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つくる人 私たちの暮らしを豊かにする「もの」を生み出す「つくる人」とのトークセッション。

Vol.4 武冨ゆり(vin)
ひとり4役のものづくり

「vin」という屋号で活動する武冨ゆりさんは、
デザイナーであり、職人であり、使い手であり、経営者でもある。
清々しさを感じるほどに研ぎ澄まされた、純度の高い製品はどのようにして生まれるのか。
東京郊外にあるアトリエ兼住居を訪ねた。

写真:HAL KUZUYA 聞き手・文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

武冨ゆりさんのアトリエ取材動画
武冨ゆりさんのアトリエ
武冨ゆりさんのアトリエ
武冨ゆりさんの手

Profile
武冨ゆり(たけとみ・ゆり)
「vin」代表。デザインから縫製までほとんどの工程を自身で行い、バッグ、財布、ベルトなどの革製品を制作している。
http://vin-leather.com

「vin」という名に込めた思い

昨年、vinをスタートして10年が経ったそうですね。

武冨さん(※以下、敬省略):
はい。もともと革製品をつくるメーカーで長く働いていたのですが、独立してから10年経ちました。世に出て働くようになってからはずっと、同じ仕事をしていることになりますね。

もともと、“いつか独立して自分のブランドを持とう”というプランはあったんですか?

武冨:
いえ、そういうつもりはなかったんですけど、一番のきっかけは40代半ばで体調を崩してしまったことですね。ちょうど自分のつくりたいものと会社が望むものが乖離しはじめてから結構な時間が経っていたこともあり、独立するなら今なのかな、と。

年齢的にも、独立するというのは思い切った決断だったのではないでしょうか。

武冨:
そうですね。ただ、「自分がつくるものがどれだけのものなのか試したい」という気持ちでずっと仕事をしてきたので、会社員でもフリーランスでも、どちらでもいいと思っていました。あと、“独立する”イコール自分の店を持つこと、と考える方も多いかもしれませんが、私はそうは思わなかったので……なんとかできるかな、と。
武冨ゆりさん

今現在も、店は持たずに卸を主体とされていますね。今後もこのスタンスで?

武冨:
そうですね。店を持っちゃうと、私一人ではできなくなるから。

工房の様子を見ると実感するんですけど、本当にすべて一人でやられているんですね。

武冨:
抜型で抜く作業など一部の工程は外部の工場に依頼していますけど、デザイン、革の仕入れ、型で抜かれたパーツを漉いて縫うところまで全部自分でやっています。

そして同時に、ここは武冨さんの暮らす家でもあるんですね。まさに、暮らしと仕事が同じ場所にある。

武冨:
子どもの頃から、「大人になったら土日や盆正月関係なく仕事して、夜中やって朝に寝るとか、そういう生活をするんだろうな」と、ぼんやり思っていました。私には、こういう生活が合っているみたいです。

vinは今年で11年目に突入するわけですが、ブランドとしてはどのようなスタートだったのでしょうか?

武冨:
最初は、正直厳しかったですよ。自分の名前でやる仕事もありましたが、大部分を占めていたのは裏方としてアパレルブランドの展示会用のサンプルをつくったり、ヴィンテージショップに古い布を使ったバッグをつくって納める、という仕事。そうそう、「vin」というブランド名は「Vintage」に由来しているんですよ。

そうなんですね。

武冨:
自分の中で、古くなってかっこいいものイコール“Vintage”という認識があって。魅力がある「古いもの」って、ずっと見ていても飽きないし、汚れているなりにかっこいいじゃないですか。自分がつくるものもそうあってほしい。使い込んだ時に「だいぶ使ったし古くなったし捨てようかな……いや、でもちょっと待って」って思ってもらえるものをつくりたいんですよね。単に、“丈夫で長く使える”ものではなく。
武冨ゆりさんのアトリエ

どんな時代にも、どんな服にも

今は展示会でオーダーが入ったものをつくって納品して……というサイクルでものづくりをされていると思いますが、現在商品は何種類あるんですか?

武冨:
型数でいうと18点ですね。理想はすべてが4番打者であることですが、もちろんそう都合良くは行かなくて、定期的に注文が入るものもあればそうじゃないものもあります。じゃあ、そうじゃないものはつくるのを止めるのかというと、ブランドとして「ラインナップになければいけないもの」もあるし、「今の気分じゃないけど、少し時間を置いたらまた“アリ”になるかな」と思うものもある。その見極めには、頭を悩ませますね。
武冨ゆりさん作のショルダーバッグ

デザインするにあたり、「トレンド」って意識しますか?

武冨:
何かの真似をしたり、流行が終わったら恥ずかしくて持てないものはつくりたくないから、“トレンドど真ん中”なものはつくりません。それよりも意識しているのは、「今の服に.」合うかどうか。着る服の感じが変われば、持つバッグも変わる。理想は、「どんな時代のどんな服にも合うバッグ」です。

バッグでも服でも、身に纏うものに「永遠性」を持たせることって、とても難しいことだと想像します。

武冨:
そうですね。永遠性のあるものって、つまりは「本物」であるということだと思います。私にとっての本物とは、ずっと眺めていても鑑賞に堪えうるもの。そういうものを生み出していけたと思っています。

vinの商品を言葉で表現すると、「シンプル」とか「ミニマル」ということになるのかなと思うのですが、武冨さんが考える“vinらしさ”ってどういうものですか? 武冨さんがつくるものは基本黒がベースで、ロゴはもちろん装飾も皆無といっていいですよね。個人的には、こういう部分がvinらしさのひとつなのかなと思っています。

武冨:
ありがたいことにお客さまに色々な言葉で褒めて頂くのですが、これまでに頂いた言葉の中では「ソリッド」という言葉が一番しっくりきましたね。ソリッドという言葉には「実直」とか「頑なな」「真面目な」という意味があるみたいで、「ミニマル」や「シンプル」という言葉よりももう少し強いニュアンス。今この時代に、頑固さとか、ばかみたいに実直だとか、簡単なことを大真面目にやるのって新鮮なんじゃないかな、という思いで仕事をしているので、自分らしい言葉だなと思いました。

実は今回取材をさせていただくにあたり、改めてインターネットなどで商品などについて調べようと思ったのですが、InstagramなどのSNSも一切やられていないし、唯一の情報源がご自身で運営されているホームページだけでした。つくり手である武富さん個人に関する情報をほとんど得られないまま、ここに来たんです(笑)。

武冨:
展示会などでお客さまとお会いした時に、時々「男性だと思っていました!」と言われたりします(笑)。いまの時代、つくり手が情報発信をすることは容易ですが、“何者かがわからない”ほうが、うちの商品にはあっている気がして。「どこの誰がつくったかわからないけど、すごくいいね」と思ってもらえたら本望かな。
武冨ゆりさんとアトリエ

プロダクトとクラフトの中間でありたい

語弊を恐れずに言うと、武冨さんがつくる商品って「今までにないデザイン!」というタイプのものではないと思うんです。でも、“よくあるもの、普通のもの”とは明らかに違う。シンプルな見た目ですけど、とことん考え抜かれてこのかたちになったんだろうなということが、ちょっとしたディティールを通して伝わってくるんです。たとえば、CLASKA Gallery & Shop "DO" の複数店舗で取り扱いさせていただいている「ギャルソンウォレット」の金具とか。秀逸ですよね。

vinのギャルソンウォレット
武冨:
一般的には、財布をつくる時にこういう風な飛び出た金具は使わないんですよね。持つ時などに、手に当たるので。

確かに、あまり見ない気がします。

武冨:
そういう意味では、財布としては扱いやすい商品ではないかもしれない。でも、この金具が一つのアイデンティティになっていて、「ここが良いんですよ」と買ってくださる方が多いんです。デザインとしては決して珍しいものじゃないかもしれないけど、普通なようで普通じゃない。その境目を行くのが私の仕事かなと。

どの商品にも、裏地がついていないことも印象的です。

武冨:
革の感触を触って楽しんで欲しいという気持ちと、素材に対するリスペクトゆえ、でしょうか。あとは、使ってくださる方が何回修理に持ってこられても簡単に対応できるように、という思いもありますね。裏地をつけてしまうと、パーツごとにばらすことが出来なくて、どこかを修理しようと思ったら全部を分解しなくてはならなくなる。そうすると修理代も高くなってしまって、直すことをあきらめてしまう理由になるかもしれないですから。

武冨さんは、デザイナーであり、つくり手であり、そして経営者でもありますね。いま伺ったお話からも、一人で様々な役割をこなしているということが伝わってきます。

武冨:
肩書を聞かれると、「デザイナー兼職人」と答えることが多いかな。「作家さん」と呼ばれることもあるけど……なんか嫌なんですよね(笑)。

なぜですか?

武冨:
私がつくっているものは「作品」ではなくて「商品」だからです。お約束した納期があるわけですから、どういう状況になってもものづくりが出来なきゃいけない。わかりやすく言うと、材料になる革の状態が悪くても、何とか工夫をして「商品です」と言えるクオリティのものを仕上げなくてはいけないわけです。しかも、少ないなりにもある程度の数を。
武冨ゆりさんの手

プロダクト的な一面を持ち合わせているということですね。

武冨:
そうですね。目指すはクラフトとプロダクトの中間。必ずとは言えないですけど、手間と時間をかければある程度いいものをつくることはできますよね。でも私はそこにこだわるのではなくて、プロダクトの良さでもある“大量生産”ということに対して絶えず挑戦しているつもりです。

だけど、マンパワー的には限界がある。

武冨:
そうですね。この工房を見ていただくとわかる通り、一度にたくさんはつくれません。だから、素材の使い方や見極めや制作工程を考えることに力を注ぎます。私がつくるものの工程はシンプルなんです。革をぐりっと切り取って、ドン、とつくる(笑)。そんな感じです。
レザー

最初にとことん苦労する

工程の話が出たので、素材についての話も聞かせてください。現在メインで使っているのは何革ですか?

武冨:
おおよそすべて、イタリアの牝牛の革です。これまでのキャリアの中でさまざまな産地の革に触れてきましたが、私はイタリアの革が好きですね。値段はそれなりにするけれど、高品質なので。

制作の工程で一番大切にしているところはどこですか?

武冨:
革のシートに、使う場所の指示入れをする作業かな。革のシートに、使う場所を選んで型紙に沿って線を引くんです。それを荒断ちして、抜型と一緒にして工場に渡して抜いてもらう。抜く場所に線を引く作業も外注できるんですけど、ここが一番大事なところだから自分で責任を持ってやりたい。この工程をおざなりにすると、良いものができないんです。

その、使う場所を選ぶという作業は、結構難しいものなんですか。

武冨:
ほら、私たちが食べる肉でも、ロースとかバラとか部位によって味わいや質が違ったりするじゃないですか。それと一緒で、一枚のシートの中でも場所によって傷があるとかコンディションがまちまちなわけです。「バッグの正面に来るから、より良いところを選ぼう」とか微調整をしながら、極力革を無駄にせず効率良く「良いパーツ」をつくる下準備が大切。場所を選んで、抜き屋さんに型で抜いてもらってパーツが揃うまでが、下ごしらえになります。あとはある意味組み立てるだけ。
武冨ゆりさんの作業風景
武冨ゆりさんの作業風景

いいパーツがあれば、いいものができるということですね。

武冨:
もちろんそうとは言い切れない部分もありますが、下準備をめんどくさがらないで念入りにやると、あとの作業が楽になります。パーツの質が悪ければ、別の工程でリカバーしなければならなくなって、そこで頭と時間を使う必要が出てきてしまいますから。「工程が進むごとに作業が楽になる」状態というのは、イコール良いものが出来上がることだと思っています。

もしかしたら、それはどの仕事にもいえることかもしれませんね。

武冨:
たとえば、料理もそうかもしれない。仕込みをしっかりやれば、その後の作業がスムーズにいくし、出来上がりが良くなりますもんね。料理と似ているということでいうと、必要以上に素材に触らないことも大切です。パーツづくりの工程もそうだし、その後の縫製、最後の成形まで、すべての作業をなるべく効率よく、時間をかけずにやることを心掛けていますね。「手塩にかけるのがよかれ」と、延々とやるのはよくない。料理じゃないけど、素材の鮮度を損ねないよう、さっと仕上げないと。
武冨ゆりさん作のバッグ

生活の中にあって、かっこよく見えるもの

先ほど、クラフトとプロダクトの間を……というお話をされていましたが、武冨さんのものづくりは、「0を1にする」ものですか? それとも「1を発展させていく」というものなのでしょうか。

武冨:
後者かな。0を1にするものづくりではないですね。それが、私が自分のことを「クリエイター」だと言わない理由です。まず素材のことでいうと、素材から特注するということはしません。この世に存在しているもので、何とかする。「この革じゃなきゃいけない、つくれない」と思ったことはないです。そう思うことが、自分の企画力を狭めるしまう気がするので。
武冨ゆりさんの手

ものづくりにおいて、一番頼りにしているものは何ですか?

武冨:
自分の眼と感覚でしょうかね。また料理の話になっちゃいますけど、素材選びとかその活かし方って、味覚に共通するものがあるなと思います。「お弁当に入れるおかずにするならこれだと味が薄いけど、食卓に並べるおかずにするならこれでいい」みたいな。ものづくりをする時も一緒で、「この場合は、この革でいい。だけど、この辺のものになったらこの革ではだめ」といった考え方をすることが多いんです。この辺の判断は、自分自身の感覚だからなかなか説明しずらいんですけど。

ちなみに、デザインをする時にユーザーの姿は具体的に想像するんですか?

武冨:
まずそれありきですね。自分なら持つかな、自分なら買うかな、もしくは、友達に進められるかな? という問いかけがスタートです。私自身もユーザーなので。
武冨ゆりさんのアトリエ

工房の壁に、いくつかスナップ写真が貼ってあるんですけど、これはイメージソース?

武冨:
そうですね。「こんな人がこんな時にこんな服に合わせて持つバッグ」という想像をするためのベース。デザインする時は、バッグ単体というよりそのバッグがある風景全体を想像しています。意識しているのは「生活の風景の中でかっこよく見えるかどうか」というところ。ディティールとか機能は、後からついてくるものだと思っているので。

デザイナーの自分、職人の自分、使い手の自分

様々な役割を一人でこなされる中で、悩む時はありますか?

武冨:
デザイナーとしての判断と、職人としての判断がぶつかる時ですね。デザイナーの好むものって、職人は嫌うんですよ。手がかかってめんどくさいことが多いから。

そういう時は、どちらの声を優先するのでしょうか。

武冨:
せめぎ合いですけど……そういう時に使い手としての自分の声が助けになるんです。デザイナーも職人も一歩も引かない、でも結局、お客さんが気に入らないとしょうがないじゃない(笑)。
武冨ゆりさんとアトリエ

個人的に、武冨さんがつくるものってものすごく純度が高いなと思っていたんですけど、今日お話しを伺ってその理由が分かった気がします。デザイナー、職人、使い手、そして時には経営者。それぞれの声を反映して精査して、時には削ったりあきらめたりしてかたちになったものが、vinの商品なんだなぁと。

武冨:
毎年展示会をやるんですけど、新作を発表することに強いこだわりは持っていません。自分の気持ちの折り合いがつかなくても、無理やり解決して新作をつくることはできます。でも、だったら「できませんでした」と言ったほうがいいかなと思っています。「なんだ、新作はないのか」と注文をしていただけなくなったら、自分はまだその程度なんだと思うようにしようって(笑)。

なかなか強い言葉ですね。そういった強い気持ちというかこだわりが、武冨さんの制作意欲を支えているのでしょうか。

武冨:
制作意欲を支えるもの……。こだわりというよりも“謙虚さ”かもしれませんね。世の中には自分が思っているよりもすごい人やいいものがたくさんある。だからどんなにいい商品が出来ても、“ついに私はここまで来たぞ!”とか思わないようにしたいと思っています。

終わりのない挑戦ですね。

武冨:
そういう仕事を私は選んだ、ということでしょうね(笑)。昔つくったものが、今の自分のエネルギーにはならない。良いものが古くなったところを見るのは好きなんですけどね。そういうものの中にこそ“新しさ”を感じるから。自分の商品もそういう存在に育っていくものになるよう、“やり過ぎず、やらな過ぎず”頑張りたいと思います。
武冨ゆりさんの眼鏡

<vinのロングセラーと新作>

vinのベルト

9holesbelt(上)&Narrowbelt(下)
体形やパンツの股上の浅深、幅広いサイズに対応する為に穴を多くあけたベルト。

vinの財布

Garçon wallet S.M
カード4ヶ所、紙幣4ヶ所、大きく見やすいコインポケットが特徴の財布。オイルを塗った革の裏地を表面としたつくりになっており、独特の存在感や手触りを感じさせる。

vinの財布

Combi purseⅠ
大きな方にはカードポケットが2カ所、紙幣は折って納められるサイズ。取り出して使えるコインケースとのセット。

vinのショルダートート

CubeBag S,M
手提げとしても使える、肩にかかるショルダートート。両横のマチから吊り上げる変形型で、中身に入れるものの重さやかたちによって型が変わり、身体に添う。

vinのバッグ

Oblong tote(左)、Boxy I(右)
昨年発表した新作シリーズ。裏地の無い一枚革仕立てに加え、付属品やステッチを控えてマットな革の風合いを生かしたソリッドな印象のバッグ。  


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2020/02/22

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