Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
コロナウイルスが蔓延しはじめた頃、 さまざまな本を読み漁った。
『2030年ジャック・アタリの未来予測』 (2017年)、 『デカメロン2020』 (2020年) は秀逸で、 中でもヤマザキマリと中野信子の対談集 『パンデミックの文明論』 (2020年) は目から鱗の連続だった。
日本人は、 法でも宗教でもない 「戒律としての世間体」 によって異端視されることを極力怖れる。
彼女の漫画の愛読者ではないが興味深い人だったので、 「東京造形大学」 ではじまった展示 「ヤマザキマリの世界」 に出かけた。
私の卒業した美大も都心から通うにはかなり地の果ての感じだったが、 八王子の山間部にある東京造形大学もなかなかな立地で、 最寄りの駅からスクールバスに乗ってようやくたどり着いた。
磯崎新設計の大きなアーチをくぐると、 その向こうに山を背にした神殿に続くような階段があって、 その頂上にはもう一つの異なる建造物が乗っているように見える。
ここが東京造形大学附属美術館 (横山記念マンズー美術館) だそうだ。
ガラスの扉が開くと、 風呂屋のような暖簾の向こうにプロジェクションマッピングで溢れる水と富士山。 これは漫画 『テルマエ・ロマエ』 の世界か?
アーチの入り口を入ると壁がカーブしている天井の高いホールがあり、 そこには古代ギリシャのブロンズ像 「リアーチェの戦士」 の復元彫刻が展示されていた。
その部屋の奥のホールも湾曲した壁と異様に高い扉があり、 どこか中世の礼拝堂の趣がある空間だった。
ここでの展示はダ・ヴィンチの手稿とデッサンのレプリカと、 ヤマザキマリの最新作 『リ・アルティジャーニ』 に登場する芸術家たちの解説。 この荘厳なイメージの2室で古代ギリシャの造形に触れ、 ルネサンス芸術への手解きを受けることになる。
さて、 ホールを挟んだ両サイドにある大きな展示室にも特徴ある円柱やスラッシュ窓がありこの空間全体から白井晟一建築の独特な特徴がいくつも読み取れた。
「なぜ白井建築が磯崎新設計の大学内に?」 という疑問が湧いた。
この美術館は白井晟一が生前に残した計画原案の図面に基づいて建築されたもので、 2010年にはここで 『SIRAI, いま 白井晟一の造形』 展が行われたことを知った。そういえば外観は、 あの 「原爆堂」 に似ている気がする。
展示室Aには “漫画家として” の代表作 『テルマエ・ロマエ』 『プリニウス』 『オリンピア・キュクロス』 などの原画、 中央には 「カラカラ帝浴場」 の1/250の復元立体模型が置かれている。 これは大学の建築科の作だという。
そして大きなバナーが天井から吊られている。 「ヤマザキマリワールドの学堂」 というタイトルでラファエロの 「アテネの学堂」 を元にした学生による制作でヤマザキマリ漫画のキャラクターが克明に描きこまれているなかなかの力作だった。
もう一つの展示室Bには、 ヤマザキマリの4歳の 「お絵かき」 から10代のスケッチ、 17歳で油絵画家を目指してイタリアに留学して以来、 22年ぶりに描いたという山下達郎を描いた油絵の肖像画まで “画家として” の創作が網羅されている。
場所を移ってZOKEIギャラリーでは 「著述家として」 のヤマザキマリ全著作、 雑誌記事までを徹底的に展示。
全著作から選び抜かれた彼女の名言が、 天井からいくつも下がっていた。
そして、 彼女の近作 『ヤマザキマリの世界逍遥録』 をもとに彼女が暮らした土地や旅した地が世界地図や日本地図に印されていた。
私が感銘を受けた、 日本独特の 「戒律としての世間体」 という洞察がどんな比較文化論学者よりも説得力があるのは、 世界各地で生き抜くこと=フィールドワークに裏付けられているからだと納得した。
この日は主催者による会見が行われ、 ヤマザキマリも登壇した。
彼女が2019年から東京造形大学の客員教授になった経緯、 この展覧会が企画、 設営、 運営も含め東京造形大学の教授やOB、 様々な学科の学生の手によるもので、 営利目的ではない情熱や創造性が生み出した稀有な展覧会であることがわかり、 そこでようやく何故、東京造形大学の美術館での開催なのかの謎がいくつも溶けた。
幼い頃から、 白い紙があるとそこを絵や言葉でうめつくさずにはいられない子どもだったという。 中学生の時、 将来 「絵描き」 を目指すというと教師から反対された。 生きていけない = 経済的生産性がないという理由だ。 けれど、 彼女は17歳でイタリアに渡り画家を目指して鍛錬をつんだ。
たまたま 「漫画家」 で世に出て生きてきた。 けれどまた 「油絵の肖像画家に戻るかもしれない」 というヤマザキマリの一言が、 この展覧会を見たからこそ腑に落ちるような気がした。
展示室Bにあったヤマザキマリの巨大肖像画は、 マリの息子デルスによって撮影されたポートレートで、 それを 『テルマエ・ロマエ』 の濃淡のある画面を貼り合わせモザイク状にして再現したもの。 この発想も気の遠くなるような創作も学生たちの共同制作だ。 これはアツイ作品だった。
<関連情報>
□「ヤマザキマリの世界」展
https://yamazakimari.world/
会場:東京造形大学附属美術館
会期:2022年10月25日(火)~11月26日(土)
ZOKEIギャラリー(東京造形大学12号館1階)
会期:2022年10月25日(火)~11月18日(金)
開館時間:10:00-16:30(入館は16:00まで) ※11月25日(金)は19:00まで開館(入館は18:30まで)
休館日:日曜・祝日
入館無料
□『テルマエ・ロマエ』
https://yamazakimari.com/works/thermae-romae/
□『リ・アルティジャーニ』
https://www.shinchosha.co.jp/book/602301/
□『ヤマザキマリの世界逍遥録』
https://www.kadokawa.co.jp/product/302012000726/