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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第54回:ダミアン・ハーストの桜

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


——「世中にたえて桜のなかりせば 春のこころはのどけからまし」 在原業平(古今集)

桜は人の心をざわつかせる。
その開花や終わりに一喜一憂するのは平安時代も今も同じ。
京都には桜の名所が多いので、何年か前までは桜のためによく通ったものだ。
けれど東京の桜だって捨てたものではない。
六本木なら「東京ミッドタウン」の桜並木と「国立新美術館」前の桜が見事だ。

ダミアンハースト
東京ミッドタウン外苑東通りから芝生広場まで約200メートルのソメイヨシノの桜並木が続く。旧防衛庁から引き継いだ約40本の桜が含まれている。ここは明治時代には陸軍駐屯地、終戦後には米軍将校の宿舎、日本に返還された後は防衛庁の檜町庁舎として使われていたところ。 写真:筆者提供
ダミアンハースト
国立新美術館前の桜。右の白い建物は戦時中「歩兵第三聯隊兵舎」(1928年昭和3年竣工)として使われていたもので、1936年の日本軍部によるクーデター、「2.26事件」の舞台となったところ。兵舎は、地上3階・地下1階の4層構造で上から見て「日」の字型の構造を持つ旧陸軍としては初の鉄筋コンクリート造のモダンな兵舎建築だった。
その後2001年までは東京大学生産技術研究所としてほぼ完全なかたちで残っていたが、国立新美術館の建設のため取り壊された。その一部だけが保存され、建築当時の姿に復元されて残っている。 写真:筆者提供
ダミアンハースト
写真:筆者提供

その国立新美術館で日本初の大規模な個展「ダミアン・ハースト 桜」展がはじまった。
ダミアン・ハーストと聞いて一番に思い浮かべるのは最初の出会いである「SENSATION」展(1997年)。
「ロイヤル・アカデミー」で開かれたサーチ・ギャラリーのチャールズ・サーチが選んだ英国の若手アーチスト達の展覧会で、ガラスの箱に入ったホルマリン漬けの鮫の作品にやられた。
https://www.youtube.com/watch?v=KDjaAkD5J8g

そしてロンドンの書店で買った出版されたばかりの重さ3kg強もある作品集(1997年初版)、ノッティングヒルにあった「ファーマシー」というレストラン(1998年〜2003年) https://pharmaceutical-journal.com/article/opinion/damien-hirst-pharmacy-and-the-1968-medicines-act と続き、彼のすることなすこと何もかもが衝撃的で、カッティングエッジな才気は向かうところ敵無しという感じがした。

ダミアンハースト
左) ダミアン・ハースト最初のmonograph「Damien Hirst」 Booth-Clibborn Editions, London 1997.https://www.amazon.co.jp/Spend-Everywhere-Everyone-Always-Forever/dp/1861542798
右)「センセーション展」カタログ Sensation: Young British Artists from the Saatchi Collection https://www.amazon.co.jp/Sensation-British-Artists-Saatchi-Collection/dp/0500280428 写真:筆者提供

あの頃のサーチ・ギャラリーはノースロンドンにあるバウンダリー・ロードの塗料工場跡を利用したもので、空間を錯覚させるリチャード・ウイルソンの重油を使った作品「20:50」(1991年)に驚愕した。ギャラリーが移転する都度足を運んだが、どのような建物に変貌してもウイルソンの作品だけは常に静謐だった。
https://www.richardwilsonsculptor.com/sculpture/2050.html
https://www.youtube.com/watch?v=cYRo5nfPHRA

「SENSATION」展で注目された若手たちは、ダミアン・ハーストをはじめトレーシー・エミン、サラ・ルーカス、ゲーリー・ヒューム、インカ・ショニバレなどはその後、世界に名だたるアーチストへと成長していく。

さて「SENSATION」展での出会いから25年、ダミアン・ハーストの新作はなんと「桜」だ。

“ダミアンハースト”
スタジオでのダミアン・ハースト 2020年 Photographed by Prudence Cuming Associates Ltd © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022
“ダミアンハースト”
スタジオでのダミアン・ハースト 2020年 Photographed by Prudence Cuming Associates Ltd © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022
“ダミアンハースト”
「ダミアン・ハースト 桜」展示風景 2022年 国立新美術館 Photographed by Masaya Yoshimura © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022
“ダミアンハースト”
ダミアン・ハーストのスタジオ風景 Photographed by Prudence Cuming Associates Ltd © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022
ダミアンハースト
左)オランダ・アムステルダムのゴッホ・ミュージアム黒川紀章設計の新館(1991年竣工)。右)そのエントランスに拡大されたアーモンドの花が。この美術館の本館(1973年竣工)はリートフェルト作。 写真:筆者提供

視界を覆う満開の桜、桜、桜。
それも天井までも届きそうな巨大な絵画ばかりだ。
ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングかと思わせるような叩きつけられたさまざまな色の絵の具の重なりが表現する桜の巨木。アムステルダムのゴッホ・ミュージアムの壁面に大きく引き伸ばされた「花咲くアーモンドの木の枝」(1890年)を見た時の不思議な感覚に似ていた。
https://www.vangoghmuseum.nl/en/collection/s0176V1962
絵画はそのスケールの大きさで全く違う印象になるものだ。

“ダミアンハースト”
ダミアン・ハースト 《神聖な日の桜》 2018年 油彩 カンヴァス 二連画 各305×244cm カルティエ現代美術財団コレクション Photographed by Prudence Cuming Associates Ltd © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022

これは2018年から製作をはじめた「桜」シリーズで、3年かけて107点を完成させ、昨年の7月から今年の1月までパリの「カルティエ現代美術館」で開催した個展で29点を初公開したという。その中から24点をダミアン・ハーストが選び、国立新美術館のホワイト・キューブの展示スペースに合わせて再構築したものだそうだ。

“ダミアンハースト”
ダミアン・ハースト 《漢字桜》 2018年 油彩 カンヴァス 366×274cm 個人蔵 Photographed by Prudence Cuming Associates Ltd © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022
“ダミアンハースト”
「ダミアン・ハースト 桜」展示風景 2022年 国立新美術館 Photographed by Masaya Yoshimura © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022
ダミアンハースト
写真:筆者提供
“ダミアンハースト”
「ダミアン・ハースト 桜」展示風景 2022年 国立新美術館 Photographed by Masaya Yoshimura © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022
“ダミアンハースト”
左)ダミアン・ハースト 《大切な時間の桜》 2018年 油彩 カンヴァス 366×274cm 個人蔵 Photographed by Prudence Cuming Associates Ltd © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022   右)ダミアン・ハースト 《母の桜》 2018年 油彩 カンヴァス 274×183cm個人蔵 Photographed by Prudence Cuming Associates Ltd © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022
ダミアンハースト
写真:筆者提供

展示スペースを抜けるとカルティエ現代美術財団製作のドキュメンタリー・フィルムが流されている。 美術史家ティム・マーロウによるダミアン・ハーストへのインタビューは25分弱あるが見応えがあるので必見だ。
https://www.youtube.com/watch?v=OxhtW0gmz-U

「桜の絵を描こうと思ったきっかけは?」の質問に、「ドットで埋め尽くしたベール・ペインティングという抽象画シリーズを描いていた時にそれが庭や木々のように見えてきた」。
5歳頃に彼の母が描いていた油絵の桜を思い出し「抽象的かつ具象的に描けたら両者の橋渡しができる。母の桜の絵に背中を押されたんだ」と語っている。
花の盛りから数日で儚く散る桜を描く「桜」シリーズは「美と生と死についての作品」だ。

ダミアンハースト
写真:筆者提供
“ダミアンハースト”
ダミアン・ハーストのスタジオ風景 Photographed by Prudence Cuming Associates Ltd © Damien Hirst and Science Ltd. All rights reserved, DACS 2022

「このスケールで描いた意味は?」との問いに、「観客に没入感を与えたかった」「木を間近に見た時、視界がいっぱいになる感じ」「見上げた時の桜の花」「目前に迫る感じにしたい」と。
彼が目指した通り、桜の木立を下から見上げた感覚が蘇り、枝の先の桜の花の奥には青空が広がって見えてくるようだ。

もうすぐ、この美術館の周りも桜の花で覆われるだろう。

ダミアンハースト
写真:筆者提供
ダミアンハースト
写真:筆者提供

あまたある京都の桜の名所の中でも、特に好きな「花の寺」がある。
多くの歌に桜を詠んだ在原業平が晩年を過ごした「十輪寺」。

そして、かなわぬ恋に俗世を捨てた西行が髪をおろした寺「勝持寺」。

——「花見んと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎にはありける」西行

この諧謔めいた歌を主旋律にした能「西行桜」の舞台となった寺だ。
どちらも長岡京の北側の古い社や寺が点在する大原野おはらのの里に在る。

都会の桜も、山里の桜も、詠われた桜も、描かれた桜もその儚さで人を惑わす。

ダミアンハースト
写真:筆者提供
ダミアンハースト
写真:筆者提供
ダミアンハースト
写真:筆者提供
ダミアンハースト
写真:筆者提供


<関連情報>

□「ダミアン・ハースト 桜」展
https://www.nact.jp/exhibition_special/2022/damienhirst/
会期:〜5月23日
休館日:毎週火曜日休館 ※ ただし5月3日(火・祝)は開館
開館時間:10:00〜18:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで
会場:国立新美術館 企画展示室2E 〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2

□十輪寺 開花情報
https://souda-kyoto.jp/guide/season/sakura/?id=0000476

□勝持寺 開花情報
https://souda-kyoto.jp/guide/season/sakura/?id=0000478


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2022/03/18

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