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つくる人 私たちの暮らしを豊かにする「もの」を生み出す「つくる人」とのトークセッション。

Vol.3 荒井菜穂(「CLASKA Gallery & Shop "DO"」オリジナルアパレルデザイナー)
想像し、編んで、組み立てる

“大人の日常着”をテーマに生み出される、
「CLASKA Gallery & Shop "DO"」のオリジナルアパレル。
“求められるもの”と、自分を表現するもの。
その真ん中を進みながら組み立ててゆく、
ドーならではの日常着の背景に迫る。

写真:HAL KUZUYA 聞き手・文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)

「CLASKA(クラスカ)」の肌着
「CLASKA(クラスカ)」の肌着

Profile
荒井菜穂(あらい・なお)
服飾専門学校を卒業後、アパレル会社勤務を経て、2012年にクラスカ入社。同年より、「CLASKA Gallery & Shop "DO"」オリジナルアパレルのデザイナーを務める。

“洋服”を仕事にするということ

荒井さんとは同じオフィスにいるので、いつも身近なところで仕事をしている様子を見ていますが、今回は改めて「つくる人」としての荒井さんの頭の中を探るつもりで、いろいろとお話を伺えたらと思っています。ドーのオリジナルアパレルは、今年でスタートしてから何年目になりますか?

荒井:
ちょうど9年目になる年ですね。

2008年にドー本店がオープンして、その4年後からオリジナルアパレルがスタートしました。荒井さんは立ち上げ当時からデザイナーを務めていらっしゃいますが、もともとは別のアパレル会社でデザイナーをされていたそうですね。

荒井:
はい。もともと、ドーで扱っているものや店の世界観が好きで、普段からよく利用していました。当時アパレルデザイナーの募集をしていたわけではなかったのですが、お店に何度か足を運ぶうちにオリジナル商品が数点置かれているのを見て、「自分も企画者として商品づくりに携われるのでは」と思い、思い切ってメールをしたんです。それがきっかけになって、入社をすることになりました。
「CLASKA(クラスカ)ギャラリー&ショップ ドー」本店
「CLASKA(クラスカ)ギャラリー&ショップ ドー」本店

「洋服」の道に進みたいという気持ちは、結構早い段階からあったのでしょうか。やはり、小さな頃からおしゃれに興味があったんですか?

荒井:
物心ついた時から好きでしたね。高校卒業後にファッションの専門学校に進学したんですけど、実はもともと理系で。高校2年の中頃までは作業療法士、あるいは薬学系の道に進もうかなと考えていました。でも、最終的に進路を決める時に「やっぱり洋服がやりたい」と思って。自分の将来を考えた時に、一番興味があって、ものができる“過程”を知りたい分野が洋服だったんです。自分の仕事にすれば、それが叶うのではないかと。

洋服にも、さまざまなジャンルがありますよね。たとえばカジュアルな日常着、モード、フォーマル、など。

荒井:
日常着がやりたい、と思っていました。デザイナーを志してはいましたが、自分のキャラクターを前面に出したブランドでという思いはあまりなくて、どちらかというと企業デザイナーとしてやっていけたらいいな、と。

「企業デザイナー」と「デザイナーズブランドのデザイナー」では、服づくりのスタンスや働きかたが大きく異なってきますよね。企業デザイナーのほうは、担当するブランド、荒井さんの場合であれば“ドーが目指すアパレルのコンセプト”に沿ってデザインすることが重要になってきますし、デザイナーズブランドであれば、よりデザイナー自身の個性や世界観を前面に打ち出していくかたちに。

荒井:
もしかしたら、「洋服のデザイナー」と聞いた時に、一般的にイメージされるのは後者の方かもしれませんね。学生時代にデザイナーズブランドのファッションショーのお手伝いを体験させていただいたこともあったのですが、なんというか……華やかすぎて。同じデザイナーという立場でも、自分には裏方というか、控えめな立ち位置の方が合っていると思いました。

もともとドーの世界観が好きで入社されたということで、「ドーらしいアパレル」の感覚を掴むのにもそんなに時間はかからなかったのでしょうか。

荒井:
いえ、それが最初の数年は結構迷走したんです(笑)。雑貨がメインのお店で、「生活用品の中の一つのカテゴリ」としてのブランドらしい服がどういうものか、という部分がなかなかつかみ切れず、悩むことも多々ありました。
デザイナー 荒井菜穂の手

それは意外でした。

荒井:
スタート当初は、自分が提案したデザインに対して「ちょっと“アパレル色”が強いよね」ということをよく言われていました。表現が難しいのですが、服の自由度というか余白が必要だったのかな、と今では思います。前職のトラッドがベースにあるデザインを引きずっていた部分もあったかもしれませんが、もともと自分自身がディティールをつくりこんだカチッとしたものが好きだということもあって、自然とその色が出てしまっていたのかもしれません。自分なりに、「ドーが洋服をつくるとしたら、こういうものがいいんじゃないか?」という提案をしていたつもりだったのですが、微妙なニュアンスがなかなか……難しくて。

ドーらしい日常着って、どんなもの?

具体的に、どういうものが“ドーらしい服”だと思っていましたか?

荒井:
毎シーズンのトレンドを意識したものというよりは、たとえばインナーやTシャツなどベーシックかつシンプルで、長く着られるもの。でも今になって思うのは、はじめたばかりの頃は「シンプル」とか「ベーシック」に対しての考えというか定義が浅かったな、ということ。「シンプルな日常着」ってそんなに単純なものではないということを、身をもって知ったというか……。

具体的に言うと、どういうことですか?

荒井:
「シンプルで、誰にでも似合う」というだけではちょっと弱いんですよね。きっと、そういうコンセプトでつくられた服は世の中にあふれているし、お客さまに選んでいただくには“決定打”がちょっと足りない。プラスアルファ何かわくわくするような要素とか、着た時のシルエットが絶妙だとか……。

“付加価値”が必要ということでしょうか。

荒井:
そうですね。

たとえば海外のラグジュアリーブランドだと、デザイナー自身のキャラクターやブランドロゴなどが一つの大きな付加価値になると思うんですけど、荒井さんが手がけているような企業ブランドにとっては、どういう部分が価値になってくると思いますか? つまり、「ドーらしい日常着ってどんなもの?」 という質問でもあるんですけど。

荒井:
消費者の目線に近い商品づくりをすることが、ひとつの“付加価値”になるのではないかと思います。まずデザイン自体に魅力を感じていただくことはもちろんですが、買った後にその服とどうつきあって行くのかまで考えて、購入してくださる方が多い気がするからです。盛夏の商品であれば、自宅で簡単に洗濯ができて、洗濯後もアイロンをかけなくてもシワが目立ちにくいとか、生地がヘタりにくいとか。逆に、真冬に着るようなニットであれば、「お値段は張るしお手入れもクリーニングになるけれど、少し手を掛けながらも大事に着続けたいな」と、雰囲気を重視して購入してくださるかもしれない。物によってお客さまが価値を感じる部分は変わってくるので、その部分のバランスをうまく探りながら商品づくりができたらと思っています。

見た目の良さも必要だけど、中身、つまり素材も大事ということですね。

荒井:
そうですね。それもあって、素材選びには力を入れています。ここ最近の一つの変化としては、天然素材にこだわらなくなったということ。少し前までは、ドーという店の世界観を踏まえて考えた時に“コットンやリネンなどの天然繊維しか使っちゃいけないんじゃないか”、という私自身の勝手な思い込みがあったんですね。

ああ、なんかわかる気がします。

荒井:
でも、ここ数年の生地の展示会に並ぶものを見ていると、見た目も風合いもリネン生地のようなのに、ナイロンやポリエステルが入っていることで、リネン100%の生地と比べてシワになりにくかったり軽かったり、という合繊素材の利点を生かした良いとこどりの生地がどんどん出てきているんです。リネン100%の生地には洗いざらしのシワ感や風合いなどから感じられる唯一無二の雰囲気があって、そういう商品ももちろん必要なのですが、ラインナップの中にこういうイージーケアを謳える商品があっても良いのではないかと思うようになりました。「天然繊維だけで」という思い込みを無くしたことで、商品づくりに新たな広がりができたことは自分の中では大きかったです。
ニット生地

決めすぎないことで開かれる扉がある

「ドーらしさ」という話に戻りますが、荒井さんの中で最初に「ドーらしいものができた」と思った商品は何ですか?

荒井:
コットンイージーパンツ」ですね。これをつくりはじめて今年で3年目になるんですけど、ようやく“ドーらしい”と言ってもらえるものにたどりつけたかなと思っています。
パンツ

少しずつ生地やディティールを変えてリリースしている定番商品ですね。きちんとした雰囲気もありながら抜け感もあって。

荒井:
このパンツが、自分の中で服づくりの一つの基準になっている気がします。試行錯誤しながら到達した一つのかたち、というか。

シルエットの綺麗さもそうなんですけど、個人的には、ウエストの部分がゴムになっているということが凄くありがたいんです。だんだん年齢を重ねてくると、ある程度“きちんと感”を備えた服がしっくりくる場面が増えてきます。でも、これまでカジュアルな服ばかりを好んで着てきたので、ウエストまわりがタイトな緊張感のある服には抵抗があるんですよね。ちょっとしたことなんですけど……きちんと感があるのに、着ていて楽というのはすごくありがたい。

荒井:
そういう声はお客さまからもよく頂きますね。ドーの店舗は、目黒の本店以外にも都内だと丸の内、日本橋、渋谷などさまざまなエリアにあって、それぞれの店舗でお客さんの層も少しずつ異なります。それもあって、デザインする時に具体的な女性像とか世代をそこまで決め込んでいないんですね。でもこのパンツは、幅広い店舗のお客さまに支持をしていただいて……それが一つの答えかなと思っています。
CLASKA(クラスカ)のリネンTシャツ
CLASKA(クラスカ)のショルダーバッグ

定番商品といえば、「Pochette Hippo noir」や「リネン100% Tシャツ」も思い浮かびます。

荒井:
Pochette Hippo noir」は、つくりはじめてから今年で7年目になります。私が入社してすぐに、ディレクターからもらったイメージをもとにデザインしたバッグなのですが、これも世代を問わず好評いただいていますね。リネンのTシャツは今年で4年目、毎年色を変えてリリースしています。このTシャツ、デザインはシンプルなんですけど実はちょっとした工夫を施していて。

どんな工夫ですか?

荒井:
リネンという生地ならではの特徴なのですが、洗濯を繰り返すうちにだんだんと生地が斜行(ねじれて前後に回る)することが多いんですね。このTシャツはそれをあらかじめ想定して、脇線の切り替えを後ろに回すデザインを施しています。

なるほど。ちょっとした工夫で、綺麗に長く着られるものが出来上がるんですね。先ほど話に出た「コットンイージーパンツ」と同様に、この商品もとてもドーらしいと思っています。どちらも、カジュアルな一面を持ちながら、“上品さ”も感じられて。洋服であれ、生活用品であれ、「上品かどうか」ということはドーにとって大切なキーワードの一つですね。

荒井:
そうですね。ドーのオリジナルアパレルも、そういう気持ちを大切にデザインしています。

自分の中から自然に滲み出てくるもの

CLASKA(クラスカ)のデザイナー 荒井さん

荒井さんは、本店の店舗ととても近い距離で仕事をしています。企業デザイナーとはいえ、ここまで現場との距離が近い職場も珍しいと思うのですが。

荒井:
たしかにそうですね。時々お客さまの意見を直接伺う機会にも恵まれますし、なにより「お店の中に並んだ時に商品がどう見えるか」ということを、イメージしやすい環境にいられることがありがたいです。店内には様々な生活用品に加えて、他ブランドのアパレルも並んでいるので、ドーのオリジナルアパレルも、それらと並んだ時に違和感がないことが大切だと思っています。

CLASKA ONLINE SHOP の商品紹介ページの写真は、荒井さんが自らモデルを務めつつ、スタイリングもご自身で考えていらっしゃいますよね。さまざまなセレクト商品と組み合わせたコーディネートが印象的です。

荒井:
「つながり」を大切にしたいので、意識的にそうしています。お客さまがドーのオリジナルアパレルに興味を持ってくださったことをきっかけとして、他の商品と組み合わせる愉しみを想像してくださるような……そういう感じが理想なんです。

荒井さんの仕事は二面性がありますよね。「Pochette Hippo noir」のように、ディレクターのアイデアなどをベースにそれに沿ったものをつくるという職人的な一面と、完全に自分自身の中から出てきたアイデアをもとにつくるという一面と。スタートしてから3~4年は迷走していた、という話がありましたけど、今現在はどうですか?

荒井:
毎シーズンつくる定番品がベースとしてあって、それ以外の新作に関してはまず自分がつくってみたいものをサンプルとしてつくってみるんです。それをもとにディレクターと相談をして、進めるものと取りやめるものを決めていくんですけど……。自分の感覚を信じられるようになったというか、自分の中から出てきたアイデアを、無理なく提案できるようになってきました。

「純粋に自分の中から出てきたものが、商品としてかたちになる」というのは、企業ブランドであるという性質を前提として考えると、決して当たり前のことではない気がします。荒井さんの頭の中の「ドーらしさ」が、年を追うごとにリアリティを帯びてきた、ということなんでしょうか。

荒井:
そうですね。今も全部が全部オッケーではないんですけど、ここ4年くらい打率が上がってきている感じがします。だいぶ時間がかかってますけど(笑)。でも、試行錯誤した期間があってよかったと思っています。ドーのオリジナルアパレルは、私個人のブランドではないからこその面白さがある。ディレクターに限らずお客さまや様々な店舗のスタッフたちと一緒に少しずつ育ててきた感覚なんです。

そういう時の流れが背景にあると思うと、なんだか一つひとつのものが愛おしくなりますね。

荒井:
そうですね。そういう背景がある商品が定番として残っていくのは、デザイナーとしても感慨深いです。たとえば、「DO peau」というシリーズ名で、生地を変えながら8年くらいつくりつづけているインナーがあるんですけど、この商品も皆で育ててきたと思う商品です。オーガニックコットンの生地を使用していて決して安いものではないので、“ものすごく売れる”ものではないのですが……。

この商品が開発された8年前に比べると、いまはリーズナブルなインナーがさまざまなブランドから発売されていますが、この商品は……なんというか身に纏っていて心が豊かなになりますよね。決して高価だからという意味ではなくて。

CLASKA(クラスカ)の肌着
荒井:
最初はタンクトップをつくったんですけど、店舗のスタッフから「ペチコートがあると便利なんじゃないか」という声をもらって新たなモデルを加えました。自分のアイデアから生まれた商品を店舗と一緒に育てていくという、企業ブランドならではのいい歩みを続けている商品だなと思います。必要としてくださる方がいる限りは、細々とでもつくり続けようと。

“真ん中”を進みながら

ドーがスタートしてから今年で12年目。世の中の流れもあると思いますが、ドーの店舗に足を運んでくださるお客さまの幅もどんどん広がっています。時代に向き合いながら、この先、「つくる人」としてどのようなスタンスで服づくりをしていきたいと思っていますか?

荒井:
そうですね……。まず前提として、「服づくり」という過程における今の私の役割は「選ぶ」ことだと思っているんですね。

というと、つまり?

荒井:
私自身、「これまで世の中に存在しなかった新しい物を生み出す」という感覚でデザインをしていないんです。それよりも、あくまでも日常着としてのブランドコンセプトが軸にあって、突飛であることよりも安心感や気軽に着てみたくなるような雰囲気であることが大事だと思っているんですね。素材だったり糸だったりボタンだったり、既にこの世界に存在するものから感覚に触れるものを選んで、組み合わせて、自分がデザインしたかたちに落とし込んでいく。こういった過程を経て、最終的にドーらしいブランドならではの商品をつくることが、今の環境でものづくりをしていく上での自分の役割だと思っています。

素材や糸などもそうですけど、縫製をしていただく工場をどこに依頼するか? といったことなどもそうですね。

荒井:
はい。この“選ぶ”という過程がとても楽しいし、同時に自分ならではのエッセンスを加えられる部分かなと思っています。

すでに馴染んだデザインや素材も、組み合わせ方や見せ方によっては、ドーならではの新鮮な日常着に変身するかもしれない。なんだか、編集者のようですね。

荒井:
そうそう、そういう面白さがあります。デザイナーとしての私がいる環境は、一般的なアパレル企業とも違うし、企業デザイナーとしても独特なものだなと思います。もともと自分のブランドを持ちたいというタイプではなかったけれど、“自分の好きな感じ”は、はっきりあります。だから、ドーのお客さんが必要としているものと、自分が「こうやりたい」というもの、それからほんの少しの時代性、これらをうまく編集しながらものづくりをしていけたらいいな、と思っています。
CLASKA(クラスカ)のデザイナー 荒井さん

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2020/01/25

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