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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第36回:掛井五郎からの贈りもの

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


『作家からの贈りもの』展(2003~2004年)という素敵な展覧会があった。

船越ふなこしかつら、ライオネル・ファイニンガー、香月かづき泰男やすお藤田ふじた嗣治つぐはる有元ありもと利夫としお本郷ほんごうしん、アレクサンダー・カルダー、パウル・クレー、猪熊いのくま弦一郎げんいちろう、パブロ・ピカソ、若林わかばやしいさむら11人のアーティストが公にする作品とは別に、創作活動の合間につくった家族や子どものために制作したおもちゃやオブジェの数々が、前川國男設計の新潟市美術館を皮切りに全国6か所で展示されるというものだった。

主催者のあいさつに「それらは、彼らの芸術創造活動と決してかけ離れたものではなく、むしろ作品のアイディアの源泉や、アーティストたちの素顔をのぞき見ることができる、いわゆる『イメージの原石』ともいえるものなのです。これらの『贈りもの』に、私たちは、アーティストたちのあたたかな眼差しと豊かな想像力、そして新たな側面を発見するでしょう。」とあった。

この展覧会の図録も素晴らしく、それぞれの作家を小さな冊子やポスターにまとめ、10冊の小冊子をボール紙の箱に収めたものだった。
作家の全作品を網羅したような大仰な作品集が嫌いな私には、これはもう秘密の宝箱のようで、私にとって展覧会の図録ベスト3に入る。
人には見せないようにしてつくられたものの方が、往々にして作家の創造の神髄が宿ると思うからだ。

作家からの贈りもの展 図録

『作家からの贈りもの展』図録
キュレイターズが企画・編集した展覧会の図録。舟越桂が自分の子供たちのためにつくった木製のおもちゃや本郷新のテラコッタ、猪熊源一郎の針金を使った「対話の彫刻」、若林奮のおもちゃなど目が離せないものばかり。 写真提供:Curators Inc. Art & Architecture

ここに加えたい作家の一人に掛井五郎がいる。

高名な彫刻家だが、はじめてその作品に出会ったのは10年ほど前、京橋の古いビルの4階にあった頃の「POSTALCO」でだった。

POSTALCOは不思議な店で商品だけが置かれていたわけではなく、発想の源となったものや、創設者のマイク・エーブルソンさんと友理さん夫妻がニューヨークとロスに離れて暮らしていた時に交わした膨大な手紙の束がダンボール箱ほどのガラスケースにぎっしり詰められオブジェと化したものもあったりした。

友理さんの師でもある掛井さんの作品はそれらの合間にそっと置かれていて、まさしく「作家からの贈りもの」の系譜だと感じた。

その時に持ち帰ったのは鋲のドットが斑点の小さなてんとう虫と、のほほんとした鼻の大きな人がグリップになっているグレーのステッキだ。

てんとう虫とステッキ
てんとう虫とステッキ。 写真:筆者提供

今、POSTALCOは古いビルのあったエリアにできた「京橋エドグラン」にある。このビルは周辺のビルとは違い、緑が多く、人が憩える椅子が所々に配されていて、ホッとする場所だ。一階にはこの地域の神輿もある。

ここはさまざまな掛井彫刻に出会える場所でもある。3階テラスには「人が咲く」(1991年)、3階オフィスラウンジに「天と地」(1991年)。22階のシャトルエレベーターホールには「誕生」(1983年)、「喜び」(1983年)「樹木の対話」(2001年)、同階のオフィス スカイロビーには「踊る男」(1992年)が置かれている。

聞くと、京橋エドグランはデベロッパー主導の開発ではなく、この地域に住む多くの権利者による再開発組合が施行者で、15年の月日を費やしたプロジェクトだそうだ。掛井彫刻設置の意図が納得できる気がした。

千鳥ヶ淵の「ギャラリー册(さつ)」で、『超えてゆく人/掛井五郎』展がはじまった。
ここは千鳥ヶ淵緑道に面したブックギャラリーカフェで、空間設計は内藤廣、書院棚のような棚のデザインと選書は松岡正剛の手によるという。

「かつて書斎には、文房四宝とともに掛け軸や三具足や工芸品が上手に置かれていた。(中略)そもそも本のない書斎はなく、工芸無縁の書斎もなかったのである。(後略)」
—— 松岡正剛(册するギャラリーより)」

この壁面の棚は韓国の民画 冊架図や文房図に描かれたように、書籍と工芸品を共に配置するためのもので、今回は掛井五郎の作品が置かれている。

千鳥ヶ淵緑道
写真:筆者提供

掛井五郎の書や絵画、彫像、そしてアトリエで使用されているパレットや工具などが書籍と並べて納められていて、その組み合わせの意図を想像するのも楽しい。

『超えてゆく人/掛井五郎』展
右) 「夏の花(原民喜)」書(2005年) 写真提供:株式会社ニキシモ 写真左:筆者提供 
掛井五郎による絵画作品
「都市東京―Ⅹ」版画(1998年) 写真提供:株式会社ニキシモ

北園きたぞの克衛かつえ、アンドレ・ブルトン、アンリ・ベルクソン哲学を辿る書に寄り添う、掛井五郎の手が生み出した小さな動物たち。

掛井五郎による動物のオブジェ
写真:筆者提供
掛井五郎による動物のオブジェ
写真:筆者提供
掛井五郎による動物のオブジェ
写真:筆者提供
掛井五郎による動物のオブジェ
写真:筆者提供

ワインのコルク栓、針金、スプーン、ボール紙、木端など打ち捨てられたようなものも生命を吹き込まれて表情豊かな彫像に生まれ変わる。
これら絶妙なバランスのトリオからは「物語」が聞こえてきそうな気さえする。

『超えてゆく人/掛井五郎』展 展示風景
写真:筆者提供
『超えてゆく人/掛井五郎』展 展示風景
写真:筆者提供

古い刷毛の紳士は作者自身に違いない。

『超えてゆく人/掛井五郎』展 展示風景
写真:筆者提供
『超えてゆく人/掛井五郎』展 展示風景
写真:筆者提供
『超えてゆく人/掛井五郎』展 展示風景
左)書棚の本の一部。中)掛井五郎が夫人のレシピブックに描いたもの。右)アルバロ・シザの隣にシェ・パニーズのクックブック。 写真:筆者提供

この展覧会はその後、建築家・石上純也の「水庭」で有名な「アートビオトープ那須」の「燦架」と呼ばれる展示空間や、レストランμ、水庭などの屋内外に6月4日から約1年間にわたり設置されるという。この環境に身を置いて、初夏の自然と呼応する掛井ワールドを体感してみたい。

石上純也の「水庭」
石上純也デザインの「水庭」。伐採されるはずだった隣接する雑木林から300本あまりの木を「移植」、どの位置からも木が重なって見えないように植えその合間を縫うように160の池と小道が配されている。 写真提供:株式会社ニキシモ
石上純也の「水庭」
写真提供:株式会社ニキシモ
坂茂設計のヴィラ
昨秋完成した坂茂設計のヴィラ。 写真提供:株式会社ニキシモ
掛井五郎による彫刻作品
那須で展示されるブロンズ作品。左は「スプーン」ブロンズ(1990年)、右は「はる~いち」ブロンズ、(1983年) 写真提供:株式会社ニキシモ
「アートビオトープ那須」サイン
写真提供:株式会社ニキシモ

以前、文筆家の佐伯誠さんがつくられた、掛井さんについて綴った『KAKEI Journal This is KAKEI!!』というB3サイズのポスターを折った新聞のような小冊子をいただいたことがある。

「絵であれ、彫刻であれ、マケット(雛型)であれ、掛井さんの手にかかったものは、どれも生きる歓びに溢れていて、ジッとしていない。たとえ悲哀に沈んでいるようなものでも、打ちひしがれていないで、運命にむかってカエル跳びをして、パンチのひとつも食らわせてやろうというふうだ。(後略)」(「マエストロの手は、止まらない。」佐伯誠『KAKEI Journal This is KAKEI!! 第1号』より)

これは掛井五郎世界へ誘う道標だ。
「作家の贈りもの」箱の中に、この”掛井ジャーナル”も加えておこうと思う。

『KAKEI Journal This is KAKEI!!』
写真:筆者提供

<関連情報>

□POSTALCO
https://postalco.com

□POSTALCO SHOP
https://postalco.com/blogs/店舗/

□京橋エドグラン
https://www.edogrand.tokyo

□ギャラリー册
https://www.satsu.jp
住所:東京都千代田区九段南2-1-17 パークマンション千鳥ヶ淵1F
Tel:03-3221-4220
営業日:火曜~土曜
営業時間:10:30~19:00
定休日:月曜・日曜・祝祭日

□「超えてゆく人/掛井五郎 変成作用I」
会期:2021年4月18日(日)~5月22日(土)
会場:ギャラリー册
※本展覧会へのご入場の際は喫茶(1,000円・税込)をご利用ください。

□「超えてゆく人/掛井五郎展 変成作用Ⅱ」
会期:2021年6月4日(金)~2022年5月31日(火)
会場:アートビオトープ那須
住所:栃木県那須郡那須町高久乙道上2294-3
http://www.artbiotop.jp/
協力:一般財団法人掛井五郎財団
※6月4日(金)のみ、全室一般公開いたします。6月5日(土)以降の客室内展示はスイートヴィラ宿泊者のみご覧いただけます。

>オープニング記念イベント
日程:2021年6月4日(金)
参加費:12,000円(税別)(ランチビュッフェ、1日観賞券、トーク参加費、水庭自由散策を含む)
オープニングトーク/11:30~13:00
ランチビュッフェ/13:00~14:30


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2021/04/29

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