Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
2枚のインビテーション・カードが届いた。
特に文字組みの美しさにまずヤられてしまった。
そして余白のとり方、次に色……本当にきれいだ。
1枚目の「PRINT MATTERS」展の初日、向かったのは高田馬場の「BaBaBa」という元印刷工場跡を建築家・長坂常のスキーマ建築計画がリノベーションした場所だ。
去年オープンしたケーススタディスタジオのスペースだという。
展示されているのは写真家・三部正博の撮影したランドスケープをテーマにした連作と、それを「パピエラボ」のディレクター江藤公昭が印刷物(PRINT MATTERS)に転換した作品群だ。
ありふれた風景が三部の目で切り取られると不思議な意味を帯びてくる。
入って左側の壁にはそのオリジナルプリントのカラー写真が額装されて並んでいる。
そして目を転じるとその写真を印刷した紙が壁に止められていてひらりと動いた。
これはソウルにある「corners printing」(https://corners.kr/printing/)というデザイン・スタジオの運営するリソ印刷専門の印刷所でプリントされたリソグラフ印刷だという。
ちなみに「リソグラフ」は理想化学工業が開発した孔版印刷の原理を元にしたデジタル孔版印刷機によって印刷される印刷物のことだそうだ。
そして奥へ進むと、いわくありげな紙に墨色で刷られた写真。
この雲が水面に写りこむ写真、以前パピエラボで買ったポストカードの写真と同じだ。ポストカードが三部正博の写真だったことにたった今気が付く。
時を経て存在感を増した紙は、栃木にある古物商「茂|呂」で出会ったものだという。
インビテーションのための活版そのものの展示もある。
そしてその隣の壁面いっぱいに掲げられているのが黒い紙に印刷されたシルクスクリーンプリントだ。STUDIO UDONGEによるインクの微妙な色調整の工程も展示されている。
パピエラボでは以前写真家・ホンマタカシの撮影した山の写真を凸版にし、活版印刷機で1回から十数回まで重ねて刷る手法で本をつくったことがあった。
2011年に「東京オペラシティアートギャラリー」で開催されたホンマタカシの個展「ニュー・ドキュメンタリー」展に時期を合わせて、都内の9ヶ所で開催された関連展示「サテライト9」のためにつくられた『our mountain』だ。
パピエラボを含む9ヶ所を巡るスタンプラリーも企画されて、コンプリートのご褒美は、なんとホンマタカシのプリントだった。
当時から江藤は、写真と印刷物の関係をこのように表現していたのだ。
今回のプロジェクトについても、写真家と紙と印刷のディレクターの両者の目的は「印刷のプロセスを経ることによって写真の見え方や在り様が変わる可能性、また写真を素材にすることで印刷技術の潜在力を引き出せる可能性についてお互いの立場から考察すること」だと記している。
さて、2枚目のインビテーション・カードに誘われて渋谷の「nidi gallery」に向かった。
イラストレーター・塩川いづみが、今までペンや鉛筆で描いた人物や動物や植物の絵を集めた作品集が5月末日に出版されるのを記念した展覧会だ。
最初に目に止まるのが、絵を描く塩川自身の手の写真。
そしてこの本の表紙の文字組みをそのまま印刷した紙に描かれた絵が並ぶ。本のための手書きポスターというスタイルをとっているドローイングだ。
ここで一番気になったのは子どもの手を描いたもの。
今年の2月に青山の「buik」で展示されたApartamentoのcook bookの本のための絵の原画展でも、料理をするシェフの手が印象的だった。これもいい手だ。
アートディレクター井上庸子による本の構成も、隅々まで神経が行き届いている。
見開きになった時に無理なくフラットになる「コデックス装」という製本。真ん中から後半は三部正博によって撮影された塩川いづみの印刷物の数々。モノクロームの合間に赤と
この臙脂色は、「砂漠のバラとキャベツの匂い」(2016年)という展覧会の時に使われていたあの色。
紫キャベツをターバンにしている女、たわわな葡萄と枝だけになった房の絵に添えられた言葉は「骨と肉 bone & fresh」。群生する花には「woman 全てを欲しがるからいつも足りない」の文字が付き添っていた。
彼女は自分を取り巻く世界をこんな風に感じとっているのかと驚愕し、この展覧会から私は塩川いづみをアーティストして見るようになった。クライアントワークのイラストレーションでは表現者の本質的なことは読み取り難かったからだ。
そして彼女が描いた宮澤賢治の『春と修羅』(2018年刊)の詩画集を手に取って「こうきたか!」と感嘆した。そして銀座の「月光荘」での展覧会「Mythos」(2019年)でも、新境地を見せてもらった。
多分、私が最初に見た塩川いづみの絵は代々木八幡にあったカフェの壁面いっぱいに貼られた大きな紙に描かれた何匹もの黒い猫だったと思う。まだ美大を出たばかりの頃だったのかもしれない。作品展を見ていつも思うのだけれど、昨日までの彼女はもうそこにはいない。進化して、今輝いていることが一番素晴らしいことなのだと。
<関連情報>
□PRINT MATTERS
MASAHIRO SAMBE & PAPIER LABO.
会期:2022年 5月31日(火)まで開催中
会場:BaBaBa 東京都新宿区下落合 2-5-15-1F
時間:12:00〜19:00
□PAPIER LABO.
https://papierlabo-store.com/about
□HOMMA TAKASHI〈OUR MOUNTAIN〉
https://papierlabo-store.com/items/530495fc83f1530f0900016e
□塩川いづみ作品集 刊行記念展
https://nidigallery.com/news/20220520
会期:2022年6月9日(木)まで開催中
時間:12:00〜18:00
休廊日:月・火曜日
会場:nidi gallery 東京都渋谷区東2-27-14 #102
□塩川いづみ作品集 刊行記念展
https://utrecht.jp/
会期:2022年 6月14日(火)〜6月26日(日)
会場:UTRECHT/NOW IDeA 東京都渋谷区神宮前5-36-6 ケーリーマンション2C
時間:12:00〜19:00時
休廊日:月曜日
□塩川いづみ作品集 IZUMI SHIOKAWA PEN, PENCIL, PEOPLE, ANIMALS AND PLANTS
http://www.genkosha.co.jp/gmook/?p=27944
2022年5月30日発売
デザイン:井上庸子 写真:三部正博
A5判 224ページ
定価:本体3,000円+税
□「memories」
https://utrecht.jp/products/memories-塩川いづみ
https://nowaki-kyoto.net/items/59e75ed3f22a5b6aa70074ba
□「春と修羅」
https://www.torchpress.net/product/1408/
Torch press 刊
デザイン:T. S. ヴェンデルシュタイン(シンプル組合)
仕様:A6変型/ハードカバー/96P
言語:日本語/英語
定価:1,500円+税