Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
8月にお台場にこういう建築ができていた。
「ARTBAY HOUSE」。
アートとは縁のないこの埋め立て地に、「人と場所をアートで繋ぐ」まちづくりプロジェクトARTBAY TOKYOの拠点となるパビリオン(アートスペース、カフェ、インフォメーション・デスク)として稼働するという。
建築家は萬代基介。
観覧車や巨大ショッピングモールなど娯楽施設が乱立する広大な埋め立て地・臨海副都心、その中心を「都立シンボルプロムナード公園」という緑地が4kmにわたって真っ直ぐに貫いている。遊歩道の緑は美しいが、とりとめなく配されたオブジェはいただけない。
ARTBAY HOUSEはそのプロムナード公園のほぼ中央に位置するが左右の騒々しいビルを視野に入れずに正面から見ると、エントランスに続くうねる道、植栽、建築の佇まいすべてが清々しい。まるで“掃き溜めに鶴”のような風情だ。
この建築は、約16m×16m、およそ250㎡の正方形の敷地に、天井高も壁や天井の素材も違う8個の部屋を配置して成り立っている。
ほとんどの壁面は、無数の細いスティールロッドが並べられた風も光も通り抜けるカーテンウォールで構成され、床は白い軽石の砂利が敷かれている。そこに植えられた木々は、戦前の埋め立て地に自生していた植物をリサーチして選ばれたものだという。天井はそれぞれの部屋で素材や構造が違い、光や風、雨も通過させている。
なんと軽やかで美しい建築だろう。
萬代基介の仕事を知ったのは日本橋の「木屋」(2014年)。その後デザイナー須山悠里さんが開いた富ヶ谷の小さなギャラリー「nani」、青山の「スパイラル」1階のワイヤーがウネウネとした什器、東京ミッドタウンの「木屋」と気になる作が続いた。
馬喰町にあった「TARO NASUギャラリー」で行われた「ユメイエ」展(2017年)。これは日本の若手建築家たちが作成したドローイングと模型を通じて紹介する企画で、ようやくそこで萬代のポートフォリオを見て、彼の作品の全貌を知ることになった。
妹島和世、石上純也に続く系譜の一つを見た気がしたものだ。
9月27日までの9日間、ARTBAY TOKYOとしてはじめてのアート プログラムが開催された。
「明和電機 ナンセンス ファクトリー」。
土佐信道プロデュースによるアート・ユニット「明和電機」がその創造活動の中核となる明和電機の工場(アトリ工)を限定でここに移動させて公開するというもの。
会期中は、明和電機社長・土佐信道が出勤し、午前中は発想のスケッチを描き、午後はナンセンスマシーンの組立作業、夕方からは電動楽器による演奏を行った。
明和楽器を配置した「サウンド・ガーデン」では、来場者がスイッチ・オンし、それらの作品を自由に稼働させることができた。併設する明和電機ショップでは、ファクトリーでの制作物を含むオモチャやグッズを販売。カフェでは明和電機に因んだメニューのドリンクも楽しめるという魅力的な企画だ。明和電機の「発想する、作る、見せる、売る」という全プロセスをリアルに体験することができるという他に類を見ないプログラムだった。
明和電機のアート活動は、電気製品を生産する中小企業のスタイルをとっていて、アーティスト土佐信道は「社長」、アシスタントやスタッフは「工員」、アート作品は工業製品の体裁をとり「製品」と呼ばれ、大きく「魚器」「ツクバ」「ボイスメカニクス」「エーデルワイス」という4つのシリーズに分類されている。
https://www.maywadenki.com/products/
作品の多くは一点もののいわゆるアートピースだが、注文生産のマルチプルの量産「製品」をGMと呼び、明和電機のアトリ工(エの字は工場の“工”)で アルミニウムの削り出しから樹脂加工、電気配線まで、すべて明和電機社長・土佐信道の品質管理のもとで生産。 一点一点が手作業で組み立てられる製品は、驚くほど工業製品に近い芸術作品だ。
ナンセンス ファクトリーでは、魚器シリーズGM製品の中の「サバオ GMNAKI-SO」と「弓魚4号 イトツギ GMNAKI-Y4」が、日々土佐社長の手によって生産されていた。
社長室兼ファクトリーには、武蔵小山のアトリ工から明和カラーのボール盤やベルトサンダーが運び込まれ、熟練した技を見せる名工のような姿が連日YouTubeで配信されていた。
https://www.youtube.com/watch?v=duLVNHnW6TI
これは、自身のスタジオを24時間10年間撮り続けたC.ボルタンスキーの作品 「The Life of C.B." (2010) 」を見るような感覚だった。
https://flash---art.com/article/david-walsh/
このフライヤーには何故か「社長 超合金」というマジンガーZを彷彿とさせるフィギュアが登場。
https://www.youtube.com/watch?v=o2UWAY38VBQ
社長 超合金ロボは、社長の執務室兼工場にも置かれていた
「GM」は「Gundam type Mass-production model」の頭文字の略と言われている。
土佐社長はガンダムを意識したのだろうか?
かつてお台場にガンダムが降臨したことがあった。2009年のことだ。
お台場潮風公園の太陽の広場の中央に海を見て屹立するRG 1/1 RX-78-2 ガンダム、これは、いまだに鳥肌が立つほどの感動が蘇る体験だった。
18mの実物大ガンダムは、そんじょそこらのアートのオブジェなど遠く及ばないほど人々の心を揺さぶった。
それ以来、お台場にはアートがない。
ダイバー・シティ東京プラザ前にもユニコーン・ガンダムが設置されているが、これは似て非なるものだった。
1980~90年代にかけて、いち早く草間彌生やヨセフ・ボイス、イブ・クラインなど現代アートを相次いで紹介した河田町にあった「フジテレビギャラリー」が、現代美術館としてお台場に移転されていたら日本のアートシーンはどうなっていただろうと思う。
FCG(フジ・メディア・ホールディングス)ビルという丹下建築とは思えないようなポストモダンなビル内には同名のフジテレビギャラリーという場があるようだが、今はガチャピン・ムックの展示が行われているらしい。やれやれ。
ARTBAY HOUSEが明和電機をアート・プロジェクトのスタートにしたのは賢明な判断だったと思う。
アート不在のお台場がアートの発信地になりうる可能性を感じる建築と展示だったからだ。
これからの企画次第だが、あの空間をどう使いこなすか、アーティストの技量が試されることだろう。
<関連情報>
□ARTBAY TOKYO
https://artbaytokyo.com
□萬代基介建築設計事務所
http://mndi.net
□明和電機
https://www.maywadenki.com
□明和電機 ナンセンス ファクトリー
https://www.maywadenki.com/news/nonsensefactory/
□GM魚器販売のお知らせ
https://www.maywadenki.com/news/gmnaki2020/