Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
『作家からの贈りもの』展(2003~2004年)という素敵な展覧会があった。
主催者のあいさつに「それらは、彼らの芸術創造活動と決してかけ離れたものではなく、むしろ作品のアイディアの源泉や、アーティストたちの素顔をのぞき見ることができる、いわゆる『イメージの原石』ともいえるものなのです。これらの『贈りもの』に、私たちは、アーティストたちのあたたかな眼差しと豊かな想像力、そして新たな側面を発見するでしょう。」とあった。
この展覧会の図録も素晴らしく、それぞれの作家を小さな冊子やポスターにまとめ、10冊の小冊子をボール紙の箱に収めたものだった。
作家の全作品を網羅したような大仰な作品集が嫌いな私には、これはもう秘密の宝箱のようで、私にとって展覧会の図録ベスト3に入る。
人には見せないようにしてつくられたものの方が、往々にして作家の創造の神髄が宿ると思うからだ。
作家からの贈りもの展 図録
ここに加えたい作家の一人に掛井五郎がいる。
高名な彫刻家だが、はじめてその作品に出会ったのは10年ほど前、京橋の古いビルの4階にあった頃の「POSTALCO」でだった。
POSTALCOは不思議な店で商品だけが置かれていたわけではなく、発想の源となったものや、創設者のマイク・エーブルソンさんと友理さん夫妻がニューヨークとロスに離れて暮らしていた時に交わした膨大な手紙の束がダンボール箱ほどのガラスケースにぎっしり詰められオブジェと化したものもあったりした。
友理さんの師でもある掛井さんの作品はそれらの合間にそっと置かれていて、まさしく「作家からの贈りもの」の系譜だと感じた。
その時に持ち帰ったのは鋲のドットが斑点の小さなてんとう虫と、のほほんとした鼻の大きな人がグリップになっているグレーのステッキだ。
今、POSTALCOは古いビルのあったエリアにできた「京橋エドグラン」にある。このビルは周辺のビルとは違い、緑が多く、人が憩える椅子が所々に配されていて、ホッとする場所だ。一階にはこの地域の神輿もある。
ここはさまざまな掛井彫刻に出会える場所でもある。3階テラスには「人が咲く」(1991年)、3階オフィスラウンジに「天と地」(1991年)。22階のシャトルエレベーターホールには「誕生」(1983年)、「喜び」(1983年)「樹木の対話」(2001年)、同階のオフィス スカイロビーには「踊る男」(1992年)が置かれている。
聞くと、京橋エドグランはデベロッパー主導の開発ではなく、この地域に住む多くの権利者による再開発組合が施行者で、15年の月日を費やしたプロジェクトだそうだ。掛井彫刻設置の意図が納得できる気がした。
千鳥ヶ淵の「ギャラリー册(さつ)」で、『超えてゆく人/掛井五郎』展がはじまった。
ここは千鳥ヶ淵緑道に面したブックギャラリーカフェで、空間設計は内藤廣、書院棚のような棚のデザインと選書は松岡正剛の手によるという。
「かつて書斎には、文房四宝とともに掛け軸や三具足や工芸品が上手に置かれていた。(中略)そもそも本のない書斎はなく、工芸無縁の書斎もなかったのである。(後略)」
—— 松岡正剛(册するギャラリーより)」
この壁面の棚は韓国の民画 冊架図や文房図に描かれたように、書籍と工芸品を共に配置するためのもので、今回は掛井五郎の作品が置かれている。
掛井五郎の書や絵画、彫像、そしてアトリエで使用されているパレットや工具などが書籍と並べて納められていて、その組み合わせの意図を想像するのも楽しい。
ワインのコルク栓、針金、スプーン、ボール紙、木端など打ち捨てられたようなものも生命を吹き込まれて表情豊かな彫像に生まれ変わる。
これら絶妙なバランスのトリオからは「物語」が聞こえてきそうな気さえする。
古い刷毛の紳士は作者自身に違いない。
この展覧会はその後、建築家・石上純也の「水庭」で有名な「アートビオトープ那須」の「燦架」と呼ばれる展示空間や、レストランμ、水庭などの屋内外に6月4日から約1年間にわたり設置されるという。この環境に身を置いて、初夏の自然と呼応する掛井ワールドを体感してみたい。
以前、文筆家の佐伯誠さんがつくられた、掛井さんについて綴った『KAKEI Journal This is KAKEI!!』というB3サイズのポスターを折った新聞のような小冊子をいただいたことがある。
「絵であれ、彫刻であれ、マケット(雛型)であれ、掛井さんの手にかかったものは、どれも生きる歓びに溢れていて、ジッとしていない。たとえ悲哀に沈んでいるようなものでも、打ちひしがれていないで、運命にむかってカエル跳びをして、パンチのひとつも食らわせてやろうというふうだ。(後略)」(「マエストロの手は、止まらない。」佐伯誠『KAKEI Journal This is KAKEI!! 第1号』より)
これは掛井五郎世界へ誘う道標だ。
「作家の贈りもの」箱の中に、この”掛井ジャーナル”も加えておこうと思う。
<関連情報>
□POSTALCO
https://postalco.com
□POSTALCO SHOP
https://postalco.com/blogs/店舗/
□京橋エドグラン
https://www.edogrand.tokyo
□ギャラリー册
https://www.satsu.jp
住所:東京都千代田区九段南2-1-17 パークマンション千鳥ヶ淵1F
Tel:03-3221-4220
営業日:火曜~土曜
営業時間:10:30~19:00
定休日:月曜・日曜・祝祭日
□「超えてゆく人/掛井五郎 変成作用I」
会期:2021年4月18日(日)~5月22日(土)
会場:ギャラリー册
※本展覧会へのご入場の際は喫茶(1,000円・税込)をご利用ください。
□「超えてゆく人/掛井五郎展 変成作用Ⅱ」
会期:2021年6月4日(金)~2022年5月31日(火)
会場:アートビオトープ那須
住所:栃木県那須郡那須町高久乙道上2294-3
http://www.artbiotop.jp/
協力:一般財団法人掛井五郎財団
※6月4日(金)のみ、全室一般公開いたします。6月5日(土)以降の客室内展示はスイートヴィラ宿泊者のみご覧いただけます。
>オープニング記念イベント
日程:2021年6月4日(金)
参加費:12,000円(税別)(ランチビュッフェ、1日観賞券、トーク参加費、水庭自由散策を含む)
オープニングトーク/11:30~13:00
ランチビュッフェ/13:00~14:30