Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
色鮮やかな鳥、見たこともない南国の花が画面いっぱいにひしめく絵。
見慣れたはずの植物や鳥、蝶やトンボなどの昆虫さえ他の惑星か異世界の生物ではないかと思えてくる。
この感覚、草間彌生やフリーダ・カーロの絵に出会った時の衝撃に似ている。
ヨセフ・フランクの描く異形の植物や花々のテキスタイルの宇宙に通じる気もする。
絵を見ただけではどこの国の人なのか、年齢も性別もわからなかった。
「シスコ・パラダイス」と名付けられたこの展覧会は、大正生まれの塔本シスコという日本の女性の作品展だった。
今まで聞いたことが無い名だ。
身の周りにある草花や動物たち、家族や風景を独特の色調で「何にも似ていない絵」を自分流に思うままに描く。
それも、人並みはずれたエネルギーで。
塔本シスコは11歳の時に養父母から奉公に出されて小学校を退学している。20歳で結婚し子どもが生まれ、46歳で夫をダム建設の事故で亡くす。
子どもたちが巣立った後の53歳から大きなキャンバスに油絵を描きはじめた。
少女時代から働き、妻、主婦、母の役目を果たし終えた時に画家の息子が残していったキャンバスが目の前にあったのだ。その後は91歳で生涯を閉じるまで絵筆を握り続けたという。
青い葉の「ひまわり」を描いた丸木スマも同じような境遇だったことに気づいた。この人の絵の自由さも並大抵ではない。スマも10代から様々な仕事をして働きづめだった。結婚し家業の農業などに従事しながら子どもを育て、広島で原爆を体験。被曝した夫を翌年失う。70歳を過ぎて画家の息子夫婦の勧めで絵を描きはじめたという。働く必要がなくなった時エネルギーが向かう先が「絵」だったのだ。
息子の丸木位里は「働きづめに働いてきた人はじいっとしていられないんですよ。」(『丸木スマ画集 花と人と生きものたち』小学館刊より)と書いている。
アメリカにも素朴な筆致の画を描く“グランマ・モーゼス”として知られる女性がいる。アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼスは12歳の時から近くの農場に奉公に出て15年働き続けた。やがて結婚し10人の子どもをもうけて農業と子育ての日々を送る。
67歳で夫と死別し、病気がちな娘の介護やその子ども達の育児にもかかわり、75歳でようやく本格的に絵を描きはじめた女性で、101歳で亡くなるまでに1000枚以上の絵を描いたそうだ。
3人に共通するのは、教育を受けるはずの子ども時代から働きはじめ、結婚してからは妻、主婦、母として家事育児仕事に追われ、自分だけのために自由にできる時間がほとんどなかったことだ。
老齢になって様々な“つとめ”から解放されてポッカリ開いた自由な時間を得る。何にも縛られることがなくなった彼女たちは手を動かし、絵を描くという作業に没頭したのだ。
私がグランマ・モーゼスの絵をはじめて見たのは30数年前、アメリカ北東部・バーモント州にあるベニングトン・ミュージアムを取材で訪れた時だ。彼女の身の回りのものや、絵を描いていた仕事机が展示されていて、細い筆はマヨネーズの空き瓶にたてられ、マヨネーズの蓋をパレットのように使っていた。この質素さ! そして彼女がはじめて描いた絵は足りなくなった壁紙の代わりにするために壁に描いたものだということを知って驚いた覚えがある。
https://benningtonmuseum.org/collections-overview/collection-highlights/grandma-moses/
塔本シスコ展に続きグランマ・モーゼス展も控えている「世田谷美術館」が1986年にオープンした時の開館記念展は「芸術と素朴」というナイーヴ・アートに焦点を当てた展覧会だった。自らが楽しむため独学で創作した税官吏の日曜画家・アンリ・ルソーのポスターが印象的だった。
それ以来、素朴派への視線はこの美術館の企画の重要な柱の一つとなっている。
今、ちょうど塔本シスコ、丸木スマ、グランマ・モーゼスの3人の絵画展が3つの美術館で重なりながら開催されている。
この3人の独創的で生き生きとした絵を見ていると、何かをはじめるのに“遅い”ということはないし、描くという自分の喜びに忠実であること、既成概念や常識に囚われないことが本当に素晴らしいと思えてくる。3人ともきっと世間の評価なんてどうでもよかったに違いない。
そしてこの言葉の意味がよくわかった。
The chief enemy of creativity is common sense. -Pablo Picasso
(創造性の最大の敵は常識である。-パブロ・ピカソ)
<関連情報>
□世田谷美術館
「塔本シスコ展 シスコ・パラダイス」
会期:2021年9月4日(土)~11月7日(日)
※日時指定制 《チケットのご購入はこちら》
9月4日(土)~9月30日(木) のチケットは、8月25日(水)正午より販売開始
10月1日(金)~11月7日(日)のチケットは、9月25日(土) 正午より販売開始
開館時間:10:00~18:00(最終入場は17:30まで)
休館日:毎週月曜日 ※9月20日(月・祝)は開館、翌9月21日(火)は休館
会場:世田谷美術館 1階展示室
●ご来館に際してのお願い《こちらをクリック》
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/special/detail.php?id=sp00206
「生誕160年記念 グランマ・モーゼス展」
会期:2021年11月20日(土)~2022年2月27日(日)
※日時指定予約制(予定)
開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:毎週月曜日(祝・休日の場合は開館、翌平日休館)、12/29(水)~1/3(月)
※1月10日(月・祝)は開館、翌1月11日(火)は休館
会場:世田谷美術館 1階展示室
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/special/detail.php?id=sp00207
□静岡市美術館
生誕160年記念 グランマ・モーゼス展
https://shizubi.jp/exhibition/20210914_grandma/210914_01.php 9/14~11/7
□ベニングトン・ミュージアム
https://benningtonmuseum.org/collections-overview/collection-highlights/grandma-moses/
□ベルナール・ビュフェ美術館
わしゃ、今が花よ 70歳で開花した絵心 丸木スマ展
https://www.clematis-no-oka.co.jp/buffet-museum/exhibitions/1566/
9/28まで開催中
□ヨセフ・フランクの1920~40年代のテキスタイル スヴェンクステン
fabric and other textiles designs by Josef Frank at Svenskt Tenn.
https://www.svenskttenn.se/en/range/textile/fabric/