Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
前からずっと気になっている英国のアーティストが 2 人いる。
ライアン・ガンダーとアントニー・ゴームリーだ。
以前ロンドンへ行った時、 「リッソン・ギャラリー」 での初個展があるとライアン・ガンダーの友人であるデザイン集団 「ABAKE」 のMAKIさんが教えてくれた。 それは、 ガンダーと共に編集し、 ABAKE がデザインしたガンダーの作品集 『Ryan Gander: Catalogue Raisonnable Vol.1』 (2010年刊) の出版記念展でもあるという。
行ってみたら、 広い空間に壊れたネオンサインや天井に取り付けられた小さなハッチなど不思議なオブジェが点在していた。
作品集も 2000年からの 10年間につくられた作品や言葉がアルファベット順に並べられたもので、 疑問符が次々に溢れてくる仕掛けだった。
一筋縄ではいかないこの曲者ぶり! 何者この作家??
その後も日本でギャラリー 「TARO NASU」 や、 片山正通のコレクション展などで彼の作品は時々見かけてはいたが、 全貌を掴むには捉えどころが無くて手に負えないという感じだった。
今、 「東京オペラシティアートギャラリー」 で開かれている彼の展覧会に行けば何か手がかりが掴めるかもしれない。
入り口の床から黒い四角い紙が点々と貼られている。 展示される国の通貨やクレジットカード、 IDカード、 航空券などの原寸のシルエットをかたどった黒いシートだそうだ。
展覧会のタイトルは 「THE MARKERS OF OUR TIME」。
この黒いかたちは、 現在の日本で通用する 「しるし」 の一つということなのか。
25個並んだ黒い箱 「ウェイティング・スカルプチャー」 の表面に現れるのは “待ち時間” 。
人がインスタグラムに費やす平均時間や、 瞬きの間に目を開いている平均時間、 ベケットの戯曲 「ゴドーを待ちながら」 のゴドーを待つ時間……など様々な所要時間が秒数で表示される。
このスチール製の箱に手をかざすと、 印字された紙が出てくる。 これはランダムに選ばれた地球上のどこかの地点の緯度と経度で、タイトルは 「あなたをどこかに連れて行ってくれる機械」 。
この時計は表裏両面が文字盤で時を示す針はない。 「クロノス・カイロス、19.04」 。 クロノスは 「客観的な時間」 を、 カイロスは 「主観的な時間」 を表す古代ギリシアの概念だ。
日常で認識している時間の概念、 地球という意識、 一枚の小さな紙切れによって経済的に制御されている社会……。 会場に入って数十歩歩く間に押し寄せてくるこの認識への揺さぶり。 日常において、 無意識に通り過ぎていることの多さを突きつけられた感じだ。
次の部屋では、 壁に取り付けられた漫画のような目玉が観覧者に反応し瞬きをする。
フランク・ロイド・ライトと遠藤新の共作の椅子には雪が降り積もっていたり、 小さな蚊が座面で蠢いている。
そして、 壁に開いた穴から顔を覗かせてしゃべる小ネズミがいる。
この作品 「2000年来のコラボレーション(予言者)」 では、 女の子の声が映画 「独裁者」 (1940) のラストでチャップリンが行った演説をガンダーが書き換えたものを語り続ける。
>>Youtube : https://www.youtube.com/watch?v=xl2e69fEFf4
「カエル、 ネズミ、 鳩、 スカンク、 牛、 馬、 虎…… などの他の動物と違って人間は、 物語を語り、 自身が何者かを理解する唯一の動物だ……。 」という話からはじまる。
「我々は皆、 男も女も子供も、 密かに支配されているのだ。 自分のしるしを残したい、 個性を発揮したい、 集団から目立ちたい、 違いを示したい、 影響を受けているのは自分だという不安を押し殺してしまいたいという衝動に。」
「さあ、 リアルな時間の中で行動しよう。 代替物や、 似非空間、 似非時間を排除し、 利己主義や不寛容を捨てるのだ。 理性の世界のために闘おう。 装置や進歩が、 我々の注目度を商品化するためでなく、 我々を幸せへと導く世界のために。 リアルと現実の名の下に、 我らすべては団結しよう。 物語ることの本質こそが、 団結、 兄弟愛、 そして世界を異なる視点で見る力を植え付けるのだ。 予想に抗い、 そして自らの思い込みが覆されることを良しとせよ。」
この衝撃!!
もう一つの衝撃は会場で流されている BBC 制作のドキュメンタリー 「Only a matter of time」 2020。
このフィルムでガンダーはセルフィーの歴史を語り、 ナショナル・ギャラリーで 15 世紀のファン・アイクの自画像について考察し、 2000 万人の登録者をもつ人気 YouTuber DanTDM にバトル・ゲームの最中 「銃を撃ってないでこの仮想空間の美しい景色を立ち止まって眺めたことはないの?」 と質問する。
アメリカでは SNS の本陣を訪れ、 遺体を液体窒素で凍結保存させ “来る日に備える” 「Alcor」 という会社の取材もする。
この映像の中でガンダーは手のひらにチップを埋め込んだトランスヒューマニストにも会う。 彼は車椅子のガンダーに向かい 「チーターの脚をモデルにしたバイオニックの足であなたの足を “改善” できる可能性がある」 と話す。 ガンダーは 「車椅子に乗っているからといって、 私の世界観に影響はありませんし、 チーターの足はいりません」 と鮮やかに切り返す。
企画展を出て、 その上階にある収蔵品展示の会場に行く。
寄贈された寺田小太郎による収蔵品もガンダーによってキュレーションされていた。
李禹煥やサム・フランシス、マイク・ケリーの絵画や二川由夫の建築写真がパズルのように並べられ、 向かいの壁面には作品の大きさの矩形が展示と同じ間隔で並べられ、 作品クレジットはそこで確認することができる。
展示に寄せてガンダーによって書かれたこのような文章があった。
「地球上の全ての人間は、 視点を変え、 共感を発動し、 全く同じものを何通りもの方法で理解する力を持っている。」
「違うこと、 普通でないこと、 不可思議なこと、 変であることを許容すること。 新しいこと、 いつもと違うやり方に可能なかぎり挑戦し、 遠回りすることでお定まりの状況を変え、 ひととき視点を変えること。」
「芸術の鑑賞は単に網膜によるものでなく、 認識的なものなのだ。」
なるほど。
彼の一つひとつの作品は 「日常の中に潜む何かを気づかせ新しい認識をつくる装置」 になっているのだ。
ギャラリーの帰りがけにロッカーに入れたバッグを取り出した。
ふと振り返ると、 背面のロッカーの中に石ころが入っているのが目についた。
ある一段だけに全て鍵がかかり、 そこに石が一つずつ置かれていたのだ。
展示室の中にあった石の自動販売機の、 人を食ったような但し書きを思い出した。 また、 してやられた。
オペラシティのエレベーター・ホールには不思議な彫像がある。
もう一人の気になる英国人アーティスト、 アントニー・ゴームリーの作品だ。
アーチ型のエレベーターブースを挟んで数十メートル離れて背中合わせに2対置かれている 「Two Times II」 1995。
ゴームリー自身をかたどった等身大の彫像で、 まるで人がそこにいるようで、 いつ通りかかってもドキッとする。
彼の代表作とも言えるこのシリーズのもう1対は、 竹橋の 「東京国立近代美術館」 の2階にある。
ガラスの壁面を挟んで向かいあって立つ 「Reflection(反映/思索)」 2001。
そして数年前、 目の当たりにしたのが英国南東部のケント州の海辺の町マーゲートにある 「Another Time」 2017。
ターナー・コンテンポラリーの目前に広がる海中に立つ人物像だ。
彫像だとわかっていても 「いつ見てもギョッとする」 と、 そこで暮らす人が言っていた。
アーティストとは日常を覆う予定調和や常識を、 静かに鋭く鮮やかに覆す人のことなのだ。
<関連情報>
□「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」展
https://www.operacity.jp/ag/exh252/
会場:東京オペラシティ アートギャラリー
会期:2022年7月16日(土)~2022年9月19日(月・祝)
開館時間:11:00~19:00(入場は18:30まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
□Ryan Ganderのinstagram
https://www.instagram.com/ryanjgander/
□ABAKEデザインのRyan Ganderの本
https://www.dentdeleone.com/products?utf8=✓&search=Ryan+gander
□Anthony GormleyのHP
https://www.antonygormley.com