Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
東京ミッドタウンにある「21_21 DESIGN SIGHT」でクリストとジャンヌ=クロードの展示を見るのはこれで3度目だ。
1度目は2010年2月に開催された
「クリストとジャンヌ=クロード展 LIFE=WORKS=PROJECTS」だった。
その前年の5月に急逝したクリストのパートナー、ジャンヌ=クロードの悲報を聞いて数日後、30年来の知己である三宅一生が彼女の追悼とこれからのクリストの活動を応援するための展覧会を21_21 DESIGN SIGHTで開催したいと伝えると、そのわずか数分後にクリストからの快諾を得て実現したものだという。
https://www.2121designsight.jp/program/candj/
オープン当初に、来日したクリストが柳正彦と共に行ったギャラリートークに参加した覚えがある。
その1ヶ月後には、インターネットで真夜中の東京と朝のニューヨークのクリストのスタジオを繋ぎ、クリストと直接対話ができるという試みも行われた。
これは六本木にあるアートスペースをオールナイトで開放する「六本木アートナイト」という試みの一環で、その日はクリストのドキュメンタリー映画5作品が夕方から一挙に上映され、深夜にはクリストのスタジオに映像が切り替わり、展覧会場からの質問に答えるクリストの隣に、なんとニューヨークに滞在中の三宅一生が飛び入りで参加するというスペシャルなサプライズもあって、忘れられない一夜になった。
2度目は2017年の「『そこまでやるか』壮大なプロジェクト展」で、8名のアーティストや建築家の飛び抜けた発想とスケールのプロジェクトの数々が紹介された。
その中で群を抜いていたのは、やはりクリストとジャンヌ=クロードの「フローティング・ピアーズ」で、イタリアのイセオ湖の湖面を覆った3kmに及ぶ布の浮き橋のプロジェクトだった。
https://www.2121designsight.jp/program/grand_projects/
そして3度目は、今開催中の「クリストとジャンヌ=クロード“包まれた凱旋門”」展だ。
昨年の9月18日から10月3日まで16日間にわたって凱旋門を包んだプロジェクト「L’Arc de Triomphe, Wrapped, Paris, 1961-2021」のはじまりから構築されていく過程までを克明に追ったものだ。
ニュースでは見ていたが、そのプロジェクトのはじまりがいつなのか知らなかった。1961年からだったとは……。
地階に降りる時に最初に目についたのはパリ時代の若きクリスト、そして目を転じるとジャンヌ=クロードの写真、お互いを撮った写真だ。
クリストとジェンヌ=クロードの出会いはクリストがパリに着いた1958年。ソ連の支配下にあったブルガリアから何カ国かを経てパリ亡命してきた無名の芸術家は、その頃生活のために肖像画を描くこともしていた。
上流階級の女性から家族全員の肖像画を頼まれたクリストが訪れた邸宅で出会ったのが、依頼者の娘ジャンヌ=クロードだった。アートとは縁のなかった彼女は彼によってアートに目覚め、生涯のパートナーとなる。二人三脚でのプロジェクトがはじまったのは、ここパリからだった。
さまざまなものをパッケージした「包まれたオブジェ」から「屋外空間での一時的な芸術作品」へと進化する中で作品の方向性は建築的スケールへと拡大し、1961年クリストは凱旋門を包むことを想像した。
1962年から63年にかけてフォッシュ通りから見た「L’Arc de Triomphe, Wrapped」というフォトモンタージュを制作。1988年には再びコラージュの中に包まれた凱旋門を登場させていたという。彼は2017年からこのプロジェクトを積極的に展開し、60年を経てようやく実現したのだ。
パリから拠点を移したNY時代から凱旋門プロジェクトに至るまでの二人の年譜が、写真を追うことで認識できる展示もあった。
そして12本の通りが星のように放射線状に広がるシャルル・ド・ゴール広場(エトワール広場)の中心に存在する凱旋門のパノラマ模型が、一際目を引く。
クリストの描いた凱旋門プロジェクト完成図や、彫像をプロテクトするための鉄骨が組まれた凱旋門の1/50模型もある。試作を見上げるクリストの姿も後方にあった。
このプロジェクトの実現化に向けての過程を記録したフィルムの数々が圧巻だ。この展覧会のディレクターであり映像作家でもあるパスカル・ルランが、「準備」「設置」「実現」をテーマにプロジェクトを丹念に細やかに追ったものだ。
構造エンジニアのアン・ブックハーツは、プロジェクトの3つの重要なミッションを明かしている。
1:凱旋門を守る。
2:クリストが望んだ作品の形状をつくる。
3:実際に布をかけること。布が風で飛ばされないように安全な基礎の部分をつくる。
その布や縛り付けるロープは強度、重量など緻密に計算された上でオリジナルのものが織られ、特別に捻りあわされたものだ。
布の色についてはこんなことが語られている。
パリ時代のクリストが暮らしたのは、エレベーターのない建物の7階にある小さな部屋だ。
「屋根裏部屋で寝起きしていた彼はいつも屋根を見ていました。」
「配管工の服の灰色のような深い色合いから“デラ・ロッビア・ブルー”と呼ばれるコバルト・ブルーへ、そして日が高く昇るとさらに銀色になって光り輝く、そんなパリのユニークな屋根を目撃した時の驚きの感覚を、クリストは布で再現したいと考えて、それを実行したのです」
この展覧会のディレクターであるパスカル・ルランによると、
「実現に至る長いプロセスの中には準備、設置、そして展示という3つのステップがあり、エンジニア、行政関係者、施工業者、製造メーカーなどあらゆる専門家が密に連携をとりながら、二人の理想に向けての解決策を提案した」
当初2020年に予定されていたプロジェクトはクリストの死後、彼の甥であるヴラディミール・ヤヴァチェフに率いられたクリストとジャンヌ=クロードの“チーム”によって、2021年に完成した。
凱旋門を覆った実物大の壁面が再現されている。
明け方から夕闇に至るまでの光の中にある「包まれた凱旋門」の映像を見ながら、クリスト自身のこの言葉が多くの人を動かしたことを確信する。
「自らに問うべきことは本当に自分がやりたいことを知る事だ。それがわかったら、自分の人生をささげてその実現に向けて愛と情熱を全て注ぎ込んで実現しなければならない」
会場を出る前の暗い一室には、砂漠を行くクリストとジャンヌ=クロードの姿が動く光のようにそこにあった。
<関連情報>
□ 21_21 DESIGN SIGHT 企画展「クリストとジャンヌ=クロード”包まれた凱旋門”」
https://www.2121designsight.jp/program/C_JC/
会期:2022年6月13日(月)~2023年2月12日(日)
開館時間:10:00~19:00(入場は18:30まで)
休館日:火曜日、年末年始(12月27日~1月3日まで)
※本展覧会は、映像作品が多く出展されています。すべてご覧いただくとおおよそ2時間程度かかります。時間に余裕を持ってご来館ください。
〇8月4日(木)~11日(木・祝)の8日間にわたりイベントが開催されます。
https://www.2121designsight.jp/program/C_JC/events/WS-KS.html
「みんなの形で凱旋門を包もう(エッフェル塔も!)」
造形作家の関口光太郎によるワークショップを開催します。新聞紙とガムテープで自由な「形」をつくり、凱旋門とエッフェル塔の骨組みを包みます。
日時:2022年8月4日(木)~11日(木・祝日)11:00-15:00(最終受付 14:30)
場所:東京ミッドタウン プラザB1
講師:関口光太郎
参加費:無料
特別協賛:三井不動産株式会社