今から20年前、マイク・エーブルソンさんがパートナーの友理さんのためにつくった
書類ケースからはじまったものづくりの歴史。
ポスタルコが生み出すプロダクトは、性別や年齢そして時代をも超えて
私たちの暮らしの中で美しく歳を重ねていく。
写真:HAL KUZUYA 文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
和紙は、革の代わりになる?
ポスタルコの製品はすべてMADE IN JAPANで、制作工程においても日本の職人技術がとても重要な役割を担っていますね。中でも2016年に発表した「ファーマーズフェルト」のシリーズは、
- 友理:
- ファーマーズフェルトのシリーズは、いままでで一番産みの苦しみが強かったかもしれません。
- マイク:
- 同時に二つのものづくりを進めていたようなものだからね(笑)。
そもそも、どういうきっかけではじまったプロジェクトなんですか?
- 友理:
- 徳島県で8代に渡って和紙づくりを続けている「アワガミファクトリー」さんから、一緒に何かものづくりをしませんか? というお声かけをいただいたのがきっかけです。やりとりをさせていただく中で「革の代わりに、耐久性のある厚手の和紙を使った財布ができないかな?」と考えるようになって。
- マイク:
- 和紙って、その用途によって全然つくり方が違うんですよ。3mくらいの長さのものをつくることもあれば、ものすごく小さいものをつくることもある。ものづくりとしてすごく柔軟性があるし、考え方が柔らかくていいなぁと思いました。最初は既にある素材を使って製品をつくろうと考えていたのですが、社長が「新しくつくろうか?」と言ってくださったんです。
実際に手で触れてみると、「ファーマーズフェルト」という名前の通り、紙というよりはフェルトの層のような感じですよね。革と同じように、使い込むほどに光沢と味わいが出てくるのだとか。
- マイク:
- 和紙の代表的な繊維の中でも一番強靱な、楮の樹皮を原料にしています。楮は生命力が強くて無農薬でもどんどん育つのですが、一方で素材としては扱いにくい部分もあるそうなんですね。でもそこに「職人の技術」が入ることで、扱いにくさを活かすことができる。たとえば、人工素材がこの世になかった時代は「どうやったら雨の多い場所でも家が腐らないようにできるか?」といった課題に対して、誰かがその都度解決策を考えてきたわけですよね。ものづくりや職人技術の根本には、昔から「問題・課題解決」というテーマがある。それを、現代の問題や課題にも当てはめてみることが大切だと思っています。
なるほど。
- マイク:
- 僕は革という素材が好きだし製品の材料としても使っているけれど、「素材の循環・サステナブル」という観点から革の代わりになるような素材を見つけることってできないかな? と考えていたわけです。その課題を解決するためのアイデアを、アワガミファクトリーの職人さんが教えてくれました。楮は無理なく育てることができて一年ごとに収穫できるという、まさに“持続可能な素材”。僕たちだけだったら、100年かかっても解決できなかったかもしれません。やっぱり職人技術って素晴らしいなぁって。
- 友理:
- デジタルではなく、昔からあるテクノロジーで課題解決できたね。
面白いですね。ファーマーズフェルトが素材として画期的なのもそうですが、こうやってお二人にデザインされると、和紙がどこか新しいものに見えてくるから不思議です。
- マイク:
- 以前漆で有名な地方の村に行った時、伝統的な漆工芸をつくっている工房のすぐ隣で飛行機の重要な部品をつくっていることを知って驚いたんです。つまり伝統的な産業と最先端の産業が同じ村で行われていることを不思議に思ったんですけど、考えてみれば時間軸は違うけれどどちらも「クラフト」である、という共通点があった。“ある問題・課題”を解決するために人の技術を与えたもの、それがクラフトなんですよね。
素材の良さは時代を超える
マイクさんと友理さんが日常生活の中で感じる疑問や課題、そして発見が、ポスタルコの数々の製品を生み出すきっかけになってきたと思うのですが、これまでを振り返ってみて「最大の発見」って何ですか?
- マイク:
- 「20年間同じものをつくり続ける」ということが本当にできるんだ、とわかったことかな。ポスタルコをはじめる時、“時間をかけて開発して、長い期間売り続ける”ことを目指そうと思っていたから。
いわゆる”ファッションサイクル”に乗った、短期間で消費されるものではなく。
- マイク:
- そうですね。だから、創業当初に生み出した「リーガルエンベロープ」や「トラベルウォレット」を今も変わらずつくれていることを本当に嬉しく思います。
- 友理:
- 少し改良はしてるけど、ほとんど同じかたちだよね。
- マイク:
- そうだね。「ノートブック」も、ほとんどかたちを変えずに15年くらいつくってる。自慢できるね(笑)。「ころころとデザインを変えなくてもいいんです」ということが、とても大事な話だと思ってる。洋服でも生活用品でも頻繁に新しいものを買う必要はなくて、自分にとって大事でいいものだったら、来年も使ったり着たりすればいいじゃないって。全部使い捨てにするのは限界があるからね。
いくらトレンドが移り変わっても、ポスタルコの製品の魅力は色褪せないですよね。少し変な言い方かもしれませんけど、古くならないし、かといって“最先端”でもない。持っていて安心するというか、ずっと好きでいられそうな気がします。
- マイク:
- それは嬉しいですね。「20年前は持ってたけど、いまはもうさすがに恥ずかしいな」と思われないかたちや色にしなきゃいけない。耐久性があるのはもちろんだけど、一時期のトレンドになってしまわないようにつくっているつもりです。もちろん、僕自身も飽きないようなものを。
- 友理:
- ポスタルコをはじめた当初から、男女関係なく色々な国の人、幅位広い年齢層の方に使って欲しいなと考えていました。いま、高校生からお年を召した方まで使ってくださっているのがとても嬉しいですね。
トレンドにならないようにという話で思い出したのですが、ここ最近での新作「フリーアームシャツ」も、きっとデザインが難しかったんじゃないでしょうか。シャツって、襟や肩のかたちなどちょっとした部分ですごく時代性が出ますよね。
- マイク:
- 難しかったです。特に襟がね。なんでシャツをつくったかというと、襟のある服でちゃんと動けるものが欲しかったんです。個人的に、スウェットやTシャツを着てもやる気が出ないんですよ。見た目は嫌いじゃないし自分自身の問題かもしれないけど(笑)。
いや、なんかわかる気がします。
- マイク:
- いま洋服をつくっている人たちが「動き」のことを考えていないわけではないと思うんだけど、ストレッチ素材を使わずに構造を工夫することで自由に動けるシャツをつくれないかな? と考えました。昔のワークウエアとかも見ながらデザインを考えて……。5年10年経っても着られるものにしなきゃいけない。でも、ちょっとだけ“いまっぽさ”も出したい。だったらあまり個性を出さずに、素材の良さを活かすのがいいかもって思いました。そうすれば、時代を越えられるんじゃないかと。
確かに。本物の素材が時間を超える、ということはあるかもしれませんね。
- マイク:
- たとえばちょっとかたちが古いかなっていうセーターでも、上質なウールだったら納得できる部分があるというか。
他の商品と同じように性別や年齢そして時代を超えるものを、という考え方でつくられている一方で、マイクさんが「いまっぽさ」という言葉を口にされたのが印象的でした。やはり、いまの時代にフィットする、ということも大切にされていますか?
- マイク:
- そうですね。少しかしこまった場所に行く時にYシャツでもTシャツでも行けちゃう時代になってきたなと感じませんか? シャツに関していえば、元々はネクタイを締めるために襟周りをしっかりつくっているものが多かったけれど、そういうデザインのものは“いまじゃないな”って思うでしょ? でも、襟の部分をちょっと崩すと、いまっぽさが出てくる。
- 友理:
- あくまで「いまっぽさ」であって、「今年っぽさ」ではないということですね。
“もの”が飛び出ないように
先ほど友理さんが「私の役割は“伝えること”」とおっしゃっていましたが、商品パッケージや店の包装紙、テープなど、製品以外のデザインにもかなり細かく気を使っていらっしゃいますよね。ポスタルコの店で買い物をすると、そういう部分にもワクワクするんです。
- 友理:
- ありがとうございます。
HPのつくりも、とても丁寧ですよね。それぞれの製品が生まれた背景や素材のこと、動画も見ることができて。“伝える努力”をきちんとされていて素晴らしいなぁと感じます。
- マイク:
- いまの時代にはすごく大切なことなんじゃないかな。最近、ウェブサイトをつくり直したんです。もう少し一つひとつの商品をきちんと伝えていこうと。世の中には“もの”が溢れているし、「どうしてこれをつくったか、どういう考え方で生まれたのか」ということがお客さんに伝わらないと、話にならないと思っています。実際に店で手にとって買ってくださる方もいれば、オンラインで買ってくださる方もいるからね。丁寧に伝えないと。
- 友理:
- コロナ禍以前から“もう少しちゃんとしないとな”とは思っていたんでけど、ようやくできました(笑)。
やはりコロナをきっかけに、お二人の中でも変化した部分がありますか?
- 友理:
- そうですね。改めてマイクと一緒に「ポスタルコとは?」ということについて考えました。色々話をしたんですけど、ポスタルコの製品って“使う自分の愉しみ”のためにあるものだよね、という話になって。「誰かに見せるためのもの」というよりは、自分の満足のために存在するもの。
- マイク:
- そうだね。もう少し違う例え方をすると、たとえばポスタルコの鞄を持っている人が前から歩いてきたとして、鞄よりも人の方に先に目が行くようなものをつくりたいなって思うんです。「素敵な人だな」と思ってその人の手元を見たら素敵な鞄を持っていた、みたいな感じで。“もの”が主張したり、飛び出し過ぎないようにね。
面白い例えですね。
- マイク:
- 本当に色々な話をしたね。自分たちはどんな役割を果たすことができるのか……。ものをつくるのって本当に面白いんだけど、前からつくっているものをつくり続けるだけじゃ足りないし、僕たちの店は日常生活で必要不可欠なものを売っているわけじゃない。じゃあ何の為にやってるんだろう? とか考えたり。でも、こんな大変な時にも国内だけではなく海外からもオーダーをいただけたりして、誰かの役には立てているんだなっていう実感もあったり……。改めて、「長持ちするもの、ずっと使えるものをつくるべきだな」って思いましたね。
インタビューの最初の方でもおっしゃっていましたね。
- 友理:
- 人の日常にすっと入っていって長く楽しんでもらえるようなものをつくることが、ポスタルコに出来ることなんじゃないかと。ものをつくって増やしていくこと自体、どうしても環境に負担がかかってしまいますからね。そういう意味でも長持ちするものをつくることができたらいいなと、より強く感じるようになりました。
- マイク:
- それを、これからもっともっとやらなきゃいけないね。
ファーマーズフェルトの取り組みは、その思いを具体化した大きな一歩と言えるかもしれませんね。
つくることは、課題解決をするということ
違う国や文化の中で育った2人が一緒にものづくりをするようになり、家族になり、お子さんたちが生まれたことで生活リズムにも変化が出てきた部分も多いと思います。やはり徐々にものづくりのリズムも変わりましたか?
- マイク:
- 単純に時間が無くなるから、「自分の時間をどう使うか」という意識を高めるきっかけになりましたね。今日もあと3時間しかない! って思ったら、絶対ここには行きたい、この本は読みたい、とかがはっきりしてくる。
- 友理:
- 子どもがいることで自分たちの行動範囲も変わって、それによって生まれたものもありますね。もう子どもたちも大きくなりましたけど、小さい頃は一緒に公園に行って遊んでいる時にアイデアが湧いてきたりすることが多かったです。あまり仕事とプライベートな時間を切り分けていないかもしれない。
唐突ですけど……色々とお話を伺って、改めてお二人のものづくりを客観的に見てみると、なんだか「夢みたい」って思うんですよ。もちろんものすごい努力をされているでしょうし、大変な部分はあると思うんですけど、「こういう風にものづくりが出来たらいいな」と思っている人は沢山いるんじゃないかなと思います。
- マイク:
- いやいやそんな! やめてください(笑)。
ものづくりのスタイルはもちろん、一つの企業としての在り方にも興味があります。ポスタルコは、「ポスタルコ」と「ポスタルコデザインスタジオ」という2部門に分かれていますね。デザインスタジオの方では外部クライアントのためのブランディングやパッケージデザイン、インテリアデザイン、エキシビションデザインなどを手掛けているそうですが……。この部門をつくった理由は?
- 友理:
- 企業としての発展を考えた時に、店をどんどん増やすよりは自分たちが本来やりたかったこと、つまり「デザインすること」で活動の幅を広げていけたらと思ったんです。でもそれをポスタルコ名義でやるとクライアントの希望や要望に100%寄り添えない部分が出てきてしまうだろうということで、部門を分けたんです。
デザインスタジオとして、プロダクトデザイン、ウィンドウディスプレイ、そしてピーナッツバターのパッケージデザインまで、実に幅広い仕事を手掛けていらっしゃいますね。
- マイク:
- いろんな会社が抱えている課題や問題を僕たちなりに解決するという意味では、ポスタルコの仕事と共通していると思うんですよね。
確かに。ポスタルコの仕事だけではなかなか接点がないテーマについて考えるきっかけにもなりそうですね。
- マイク:
- ポスタルコの仕事は100%自分たちの好きなことをやっているし、納得できなかったら「これはやめよう」って言えるけど、デザインスタジオの仕事はそれが出来ないからね。何とか方法を見つけなきゃいけないわけだけど、それも楽しい。もっともっと問題を抱えて、考えたいなって思います。
「なにが必要?」を問い続けて
お二人にとって、ものづくりをする上での一番の喜びってなんですか?
- 友理:
- ポスタルコのものを使ってくれている人を街中で見かけた時ですね。鞄の中から出て来るのを見た時とか。
- マイク:
- それが見たくて続けているようなものだね。もちろんたくさん売れるのも嬉しいけれど、使われているところを見るのが一番嬉しい。つくっていてよかった、と思います。
つくり手冥利に尽きる、という感じでしょうか。
- マイク:
- チャールズ・イームズが描いたこの絵が大好きなんです。たぶん、イームズが考える“デザインスタジオとしてあるべき姿”を描いた絵だと思うんだけど、ものづくりを考える上でとても大切なことが描いてあると思う。
どんなことですか?
- マイク:
- 「自分はこういうことができる、世の中にはこれが必要、その二つが重なるところはどこ?」っていう。この考え方を忘れちゃいけないと思っています。でも気をつけなきゃいけないのは、ポスタルコとしてやる意味はあるのか? という見極めですね。僕たちがやるべきなのかどうか。たとえば僕はいま「電気」にすごく興味を持っているんだけど、ポスタルコで取り組むべきテーマではないのかなって(笑)。
なるほど(笑)。
- マイク:
- 電気以外に「紐の結び目」にも興味があるんだけど……どうにも役に立たない気がする(笑)。
でも、いつか偶然出会った誰かが、紐の結び目を使って解決できそうな課題を抱えているかもしれないですよ。
- 友理:
- そうですよね。いつかマイクの想いとリンクするかもしれない(笑)。
最後の質問になりますが、ブランドとしての未来、たとえば100年先のことって考えたりしますか?
- マイク:
- うーん、100年先のことは考えないかな。変な話かもしれないけど、何のために長く続けきゃいけないのかって考えた時、誰かのために役に立つことができないんだったら続けなくていいんじゃないかって思っているところがあります。
- 友理:
- そうですね。生活の様式も変わっていくと思うし……。車が飛ぶ時代に、人と物の関係はどうなるんだろう……。
- マイク:
- かつて人間は馬車に乗って移動していたけど、今は車だしね。100年後はどうなっているか……。
- 友理:
- 洋服とか着るものもね。どうなってるかな?
- マイク:
- 「ものづくりを続ける」ということに関していえば、たぶん人間として“コア”なところに戻って行くことが大切なんじゃないかって思いますね。物理的にだけではなくて、精神的・環境的に「なにが必要?」と問いかけ続けたいと思っています。
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