの馬渡さんはアッパー部分、民には型入れと店舗に専念してもらっています。時々手が回らなくなると、革の裁断を手伝ってもらったりしますけどね。
夫婦で仕事を共にするということ
結婚してすぐ独立されたとのことですが、二人だけでやっていくということに対して、不安な気持ちはありませんでしたか?
- 民:
- はじめる前はね、不安じゃなかったです。スタートしてから「しまった!」と思いましたけど。
思ったより大変だった、という感じ?
- 民:
- 自分が成長しないことには、彼のサブをちゃんと務めることができないんだいうことを、やればやるほど痛感してしまって。仕事の上ではサブの立場なのに、思ったことをそのまま言っちゃうから揉める、ということを何度も経験してきて……「夫婦で仕事をするって大変なんだな」って(笑)。
だんだんリズムがつくというか、年々良い感じになってきたんですか。
- 隆司:
- いやぁ、前よりは多少ましになってきた、というのが続いてるだけじゃないですか(笑)。
一方で、二人でやるからこその良さっていうものもありますよね、きっと。
- 隆司:
- そうですね。僕らは得意・不得意なところがまったく違うので、それはうまいこといってるなって思います。
- 民:
- この人、事務的な作業がまったくだめなんですよ。
- 隆司:
- そうそう。お客さんの注文書を正しく書くことができない。計算も苦手だし。
なるほど!(笑)。
- 民:
- 私は逆に発想力がないので、お互いに補いあってようやく一人前。なんだかんだ、良いバランスだと思います。
事業として手ごたえを感じはじめたのは、スタートして何年目くらいからだったんですか。
- 隆司:
- 2年半くらいかな。最初は全然でしたけどね。ただ幸運なことに、フランスのとあるウォーキングシューズブランドのメーカー修理をやってみないかというお誘いをもらって。それがあったので収入的に安定したんですよ。焦らずやりたいことをゆっくりやる、という環境づくりができた。
軌道に乗るの、結構早かったんじゃないですか?
- 隆司:
- 早いといえば早いですね。でもね、僕たち人に恵まれているんですよ。これまでを振り返ってみると、ちょうどいい時にちょうどいい人に出会えて……。ラッキーだから今がある、というのは間違いないですね。
そもそもの質問ですが、隆司さんはいつ頃から靴に興味があったんですか。
- 隆司:
- もともと僕はね、靴というよりもファッションが好きだったんです。
- 民:
- 今でもそうだよね。半分オタクだと思う(笑)。切り抜きを熱心に集めたり、ファッション雑誌の発売日になると、大きな書店に遠征して一日中眺めてますから。
- 隆司:
- 中学2年生くらいからかな。いわゆる“流行モノ”には興味がなかったけど、『ポパイ』とか、『メンズクラブ』にものすごく影響を受けました。でも当時は、「俺なんかが洋服が好きだって言っちゃいけない」って思ってたんです(笑)。思いを胸に秘めてた。傍目から見たら、間違ってもファッション好きには見えなかったと思いますよ。
その秘めた想いを開放したのはいつだったんですか?
- 隆司:
- 大学に入ってからですね。経済学部だったんですけど、入った途端に「やっぱり洋服が好きだから、洋服を仕事にしないとだめだ」と思って。母に「大学を辞めて服飾専門学校に行きたい。俺はデザイナーになる」って言ったら、「絶対だめ。お前に向いているわけないじゃないか。親戚でそういう仕事をしている人は一人もいないぞ!」って。結局大学は卒業したんですけど就職はせず上京して、服飾専門学校に入りました。でもいざ服の勉強してみたら、「あれ? 向いてないかも」って気付いちゃった(笑)。
そこからどういう流れで靴への興味が?
- 隆司:
- もともとファッションの一部として靴にも興味があったのですが、当時活躍していた靴のデザイナーの作品を見た時に「俺、もっとカッコいいのがつくれるかも」って思っちゃったんですよ。本当に生意気なんですけどね。機能的な靴が好きだったから、ゴローで勉強して、その技術を持って靴のデザイナーになろうと。そうしたら世の中にない靴をつくれるぞ! って。
マイナーチェンジを繰り返す理由
改めてnakamuraの靴を眺めていると、すでにお話に出ている機能面だけではなく、“どこにでも履いていけそう”と思わせる懐の深い姿形も魅力だなと思います。
- 隆司:
- ありがとうございます。それは結構意識してますね。
- 民:
- お客さんには「“スニーカーの次に履きやすい靴”くらいに思って選んでください」とお伝えしてます。革靴ですけど、ドレスアップした日に頑張って履くタイプの靴ではないので。
先ほど洋服の話をしていた時に「流行モノに興味はない」とおっしゃっていましたけど、やはり靴に関しても同じ考え方ですか? 何かデザインする上でのルールってあったりするのでしょうか。
- 隆司:
- 僕と妻が履いた時に違和感がないもの。これが基本ですね。流行は気にしないけど、デザインする時に「この店のあのバイヤーさんはこの感じが好きなんじゃないかな」って、思い浮かべる人はいます。そうじゃないと、何をつくったらいいかわからない。“ものさしの基準になる人”というのが具体的に何人かいるんです。自分の中で。
なるほど。そういう具体的なイメージを持って固められたデザインでも、たとえば10年前につくったものと今つくったものでは同じモデルでも多少ディティールが違ったりするんですか?
- 隆司:
- 多少というか、全然違います(笑)。うちほどマイナーチェンジしているとこってないんじゃないかな。
一度型を決めたものをいじるっていうのは、ものすごいエネルギーがいりますよね。
- 隆司:
- そりゃそうですよ。すごく体力がいる作業です。
“変えよう”と思う動機や背景には、その時代の“空気感”みたいなものも関係してくるんですか。
- 隆司:
- それはね、関係ないんですよ。「変える」という行為の基本にあるのは、耐久性と履きやすさなので。
- 民:
- 基本的には彼の男性目線での気づきがきっかけになりますね。でも同時に、私は普段女性のお客さまを接客する中でちょっとした“つぶやき”とかを拾っているので……。「ここにくる女の人は、もっとフェミニンな方がいいと思っているよ」と女性目線の気づきを彼に伝えて、それがきっかけになることもあったり。そういう意味では“時代の空気”みたいなものも少しは関係しているのかなって思います。
- 隆司:
- ああ、確かにそれはそうかもね。
デザインをする時に具体的な人物を思い描く“想像力”と、耐久性と履きやすさといった“合理性”、それからほんの少しの“時代の空気”。これらのバランスが絶妙だから、これだけ長い間、性別年齢問わず支持され続けているんじゃないかって思います。
- 隆司:
- そう言っていただけるのは嬉しいですね。実は「バランス」というものをすごく心がけてやっているんですよ。
うまい言葉が見つからないんですけど……不思議なバランスですよね。よく見るデザインだと思って履いてみたら、全然そんなことなかった。しかもすごくいい! みたいな。
- 民:
- そうそう。お客さんが「これはよくありそうなデザインだから、こっちにしようかな……」って呟いてるのを聞いて「いや、そんなことないですよー履いてみたらわかります!」って心の中で思ってます(笑)。
あと30年続けられたら幸せ
はじめた当時と今と、世の中はいろいろ変化したと思うんですけど、ものづくりに対する思いもその時代時代で変わったりしましたか。
- 隆司:
- いや、それは変わらないですね。
- 民:
- 変わらないし、長く続けていることで最初は見えなかったことが見えるようになった気がします。自分たちの中で色々なことがレベルアップしているけど、「靴をつくる」ことに対しての熱い想いは変わらない。
この22年で民さんは出産も経験されて、家族としても変化がありましたよね。
- 民:
- 私は、子どもが生まれてから楽になりましたよ。自分にやることが増えた分……なんていうか、靴の仕事に一挙手一投足全力にならなくて済むようになったんです。以前だったら彼のやることに対して「わー!」と意見してしまっていたことも、「私、忙しいから勝手にやって!」って思えるようになった。いい具合に肩の力が抜けたというか(笑)。
「nakamuraらしいものづくり」というものが、すでにしっかり固まっている印象を受けるのですが、“こうだったらいいな”とか、ものづくりにおける課題ってあったりしますか。
- 隆司:
- 課題と言えるかわからないけど、“デザインと機能性と値段のバランス”のレベルを高めていきたいというのは常に考えていますね。あと、コム・デ・ギャルソンの靴をつくってみたい(笑)。
まだまだ進化の余地はある、と。
- 隆司:
- 最終的に目指すところは、「ものとして惹かれる靴」なんです。値段とか履き心地を超えた良さみたいなものを備えたものをつくれたら。
民さんはどうですか?
- 民:
- 私は……「少しでも長く続けるためにはどうしたらいいかな」って考えてます。あと30年、仕事ができたら幸せですね。そのために、家族の健康管理と自分を律することを頑張りたい。おじいちゃんおばあちゃんになっても、ヨボっとしながら仕事しているのが理想ですね。
お二人を見ていると「天職」ってこういうことなんだろうなって思います。「靴をつくる」という仕事に、愛し愛されている感じが。
- 隆司:
- 天職かどうかわからないけど……生活そのもの、ですからね。これがない生活が考えられない。靴をつくることができなくなったら、何もできないですから僕は(笑)。パソコンもできないし、車も運転できないし。
- 民:
- この仕事ができていることが、本当に嬉しいんです。実は私、美術大学を出てるんですよ。でも、努力して美大に入ったものの、すぐに「自分にはデザインの才能はない」って気付いちゃった。それを認めたくないから、企業デザイナーになったところもあって。
なるほど。
- 民:
- ご縁あって今はnakamuraの一員として夫がつくりたいものを一緒につくっているわけなんですけど、「つくる」という仕事に関われていることが、年齢を重ねるごとにすごく幸せに感じるんです。叶わなかった夢を、彼によって叶えさせてもらっているというか……。自分一人で立って先頭を歩かなくても、誰かのサポートをすることで自分の夢を叶えることもできる。それを知ることができたのは、彼と結婚したからだと思います。
そういう夢の叶え方もある。幸せなことですね。
- 民:
- ふふふ(笑)。このまま靴屋で人生終わらせたいな。
- 隆司:
- いやぁ、本当にそう思うね。
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