Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。
東京オリンピックの年から1970年代まで、神宮前にデザイナー・マンションの先駆けとなった「ビラ・シリーズ」が次々に建設された。
’64年の堀田英二による「ビラ・ビアンカ」、続いて「ビラ・ローザ」、’70年代に入ってからは坂倉準三の坂倉建築研究所の「ビラ・セレーナ」、「ビラ・フレスカ」、「ビラ・モデルナ」。そして丹下健三研究室出身の大谷幸夫設計の「ビラ・グロリア」がそれだ。大谷の代表作はなんと言っても国立京都国際会館だろう。
「ビラ・シリーズ」のマンションは今でも健在で、稀代の目利き青山二郎や写真家の奈良原一高、インテリア・デザイナーの北原進、ファッション・デザイナーの北原明子夫妻など著名なクリエイターが居住していたことでも有名だ。
「ビラ・グロリア」の地下には、’72年の竣工と同時に伝説の「BAR RADIO」がオープンした。内装は杉本貴志、RADIOのロゴは田中一光、さまざまな分野のデザイナー、作家、写真家、アーティストに愛されたBARで、十数年前までここにあった。青山の「2nd RADIO」は閉店、今は南青山で「3rd RADIO」が営まれている。
「BAR RADIO」が最初にあった場所に今年9月、「BAR WERK」がオープンした。
フードコーディネーターの長尾智子さんが共同経営者で料理を監修しているというので、菓子研究家の福田里香さんに誘われてさっそく出かけることにした。里香さん番歴代編集者2人も含めて女性4人、皆カクテルよりまずこの手書きのメニューに目が釘付け。
そして尾崎浩司さんの「BAR RADIO」だったら絶対に許されないような挙に出た。「すべてのメニューを皆でシェアしません?」。
BAR WERK Today’s menu
(2019年11月13日)
- ハモンセラーノ トレベレス産 きゅうり レモン
- イワシの酢漬けのスモーブロー じゃがいも ディルスパイス
- いちじくのスモーブロー フルーツパン リコッタクリーム
- 紫人参とゴボウのコンフィ
- ウフマヨネーズ 黒オリーブ カリフラワー トリュフソルト
- 野菜のアグロドルチェ ヨーグルトソース キヌア ブルグル
- いちじく フェタ ミント フェンネル カツオくん
- チーズ盛り合わせ 2種 フルーツ
- キノコとカリフラワーのクリーム煮
- 黒パン 発酵バター マルドンソルト
- ソルトナッツ レーズン チョコレート
- ジンジャーケーキ&クリーム
- コーヒープリン ミルクアイス バニラキャラメルソース
長尾智子さんの最近の名著に『ティーとアペロ』(柴田書店)がある。その一節に「料理やお酒がいろいろと揃って、誰でも分け隔てなく対応する居心地のいい居酒屋さえあれば事足りるよね、と友人たちと意見が一致したのは、旅先でそんなお店に出会った時でした。」
この文章の対向ページには、ちぎった田舎パンに添えた粗塩をふった無塩バターの一塊の写真。これでヤラレない人はいない。いつかそんな居酒屋に出会えたら……、と思い続けていた矢先での「BAR WERK」のオープンだった。居酒屋ではなくBARだけれど、居心地のよさは最高だ。
出てくる一皿一皿が本当に美しい。チーズの並べ方にも、いちじくの切り口にも、卵の姿にも、ディルの添え方にもいちいち感動。そして食材の組み合わせも絶妙! 開店したばかりの頃はお菓子も4種類用意していたとか。その日は2種類が用意されていた。まさにリアルな「ティーとアペロ」。
ナチュラルワインとバーテンダーの成田玄太さんによるカクテルもいろいろ趣向がある。一番エスプリを感じたのは「X.Y.Z.」ではなく「A.B.C.」。これはアクアビット、ビール、カンパリの頭文字。里香さんのアイディアだと聞いた。ホワイト・ラム、ホワイト・キュラソー、レモンジュースのカクテル「X.Y.Z.」はベースをブランデーに変えると「サイドカー」になる。カクテルも知れば知るほど奥が深い。
それから2週間ほどして、表参道の「GYRE」の4階に1000㎡の「食」の空間がプレ・オープンした。「GYRE.FOOD」と名付けられたこの場所のグランド・オープンは2020年の1月10日だそうだ。
「eatrip」を主宰する料理家 野村友里さんがこの場所のコンセプトを考えた。長い間、商業施設に入ることを拒んできた彼女。地球環境が悪化の一途をたどり、食の安全性が危ぶまれ、飢える人がいる中でのフードロスは増加するばかりだ。そのような問題を考えるための実験装置にもしたいという思いが、このようなプロジェクトへと彼女を駆り立てたのだろう。その思いを引き受けて空間にしたのは、建築家の田根剛。
2つのレストラン、ショップ、BAR、イベント・スペースは一続きで、「土」を想起させる左官仕事で覆われ、ジャングルのような植栽が繁茂している。国立競技場のコンペで古墳スタジアムを提起した田根ならではの仕事だ。
彼のはじめて手がけた住宅「A House for Oiso」の外観も、砦か泥のモスクのようだった、内部は大磯の地の縄文期の土を混ぜ込んだモルタルが、左官仕上げで質感を変えた壁、床、キッチンカウンターとなり、ひとつながりになっていた。以前、「ジェンネの泥のモスクには床、壁、天井の境界がない」と建築家の藤森照信さんが話されていたことを思いだした。宗教建築でもなく、個人住宅でもなく、商業施設でこのような空間に出会えるのは稀有なことだ。
2つのレストラン、メゾン「エラン」とオールデイ・ダイニングの「ユーリカ」のフード・ディレクションは、銀座「エスキス」でスーシェフを務めた信太竜馬。
「エスキス」といえばエクゼクティブ・シェフのリオネル・ベカは、最近「Transversalite 生命縦断」という生命の尊厳と立ち向かう厨房の仕事に真正面から向き合った写真展を開催した。
他の生き物の生命によって成立する我々の命。そのことの意味を突きつけられるような展示だった。「料理に専心する者にとって、料理は深い喜びであり、世界を語ること、他者と分かち合うことと同等の行いであり、与え、愛すること、理解すること、命を大切にすることであり、地球に耳を傾け、地球と正しく向き合うことに役立つものでもあります。」これはベカ氏の言葉だ。ちなみに「エスキス」の姉妹店「アジル」はフランス語で土や大地を表す。
野村友里さんの「イートリップ ソイル」グロサリーの店は、友里さんの基準でよりすぐった食材、キッチンや食卓周りのモノが集められている。なかなか手にすることができないタロー屋の畑のコウボパン、Ome Farmの無農薬野菜の様々な種類の人参のミックスなどを買い込むことになった。またここではワークショプやさまざまな体験、集いなどを行うシードクラブの活動も展開されている。
「Consumption as voting」=「消費は投票」という言葉がある。市民運動はもちろん有益で価値があるが、共感を消費で表すという手段も有効ではないかと思わせてくれる場所だ。
<関連情報>
□BAR WERK
住所/東京都渋谷区神宮前2-31-7 ビラ・グロリア B1F
営業時間/18:00~24:00 定休日/日曜・月曜
Instagram:@bar_werk
□書籍 『ティーとアペロ』
長尾智子 著 柴田書店 刊 1980円(税込)
http://www.shibatashoten.co.jp/detail.php?bid=00629800
□GYRE.FOOD
住所/東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 4F
メゾン「elan /エラン」 2020年1月10日オープン 営業時間/18:00~21:00 定休日/水曜
オールデイ・ダイニング「EUREKA/ユリーカ」 営業時間/11:00~22:00 不定休
BAR 「funklein /フュンクライン」 営業時間/11:00~23:30 不定休
グロサリー&シードクラブ 「eatrip soil/イートリップ ソイル」 営業時間/11:00~20:00 定休日/月曜
https://gyre-omotesando.com/shopsandrestaurants/gyre-food/
□シードクラブの1月の活動
1月11日(土)15:00から 医師 稲葉俊朗先生に聞く「人と土の関係 過去と今と未来」
https://www.toshiroinaba.com/blog
毎月のTime Therapy 1月は
1月22日(水)17:00から 精神科医 星野概念さん 漢方薬局 杉本格郎さんによるセラピーが行われる。
□エスキス
住所/東京都中央区銀座5-4-6 ロイヤルクリスタル銀座9F
https://www.esquissetokyo.com/info/
□アジル
住所/東京都中央区銀座5-4-6 ロイヤルクリスタル銀座7F
https://www.argiletokyo.com
□リオネル・ベカ写真展『TRANSVERSALITÉ 生命縦断』
http://taisho-kuu.tokyo
https://www.esquissetokyo.com/318/