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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第19回:美しいトイレ

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


小湊鉄道の無人駅「飯給いたぶ駅」を降りて緑深い小道をほんの少し行くと、カーブした黒い塀が見えてくる。

塀には小さな黒い扉があり、開けると広々とした庭、まるで秘密の花園に迷い込んだような気分だ。枕木の小道の脇には桜の木が枝を広げ、その先にあるのは……ガラス張りのトイレだった。

建築家・藤本壮介の作品「Toilet in Nature」
建築家・藤本壮介の作品「Toilet in Nature」
建築家・藤本壮介の作品「Toilet in Nature」
写真:筆者提供

2014年からはじまった「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス」のためにつくられたアート作品「Toilet in Nature」。建築家・藤本壮介の作品だ。

200㎡もあるトイレということで、出来た当時「世界一大きいトイレ」と呼ばれていたが、私は「The most beautiful public toilet in the world」という呼称の方が合っていると思う。
私の中で「美しいトイレ」というカテゴリーが生まれたのはこの時だ。

8月のはじめ、片山正通率いるWonderwallからのメールで迷路のように屹立するコンクリート壁の建築の写真が送られてきた。

「THE TOKYO TOILET @ 恵比寿公園」
写真:Kozo Takayama 提供:Wonderwall

「THE TOKYO TOILET @ 恵比寿公園」とあり、渋谷区と日本財団が進める渋谷区内公共トイレプロジェクトの一つだという。
https://tokyotoilet.jp

渋谷区内の17カ所の公共トイレが、16名のクリエーターによって2021年までに生まれ変わるそうだ。

家の近所にある代々木公園近くの小公園に坂茂が考えたトイレがあるというので、早速行ってみた。
見慣れた公園「はるのおがわコミュニティパーク」の緑と緑の合間に鮮やかなブルーとグリーンの色彩が見えてくる。

建築家・坂茂が考えたトイレ
写真:永禮賢 提供:日本財団
建築家・坂茂が考えたトイレ
写真:永禮賢 提供:日本財団

調光フィルムを貼ったガラス張りのトイレは、室内に入り鍵を閉めるとガラスが不透明になる仕掛けだ。

その先の「深町公園」には色違いのオレンジ、ピンク、パープルが並ぶ透明のトイレがあり、こちらもオラファー・エリアソンの作品のように美しい。

建築家・坂茂が考えたトイレ
写真:永禮賢 提供:日本財団
建築家・坂茂が考えたトイレ
写真:筆者提供
建築家・坂茂が考えたトイレ
鍵を締めると不透明になるガラス製なので、トイレに入る前に中が綺麗かどうか、誰もいないか確認できる。そして、夜には、美しい行灯のように公園を照らすトイレ。 写真:永禮賢 提供:日本財団

はるのおがわコミュニティパークには、通称「はるプレ(渋谷はるのおがわプレーパーク)」という「自分の責任で自由に遊ぶ」という考えを核とした素晴らしい運営方針の公園もある。

渋谷はるのおがわプレーパーク
渋谷はるのおがわプレーパーク。遊具も遊びも独特でワクワクする。羽根木公園のプレーパークを知ったのは1980年代のはじめ。掲げられた「けがと弁当は自分持ち」という言葉に目から鱗が落ちた覚えがある。 写真:筆者提供

禁止事項ばかりの日本の公園としては珍しく、プレーリーダーはいるものの子どもの自由な発想や遊びを妨げない希有な場所だ。この隣にこんなに美しいトイレができるとは!

翌日は、3カ所設置されているという恵比寿駅近くに行くことにした。
目指すは「恵比寿公園」の片山正通の作。公園の入り口に木目が浮き出る打放しのコンクリート壁がもう見えている。

「THE TOKYO TOILET @ 恵比寿公園」
写真:Kozo Takayama 提供:Wonderwall
「THE TOKYO TOILET @ 恵比寿公園」
写真:Kozo Takayama 提供:Wonderwall
「THE TOKYO TOILET @ 恵比寿公園」
写真:Kozo Takayama 提供:Wonderwall
「THE TOKYO TOILET @ 恵比寿公園」
写真:Kozo Takayama 提供:Wonderwall

15枚のコンクリートの壁を組み合わせ「トイレでありオブジェでもある”曖昧な領域”」を構築することを目指したとあって、不思議な魅力のある建築だ。

次は恵比寿駅からJRの線路沿いを渋谷方向に向かって歩く。しばらく進むと、左手に目にも鮮やかな赤い鉄板でつくられた鋭角的に重なる3角形の連続のような建築が現れる。
これは東京とNYを拠点に活躍するデザイナー田村奈穂の作だ。

デザイナー・田村奈穂が考えたトイレ
写真:エスエス 北條 裕子 提供:日本財団
デザイナー・田村奈穂が考えたトイレ
写真:永禮賢 提供:日本財団

また恵比寿駅に戻り今度は明治通り方向に行くと、渋谷川沿いに真っ赤なタコのかたちの滑り台で親しまれている通称・タコ公園「恵比寿東公園」に出る。近年芝生の広場ができたらしく、ここにこんな公園があったのかと思うほどのどかな風情だ。

通称・タコ公園「恵比寿東公園」
写真:永禮賢 提供:日本財団

大木の向こうにウネウネとした屋根のある白い建物が見える。槇文彦設計の「THE TOKYO TOILET」だ。

槇文彦設計の「THE TOKYO TOILET」
写真:永禮賢 提供:日本財団
槇文彦設計の「THE TOKYO TOILET」
多目的トイレ「だれでもトイレ」の向こうに見えるのは中庭。この木が大きく枝を広げることが待ち遠しい。 写真:永禮賢 提供:日本財団
槇文彦設計の「THE TOKYO TOILET」
写真:筆者提供

ここも他の4箇所と同じく、男子用、女子用、車椅子も使用可能なだれでもトイレの3つのタイプが設置されているが、なんとここには中庭があって中央に木が植えられており、壁面はなだらかな曲線を描くベンチにもなっている。

ハイサイドウインドウが巡らされているので、曲線を描く軽やかな屋根はまるでふんわりと浮かんでいるように見える。風も光も通り抜ける清々しい建物だ。

「私たちはこの施設を単なるパブリックトイレとしてだけでなく、休憩所を備えた公園内のパビリオンとして機能する公共空間としたいと考えました」と槇氏。
「『タコ公園』に新しく生まれた『イカのトイレ』として親しまれることを望んでいます。」と THE TOKYO TOILETのHPにあった。
「タコの滑り台」で遊び、「イカのトイレ」でちょっと休憩したことが記憶に残る子どもは幸せだ。

公共トイレは、建築家にとっては茶室と並ぶ最小の建築なのかもしれない。

磯崎新と藤森照信、建築界の両巨頭が以前、茶室について対話した時に「建築というのは目の楽しみではない。身体が包まれることによって感じるようなもの。建築内に入って身体が感じることが重要だ」と語られていたことを思い出した。

パブリックなトイレではないが、私にとって印象的な美しいトイレが二つある。

一つは、ロンドンのメイフェアの近く、Conduit streetに2003年にオープンした「Sketch」というレストランのトイレ。
当時若手デザイナーだったノエ・ドゥシュフール=ローレンスによるbizarreビザール(奇異)なインテリアがオープンしたての頃から話題だった。

パリのレストラン「Au Bascou」やロンドンで「Momo」を成功させたムラド・マズウスがピエール・ガニエールと組んではじめたレストランで、いまだにホットスポットらしい。
両サイドのサーキュラー階段を登った先に出現するコクーンのようなトイレは衝撃的で、今は天窓が七色になっているようだが、当時はトップライトも白一色でまるでSF映画のセットにいるようだった。
いくつかのタイプのレストランの内装はアップデートされていたようだか、トイレだけは不動だ。
https://www.youtube.com/watch?v=5ypip1m8PR4
EAT MUSIC DRINK ART - The Story of sketch by Mourad Mazouz

もう一つは、アメリカ東部バーモント州のブラットルボロの森の中に住んでいた絵本作家 ターシャ・テューダーさんの家のバスルーム。

ターシャ・テューダーさんにまつわる書籍
The Private World of Tasha Tudor 1992/Tasha Tudor’s HEIRLOOM CRAFTS 1995/Tasha Tudor’s GARDEN 1994

私が訪ねた1980年代半ば、彼女は息子セスが建てた家「コーギ・コテージ」で19世紀の開拓時代のようなライフスタイルで暮らしていた。
キッチンや居間などは簡素なのだが、ベッドルームやバスルームはヴィクトリア時代のちょっと装飾過多なエレガントさに満ちていた。 彼女の四季を通じての暮らしぶりは何冊もの写真集になって家の隅々まで紹介されているが、バスルームはほとんど撮影されていない。
マホガニーキャビネットの上の洗面台に並べられた銀飾りのあるブラシや櫛、磨き上げられた銅の浴槽と、花々が精密に描かれた驚くほど華麗なヴィクトリアン・スタイルのスタッフォードシャー・トイレ・ボウル。
彼女の人には見せないもう一つの内面を見たような感じで、これもある意味衝撃的だった。
人目には触れないターシャさんのバスルームは彼女の審美眼にかなったものだけで満たされていて、本当に「美しいトイレ」だった。

「THE TOKYO TOILET」の来年度設置予定のトイレを考える錚々たる建築家の中に、藤本壮介の名があった。それも、我が家から最も近い西参道に。

今現在のトイレがどのように変貌するのかが、本当に楽しみだ。

公衆トイレマップ
日本財団発行のパンフレットより(画像をクリックすると拡大pdfデータが別画面で立ち上がります。)

<関連情報>

□Toilet in Nature
https://ichihara-artmix.jp/artist/1520

□房総里山芸術祭いちはらアート×ミックス
https://ichihara-artmix.jp

□藤本壮介
http://www.sou-fujimoto.net

□Wonderwall
http://wonder-wall.com/ja/

□THE TOKYO TOILET
https://tokyotoilet.jp

□坂茂
http://www.shigerubanarchitects.com

□渋谷はるのおがわプレーパーク
http://harupure.net

□田村奈穂
https://naotamura.com

□槇文彦
http://maki-and-associates.co.jp/firm/index_j.html

□Sketch
https://sketch.london

□Noé Duchaufour-Lawrance
https://noeduchaufourlawrance.com

□Tasha Tuder
https://www.tashatudorandfamily.com
https://www.tashatudorandfamily.com/tasha-tudor/the-woman

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2020/08/18

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